第10話 舞踏会の攻防
その頃、ヴァイは舞踏会会場でイルマを探していた。確かに招待状を送って返事も貰ったはずなのに、姿が見えない。グラス片手に会場を彷徨っていると各家の招待客に声をかけられるが、イルマが心配でまったく会話に身が入らなかった。
「失礼いたしますわ、殿下。わたくし、バーバリーのティエラと申します」
「あ、ああ。すまない。足を運んでもらって感謝する」
注意散漫なヴァイのもとへ、うまく視線を遮るようにして令嬢が話し掛けてきた。バーバリー家の令嬢だ。教養ある所作、押し付けがましくない柔らかな態度に少しだけ気を許し、ヴァイは会話に応じた。
「お忙しい中恐縮ですわ。殿下、じつはお伝えしたいことが。イルマさんのことで」
「……イルマ殿の?」
ティエラはこくりと頷く。会場内にはちょうど弦楽隊による演奏が流れ、ダンスが始まる。ヴァイとティエラは示し合わせて、互いの手を取った。
「わたくし実は先ほどまで、イルマさんとお話していました。ですが、キュリ様に声を掛けられ、地下書庫へ連れていかれましたの」
「キュリが? あの女、一体なにを……」
ティエラは踊りの合間、ヴァイと接近するステップになるのを見計らって小声で囁く。キュリと聞くと、ヴァイは心底憎たらしいという顔を浮かべて毒づいた。その反応を見て、ティエラはある程度の確信を得たような顔をする。ダンスのステップを踏み、ヴァイのエスコートでティエラが華麗にターンを決める。ティエラの手をヴァイが引き寄せると、二人の顔が至近距離に近づく。
「キュリ様は帯剣なさっていましたわ。まさか舞踏会に剣が必要とも思えないですし、もしかすると……」
「!!」
再び互いの距離がひらき、ヴァイがくるりと回ってから、曲終わりとともにクローズする。ふたりの洗練されたダンスに魅了された観客が、口笛とともに歓声を上げた。
「ティエラ殿、感謝する!」
「わたくしもお供いたしますわ」
ヴァイは脇目も振らずに走り出し、ティエラもある程度の距離を取って後を追う。居場所がわかったのは僥倖だったが、手遅れでなければ良いが。ヴァイは胸騒ぎを覚えながらも、地下へと向かった。
地下書庫内。両隣に書架が並んでいる狭い通路内で、イルマは体力の限界を迎えていた。巨大な書庫内は迷路のように入り組んでおり、一向に出口に辿り着かない。あらかじめ人払いがされていたのか、助けを求める先もなかった。書庫のかなり奥まで逃げてきたが、走る体力を失ったイルマは、立ったまま膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した。
「はぁ、はぁ……もうムリ……」
『キュリが近付いてきているな、ある程度回復したら右方に行くぞ』
「ふぅ、う、うん」
イルマの代わりに前方を確認しながら声をかけてくれるルオンに、息も絶え絶えに返答する。
「見つけたわ」
しかし、イルマのすぐ後ろからキュリの声がかかった。背筋が凍る。キュリは枝分かれしていた細い通路から、ひょっこりと姿を現したのだ。
『近道があったのか。くそっ』
ルオンの声は頭の中で悔しげに響いた。
「上等な見せ物だったわよ。でも、もう終わり。大丈夫、殿下にはちゃんと伝えるわ。地下書庫の侵入者と間違えて、斬って捨ててしまったわ、ってね!」
キュリの笑みが歓喜に歪み、剣が振り上げられる。イルマはいよいよ抵抗手段を失い、絶望する。死に恐怖する時間すらなかった。
剣が振り下ろされる、という瞬間。なぜかキュリはぐっ、と呻いて動きを停止した。突然のことでイルマが呆然としていると、キュリが剣を振り上げた姿勢のまま背後を振り返り、焦ったように声を発する。
「誰⁉︎ 邪魔しないで!」
キュリが叫ぶと、闇の中からのっそりと何かが現れた。巨人の男──金髪を刈り上げた褐色の肌。翠眼がぎょろりと見下ろしている。地下書庫の天井に届くかというほどの巨体の持ち主が、そこに立っていた。その異様さにキュリは悲鳴を上げる。よく見ると、キュリが振り上げた剣刃は、巨人の手によって摘むようにして止められていた。
「な、何? 誰なの……か、関係ないでしょ! 放しなさい!」
動揺しながらもキュリは強く言い放つが、巨人の方は表情を変えない。すると巨人は剣を摘んでいた指先に力を込める。少ししてバキ、という音を立てて、剣は真っ二つに折られてしまった。あまりの事態にキュリは慄き、ふらふらと後ずさる。巨人は彼女へ近付いてゆっくりと歩を進めた。
「い、いや……来ないで! 来るなぁーッ!」
キュリは半ば錯乱して巨人に襲いかかったが、剣はいとも簡単に受け止められる。巨人は折れた剣身の先を乱雑に掴み取り、キュリの身体ごと投げ捨てるようにして振った。放り出されたキュリは書棚に背中をぶつけ、うぅ、と呻き声を上げて倒れた。強い衝撃を喰らって動けなくなったようだ。
「……!」
成り行きを見守っていたイルマが、巨人が左耳に付けている金のピアスに目を留めた。
「それ、レンカのピアスと同じ! あなたが、彼の〝信頼できる奴〟なんだね?」
「……そうです、お嬢様」
イルマが尋ねて、巨人の男はようやく声を発した。見た目とは裏腹に、声色はとても穏やかなものだ。
「おれは、クレーといいます。レンカの義理の弟、です」
巨人の男は胸に手を当て、ややぎこちなく礼をする。喋りも拙く、話し慣れていないという印象を受けた。クレーは、細身で蠱惑的なレンカとは似ても似つかないが、義弟と聞いて納得した。それでもイルマは、眼差しの優しさや紳士的な態度が兄と似ているな、と思った。
「そっか、クレー! ありがとう、本当に助かったわ!」
「いえ、遅くなり、すみませんでした」
感謝を伝えると、やや照れくさそうにクレーは言った。
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