第21話 ラユの地へ

 ハミルトン邸での出来事を一通り聞いたティエラは、神妙な表情で何度も頷いている。ヴァイと魔王を止めるため、《ラユの地》へと向かうイルマ達に全面的に協力することを約束してくれた。


「《ラユの地》は本来、魔族の領域ですから、人の出入りを固く封じておりますの。ですが今回は状況が状況ですし、心強い戦士の方もおりますので、何とかして門戸を開きますわ。家の騎士達も同行させます。お任せくださいな」

 ティエラは自信たっぷりに言ってみせる。

「雪山用の装備も誂えてお渡ししますわね」

「雪山装備……ありがとう! ちなみに、どんな感じかな?」

「あら? そうですわね……もし、貴方ちょっと宜しいかしら」

 イルマが尋ねると、ティエラは侍女に言いつけて雪山用の登山装具を持ってこさせた。イルマは一つ一つ持ち上げて丁寧に確かめる。


「ティエラ、この靴はもっと厚手がいいと思う! ピッケルとアイゼンの使い方は騎士達も練習しておいた方が良いかな。あとね……」

「ええ、まあ、そうなのですわね。ほうほう……」

 突然、具体的な知識をもとにアドバイスを始めるイルマにやや面食らいながらも、ティエラは丁寧に話を聞こうとする。様子を見守っていたレンカは、イルマへ怪訝な視線を向けていた。やっぱり変な女だ。子爵家の令嬢として生まれて温室育ちのはずが、やけに登山技術には詳しい。それもレンカやクレーも頷くほど的を得ているのだ。魔族たちがイルマを狙う理由は、この辺りに潜んでいるのではないか、と勘繰っていた。






 ◆ ◆ ◆


 明朝。イルマとレンカ達ミエリ一族、それからバーバリー家の騎士たちがバーバリー邸宅前へと集まり出発に備えていた。封印された魔王のもとへ向かう一団には緊張感が漂っている。そこへ、ティエラが小走りでやって来て、イルマの隣に立った。毛皮のハーフコートを纏っているが、口から吐く息は白く、顔が紅潮していた。


「イルマさん、おはようございます。準備は滞りなくて?」

「ティエラ、おはよう。何から何まで本当に助かるわ」

 ややぎこちなく応じたイルマの顔を、ティエラは数秒見つめた後にほっこりと笑う。

「緊張していますわ、イルマさん。ほら、深呼吸。吸って〜吐いて〜」

「うん⁉ す〜ッ、は〜っ」

「ほら皆さんもご一緒に、す〜ッ、は〜ッ」

 マイペースなティエラに唆されて、騎士やミエリ族の者達もうろたえながら深呼吸を始めた。その内に軽い柔軟体操が加えられ、また別の者は本格的なトレーニングを始め、場の雰囲気が和んでいく。


「よし、皆さんいいお顔になられましたわね」

「すっ、凄いね、ティエラ……!」

「いえいえ、何も凄くなんてございませんのよ。今回だって父上に絶対行く! って言い張ったのですが、聞き入れて貰えませんでしたの」

 ティエラは心底残念そうなため息を付く。イルマは天真爛漫なティエラを見ていて気持ちが和み、くすくすと笑った。

「わたしは凄いと思う。ティエラは自分をちゃんと持っているよね。迷いがないし、白黒ハッキリしてる」

「お褒めに預かり光栄ですわ。でも、わたくしから言わせれば、イルマさんは憧れですの。殿下にも魔族にも物怖じせず、身体を張ってでも人を守ろうとし、正しい道を往く方ですの。だからこそわたくしは、お力になりたいと思うのですから」

 何の気なしに褒めたつもりが、ティエラは至極真剣な顔つきで返してきた。イルマの両手を大切そうに持ち上げてから一つに重ねて、その上から自らの両手で包み込む。


「ご乱心された殿下との恋も! 蝶々さんとの約束も‼ みんなまるっと救って絶対に戻っていらしてくださいね‼‼」

 しかし次の瞬間、ティエラはあのギラギラとした瞳に代わり、声を震わせて叫んだ。イルマは虚を突かれてぽかんとしたあと、苦笑いを漏らした。後方からレンカの吹き出す声が聴こえた。ティエラは最高の友人なのだが、若干ミーハーな所が玉に瑕である。


『……僕との約束ってなんだ?』

 (ルオンは、魔王復活を危惧した山の精霊様からの遣いってことになってるから……)

『……この種の蝶は雪山の環境では生きられないんだが……』

 頭に響いてきた心配そうなルオンの声に応えてやると、もっともな指摘が入ってしまい、イルマはこれまた困り顔で笑った。



 憧れと心配が混ざった顔をしたティエラに見送られ、イルマ一行はバーバリー邸を出立。

 雪深い魔族の領域、《ラユの地》へと足を踏み入れた。

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