第11話 一方的な愛情

「イルマ、イルマ!」

 クレーとイルマが話を終えたところで、ヴァイが血相を変えて叫びながら地下書庫に飛び込んできた。

「あっやば、クレー隠れて!」

 イルマは小声でクレーに言って、クレーもまた黙って頷いた。

 

「イルマさぁん!」

 ヴァイの隣を猛烈な速さで駆け抜け、ティエラは両腕を広げてイルマに抱きついてきた。

「ぐえっ!」

「ご無事で本当に良かったですわ!」

 半泣きになりながら喜ぶティエラにイルマは嬉しくも思ったが、同時に苦しくて死にそうになる。後からヴァイが安心したような顔を浮かべながら近寄ってきた。

「彼女が君のことを教えてくれたお陰で、居場所がわかったんだ」

「そうだったんだ……ありがとう、ティエラ」

「゛と゛ん゛て゛も゛な゛い゛て゛す゛わ」

 ヴァイに教えてもらい抱きついたままのティエラに感謝を伝えると、ズビズビの鼻声が返ってきて苦笑してしまう。イルマはティエラの背をさすりつつ、ゆっくりと引き剥がす。そうしながらこっそり周囲を見回したが、クレーはすでに去ったのか、姿を消していた。

 ヴァイは、書棚の前で倒れているキュリと折れた剣を見やって小首を傾げている。


「この状態は、イルマ殿が対処された結果こうなったのですか?」

「あ、えーと、違うの! わたしは必死で逃げて、キュリ様が偶然足を滑らせて書棚にぶつかって、こうなったの!」

 怪しまれないように弁明するイルマ。クレーが来てくれたことがバレたら、芋づる式にレンカの存在も知られてしまう。ヴァイは怪訝そうにしながらも一応頷いてくれた。そうして、倒れたままのキュリのもとへ屈み込む。


「さて、キュリ・ジェニファー。貴様は兄上の愛人という椅子にこだわり、その障害になりうる他家の娘達を、同じように排除してきたな? この私が目撃したのだから、今度ばかりは許されんぞ。第二王子ヴァイモンの命において、貴様を拘束し刑に処する。量刑は後日決まるだろう、震えて待つがいい」

 ヴァイが冷たく言い放つ。どうやらイルマだけでなく、他の家の令嬢達も同じ目に遭っていたらしい。ヴァイはキュリに軽蔑しきった目を向け、淡々と後ろ手に縛り上げた。警備の騎士を呼びつけ、キュリを牢に入れるように指示する。


 騎士への指示がひととおり済むと、ヴァイはその様子を見守っていたイルマのもとへ近寄ってきた。なんだろう、とイルマがうろたえていると、ヴァイもまたティエラのように、イルマの身体を抱きすくめた。

「わっ」

「本当に良かった……イルマ……」

 身長差の関係で、イルマの顔はヴァイの胸元へ押し付けられるような格好になる。

 傍らで行方を見守っていたティエラが、口元を抑えて驚愕している。しかしその瞳はぎらぎらと輝いており、何を考えているか一目瞭然だ。後であのマシンガントークが始まるんだろうな、とイルマは遠い目をした。

「遅くなってすまない。今後、貴方のことは私が護ってみせます。だから……」

 身体を抱きしめる腕の力が強くなり、声色が僅かに震えた。イルマは動揺しながらも、どうしてヴァイは自分をここまで大事にしてくれるのだろう、と疑問に思った。嬉しいのだけれど、イルマ自身はまだ、ヴァイの想いに応えられる自信はない。

「……いえ、何でもありません。ご迷惑をお掛けしたお詫びに、というわけではないのですが……お身体が辛くなければ、舞踏会のエスコートをさせていただきたいのです。私は以降、貴方のもとを離れません。厄介ごとは避けられるはずです」

 ヴァイはそう言うと抱擁を解き、エスコートを始めるときのように礼をしながら右手を差し出した。王子にしてはゴツゴツしていて、でも上品で優しげな手。イルマは見とれて呆然としていたが、ハッと我に返る。


「あ、そ、そっか。舞踏会だったよね……うん、じゃあ、せっかくだし行こうかな! ティエラも一緒に踊りましょ!」

「゛も゛ち゛ろ゛ん゛て゛す゛わ」

 イルマが了承すると、ヴァイが少しだけ安心したように笑った。一方ティエラの方は涙目のまま、身体の前で手を組む祈りのポーズで『尊い』『神に感謝』と声なく呟いている。もうあれ、地球でいうオタクでは?


 地下書庫を後にするイルマ達。キュリを連行するためにやってきた騎士達と入れ違いになる。

 ヴァイはイルマの手を引きながらも、目の端が鋭く書庫の一点を捉えていた。本棚の一箇所が強い衝撃を受けて凹んでいる。あれは足を滑らせてぶつけたにしては窪みが大きすぎる。つまりイルマとキュリ以外の第三者、それもかなり戦闘に秀でた者の存在を示していた。ヴァイはすぐに何事もなかったように目線を戻し、イルマとティエラに微笑みかけた。


 舞踏会に戻ったイルマは、ヴァイやティエラとともに踊り、様々な客人と歓談に興じた。ヴァイはイルマのそばを片時も離れようとせず、絶世の美男である王子と子爵令嬢の恋の噂は、貴族界で広く知られる話となった。

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