第3話 ヴァイとの出会い
王子はお父様と軽くお話されたあと、騎士達を伴って屋敷の方へと近付いてきた。イルマは緊張しながらも軽く上体を倒した格好を保ったまま、こちらへやって来るのを待つ。お父様とお話が弾んでいるのか、低いお声が通って聞こえてくる。イルマからは足音と気配と影くらいしか見えないけれど、すぐ近くの距離までは来ているのが分かった。
「彼女が、ご令嬢の?」
「はいっ」
王子殿下はお父様に訊いたのだと思うけれど、思わず返事をして顔を上げてしまった。その瞬間、イルマは衝撃を受けた。
(うおおおお! まぶしい! がっ顔面が、国宝~‼)
直視に耐えかねたイルマは、目を糸かというほど細くしたまま、がちがちに
本当に恥ずかしい。直接見たら眼が焼かれてしまう。
「長女のイルマ・ハミルトンと申します」
何とか挨拶を済ませたところで、目の前に立っていると思われる王子殿下は、ピタッと動きを止めてしまった。
やばい。やっぱり顔が変だったかな。怒られるかこれは。
何も言われなければそれはそれで動けない。足が震える。反応がないので、恐る恐る視線を上げてみると、王子殿下はこちらを凝視していた。イルマの顔を見て何か考えているようにも見える。少し哀しげな表情だった。しばらくすると、ハッと気を取り戻したような反応をしてから、王子殿下は微笑んだ。
「私はヴァイモン・アルテンブルグです。どうぞ、楽にしていただけませんか」
今のイルマを的確に救う一言をくれたことに、心から感謝した。
何とか姿勢を戻すと、顔面国宝が正面に光った。あっやっぱり眩しい。イルマは目をきゅっと細くした。
「ありがとうございます。殿下、お会いできて光栄です」
「ええ、私もです。早速お話を伺いたいところですが、まずは領内の政務についてをお父上に伺わねばならず。また、後程」
ヴァイモン殿下はにっこり笑うと、イルマ以外の従士、侍女、執事達にも軽く会釈しながら、お父様とともに屋敷内へ入っていった。イルマは固まっていた。
優雅で優しい金髪蒼目のイケメン王子。とんでもない破壊力の来客に、イルマは打ちのめされていた。
ヴァイモン王子殿下は到着直後から、お父様と領内の統治について真剣に議論を交わしていた。イルマはまだお手伝い程度にしか政務に触れていないので、同席だけすることになった。
転生してきたイルマにとっては王族といえば我儘に振舞う印象で、アルテンブルグ王国も例外ではない。過去の王族達はあまり庶民を顧みることはなかったと聞いている。だが、ヴァイモン殿下は違った。イルマと同い年らしいが、他家の領政と事情が違うことをきちんと把握しており、お父様との議論も建設的に進んでいった。
ハミルトン領はアルテンブルグ王国の西端にあって他国と接している。近隣国から見たアルテンブルグ王国は〝魔王が封じられた国〟という謂われがあり、そのお陰で二〇〇年ほど土地を侵されずに済んでいる。そうはいっても、ハミルトン領を通じて侵攻されないように監視砦も防壁も維持しなければいけない。人手も必要だ。殿下は積極的に資金援助を申し出てくださった。国土全体が寒冷地ということもあり、作物が不足しているハミルトン領に対し、少しではあるが物資支援までして下さるという。滞りなく議論が終わると、お父様もホックホクといった様子で声を掛けてきた。
「イルマ。殿下が邸宅内の中庭を歩かれたいとのことだ、ご案内して差し上げなさい」
「中庭を? わ、分かりました」
イルマは動揺しながらも立ち上がり、頷いた。確かに我がハミルトン邸は腕利きの庭師を抱えていて豪華絢爛な庭園を有している。他家からわざわざ立ち寄られる方もいらっしゃる程だ……さすがに王族の方は初めての気がするけど。どちらにせよ、魔王に関する話をするチャンスが巡って来た。
「イルマ殿、よろしくお願いいたします」
「あっ! いえ、ご案内いたします」
よろよろ立ち上がったイルマの正面に、ヴァイモン殿下が微笑んで待っていた。イルマは王子の前を歩き、邸宅内を歩いて行く。
「イルマ殿、緊張されていませんか? 私のことはどうぞ気になさらず、ヴァイ、とでもお呼びください」
「は、え……? 殿下を呼び捨てに……? そ、そんな恐れおお、すぎます……」
背中へむかって投げられたとんでもない提案にイルマは動揺し、言葉遣いが崩れてしまった。今日はもう、お会いした瞬間から平静が保てなくてグダグダだ。こんな調子でいては幻滅されて、いずれ話もしてくれなくなるのでは……などという一抹の不安がよぎる。
「ふっ、ふふ。失礼、イルマ殿はとても真面目な方なのですね」
「え……」
意外な反応があって背後を振り返ると、殿下は口元を抑えて愉しそうに笑っていた。すると、突然イルマの左手を取って立ち止まった。
「私は第二王子ですし兄上も健在です。将来的にこの国を治めるのは、兄上になるでしょう。ですから私は、爵位家格も関係なく、さまざまな方と関わっていたいのです。ですので……」
そこまで言うと、殿下はイルマの左手を引き上げ、手の甲に軽くキスを落とす。
「ひえっ」
「ヴァイ。そうお呼びいただけますか?」
「ヴ……ヴァイ……殿下」
「ヴァイです」
「ヴァ、ヴァイ……」
何とか口にすると、ヴァイはにっこりと微笑む。
「それでは中庭まで、行きましょうか」
ヴァイは呆気に取られるイルマを置いてけぼりにして、しかも左手は繋いだまま、無邪気に言った。
意外ではあったが、そこからイルマの緊張は驚くほど消え去り、ヴァイと友人のように話をした。不思議とウマも合って、ハミルトン領内で起きた騒動についてや、侍女長の説教は恐ろしいという話だとか、他愛もない話を続けた。左手は繋いだままだった。中庭に着いたあとも庭園内を巡りながら、たくさん話をした。
ヴァイとは初対面のはずなのに、まるで昔から知っている旧友のように感じた。こちらの世界に転生してきて初めて、対等に友人と呼べる人が出来たように思えた。
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