第6話 暗殺者との協力

 第二王子ヴァイの暗殺を阻止して、自室に現れた怪しい暗殺者・レンカと協力関係になってから、数日が経った。

 イルマはハミルトン領内の政務を手伝い、ヴァイと連絡を取りつつ、レンカとも秘密裏にやり取りを続けていた。レンカが中庭の影に置いて行く手紙をルオン(蝶)様に持ってきてもらって、また手紙書いて、置いておくという形でのやり取りだ。


『僕を何だと思っているんだ。神だぞ……』

 ルオンからすごいゲッソリした声で言われて、ごめんね、と謝った。蝶にとっての封筒って結構重いらしい。

 

 手に入れた情報は、レンカの一族がとある勢力と敵対していることだった。ヴァイモン王子は近頃、その敵対勢力に近いところで怪しい動きをしていて、止めないとマズイと判断して暗殺に動いたそうだ。

 イルマにはあの優しい性格と暗躍しているという姿が結びつかない。生真面目な彼のことだ、世界を守る秘密結社みたいなものと共闘しているのだろうか。今のところは王子を再度襲撃する、という話は出ないので、まだ様子を見ているらしい。

 レンカには魔王のことも尋ねてみたが、魔王の存在については知っているものの、封印方法は知らないようだ。恐らく魔術の一種だろうということと、史書にも書いてあった『魔王を勇者が倒して封印した』という話は事実らしく、勇者の子孫である王家に手掛かりがあるのでは? と書いてあった。


『レンカといったか、結構親切な男だな』

「本当だね。聞いたら何でも教えてくれるし、手紙をわざわざ近くに持ってきてくれるし」

 ハミルトン邸宅の庭先を散歩しながら、イルマは蝶の姿をしたルオンと話していた。

 話題にしていた暗殺者レンカは、手紙でやり取りしている分にはとにかく丁寧で優しくて、こちらが思っている以上に踏み込んだ情報までを提供してくれる人物だった。「協力者である」と嘘を言って騙すのは少し気が引けたが、魔王封印の手がかりを得る為には致し方ない。

「まあ、毎度『次に会ったら同衾どうきんしよう』って書くのは、やめて欲しいけどね!」

『くく。中身がこんなだと知ったら、ヤツはどう思うことかな』

 ルオンの揶揄いにイルマは苦笑いしてしまう。手紙の最後にどストレートなお誘い文句が書いてあるのは、レンカなりの冗談なのか本気なのか。よく分からなかったがとにかく困惑した。イルマにはルオンの意見もまったく否定できない、見た目こそ桃色令嬢かもしれないが中身はただの登山好き干物娘である。


「そういえばレンカが言ってた〝魔術〟って、どんなものなの?」

『この世界でごく一部の人間が使える技術で、魔女や魔族がおもに使用している』

「魔女? 魔族?」

 イルマは聞き慣れない単語に反応する。魔王だけでなく他にも仲間みたいなものが居るのか。

『魔女や魔族は、魔王を信奉する一派のことだ。彼らが用いる魔法みたいなものだと思えば良い』

「魔法が使えるの! わ、わたしも使えたり……」

『お前は転生者だからか、素養が全く無いから無理だぞ。諦めろ』

 一瞬脳裏に浮かんだ、ふわふわと浮いた美女(自分)が華やかに活躍する場面が崩れていき、イルマはがっくりと項垂れる。魔王の信奉者たちは魔法が使える。レンカもそうなのだろうか?


 頼みの綱のヴァイにも、招待状の返信と合わせて魔王について聞いてみている。直近多忙で時間が取れず、もう少し待って欲しいという旨で返事が来ていた。

「まあ、レンカでも知らないっていうなら直接探ってみるしかないね。舞踏会をこなしつつ、王宮の方に忍び込むか」

『だな。お前がヴァイの側室になれば気兼ねなく入れそうなものだが』

「ちょっと! まだ知り合ったばかりなんですわ!」


 茶化すようにひらひらと舞っているルオンに文句を言いつつ、先日ヴァイに頬を撫でられたことを思い出して、イルマは密かに顔を赤らめた。



 ◆ ◆ ◆

 


 同日の夜、王都アルテンブルグ、王宮内の一室。

 やや乱暴に扉を開けて入ってきた男は、不機嫌そうな顔で外套を脱ぎ、椅子に放った。

「ヴァイモンがハミルトン家の娘に唾を付けて帰って来たようだ」

 男が吐き捨てるように言う。金髪蒼目で、身体的特徴はヴァイに似通っている。だが目つきは彼より細く、口ぶりも粘着質の感がある。忙しなく視線を動かし続けており、まるで常に攻撃相手を探しているかのような落ち着きのなさだった。

「あの朴念仁が? 珍しいこともありますのね。ハミルトン家?」

 部屋の中で革張りの椅子に掛けていた女が、目を輝かせて尋ねた。女は金髪で、全身を高価な宝飾で着飾っている。美しい顔をしているが、こちらは獲物を狙うような鋭い金の眼差しをしている。


「西部を治めている子爵家の令嬢だ」

「子爵? 何を考えているのかしら、家格がまるで違いますわ。王都の貴族たちに知られれば、王家も、ヒース様の評判にも傷がつく……」

 金眼の女が憂うように零すと、ヒースという蒼目の男は優しく微笑みながら、女の腰に手を添えて軽く引き寄せた。

「そうだな。キュリ、お前になら安心して任せられるよ。今こそ愛人という立場だが、いずれは婚姻相手としても……」

「……」

 ヒースが耳元で囁くと、キュリと呼ばれた女は気恥ずかしそうにして俯く。だがキュリ自身は、ヒースが言うこの手の言葉が真実になり得ないことがよく分かっている。

「……一捻りにしてご覧に入れますわ」

「君のような女性が側にいてくれて、誇らしいよ」

 ヒースは満足気に笑い、キュリを抱き寄せる。キュリは複雑な表情で肩口に伏せていたが、やがて決意を固めるように唇を結んだ。


 遠く離れたハミルトンの娘は、自分が王都に渦巻く策謀へ巻き込まれつつあるとは……この時はまだ知る由も無かった。

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