第8話 ティエラ

「蝶々さんの声はどうやって聞くの? 特有の言語が? それとも動きで会話するとか? ああ、本当に素敵。私もお話してみたい!」

「え、ええと、ね。正直に言うね。いつからか頭の中に声がするの。彼が喋っていることはいつも辛辣なのだけれど、結構優しいこともある、あるのよ」

 興奮しっぱなしの虫好き令嬢・ティエラに聞かれ、宥めすかしつつ教えてあげた。死なないらしいので言えそうな範囲で話してみる。ティエラは目をきらきらと輝かせて、イルマの話に聞き入っていた。


「そうなのね、凄い才能だわ! もちろん蝶々さんもよ。……あら、つい話し込んでしまってごめんなさい。舞踏会に参加されるのでしょう? わたくし、実を言うと、貴方のような方と出会えて安心しましたの。舞踏会は久しぶりですし、もう年齢も重ねてしまっているから……」

 ティエラは落ち着きを取り戻すと、憂鬱そうに言った。イルマから見れば、年齢的にも自分と同じくらいに見えるし綺麗な人なので、とてもそんな風には思えなかった。

「そんなに綺麗なのに? わたしの方も、知り合いも見当たらなくて焦っていたところだったの」

「ありがとう、とても嬉しいわ。御言葉、そのままお返ししますわよ! それで、お知り合いというのは、どなた?」

「ヴァイモン殿下なんだけど……」

「ヴァイモン殿下⁉」

 イルマの口からヴァイの名前を聞いた途端、ティエラはまたもや少女のように熱狂した。


「国中の美女がその隣を競い合っているという噂の、美男子! 滅多に人前に出られないというのに、殿下とお知り合いですって? 信じられない、貴方はなんて素敵な女性なの。恋。恋なのね。わたくし、全力で応援しますわ‼」

 ティエラのマシンガントークは止まる気配を見せない。なんという押しの強さ。でも応援してくれるという気持ちは嬉しい。このティエラという女性と話していると、テンションの差はあれど裏表がないので、気が楽だった。イルマはティエラが少し落ち着くのを見計らって、名乗った。

「ティエラ、言いそびれていたのだけれど、わたしはイルマ・ハミルトンと申します。良かったら今後とも、よろしくお願いします」

「まあ、イルマさん。こちらこそ宜しくお願いいたします、ですわ」

 イルマの両手を自身の手で覆いながら、にっこりと微笑むティエラ。舞踏会の前に素敵な出会いがあって、イルマの顔も綻ぶ。

 

 二人は境遇が似ていることもあって意気投合し、話題に事欠かなかった。ついつい夢中になっていたが、今日の本題は舞踏会への参加である。二人して話が一段落してからはたと気がついて、舞踏会会場に戻ろうかと話していた。

「失礼いたしますわ。あなた、イルマ・ハミルトン嬢?」

 そんな二人へ、今度はまた別の女性から声が掛けられた。イルマとティエラは同時に振り向く。声の主は金髪金眼をした細身の女性だった。華奢というよりは身体が引き締まっていて、歩き方も重心がぶれておらず、体幹がしっかりしているように見受けられた。細目だが眼光が鋭く、確かな自信の持ち主なのだろうとひと目で分かるほどだった。

「あっ、はい!」

「初めまして、キュリ・ジェニファーよ」

 握手を求められたのでイルマは応じる。キュリはすぐさま、隣のティエラとも握手を交わす。口調はやや高飛車だが所作が落ち着いており、身分の高さに比例した教養が滲み出ている。

 名乗ってもらった名前を聞いて思い出した。ジェニファー公爵家の令嬢で、第一皇子のヒース殿下の恋人。ヒース殿下は浮名が立つお方なのだが、すでに婚約者がいらっしゃるので、俗に言う愛人の立場だ。


「悪いけれど、イルマさんをお借りしていいかしら? ヴァイモン殿下から頼まれていることがあって」

 そう尋ねながらキュリに肩を掴まれ、イルマは動揺した。キュリとは初対面だし、ヴァイからも何も聞いていない。だけど家格的にも不利で、愛人とはいえ第一王子と親しい仲である方のお誘いを断るわけにもいかない。

「ええ、もちろんですわ。じゃあ、イルマさん。また後で」 

 ティエラは快く了承した。互いに小さく手を振って別れると、イルマは先導して歩くキュリに従ってついて行く。

「突然ごめんなさいね。殿下から、調べ物がしたいようだからって聞いてるの。史書が収められている地下書庫にご案内するわ」

「! 本当ですか、ありがとうございます!」

 イルマはそう告げられて少し安心した。以前から手紙でヴァイに頼んでいた件だ。ヴァイ自身が忙しいと言っていたから、彼女に頼んでおいてくれたのかもしれない。にこりと笑いかけ、再び前方へと向き直ったキュリの後をイルマは続いた。



 

「……帯剣……?」

 イルマと別れたあとのティエラは、帰路の途中で二人を振り返り、怪訝そうに呟く。しばし思案したあと、何かを決意したように舞踏会会場に戻った。

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