第2話 魔王封印の足掛かり
──こうしてイルマはアルテンブルグ王国の、ハミルトン家の長女として生まれ変わりさせられた。【カリヴィエーラ】が世界、アルデンブルグ王国が住んでいる土地の名前である。
大人の記憶があるのに思い通りにならない幼児生活を送っているところに、蝶の姿になったルオンがやって来て、死ぬほどバカにされながら育った。マジでなんなのこの神様。
優雅な立ち振る舞いを心掛けてはいるが、その実、頭の中ではルオンとしょっちゅう醜い言い争いをしている。もはや幼馴染兼、喧嘩友達みたいな感覚だ。
アルテンブルグ王国は【カリヴィエーラ】全体から見て北方に位置しており、国土のほとんどは起伏の少ないなだらかな平原地形だ。東側は海や湖に面しており、西に行くにつれて高地となっていき、山脈を挟んで隣国と接している。ちなみに王都は南側にある。北端部以外は気温があまり低くならず、年中安定した温度のため過ごしやすい土地だ。
王国内は八つの貴族家によって領地を分割されて治められており、ハミルトン子爵家もその一つだ。しかし子爵家という爵位は八貴族内では低いので、西方……つまり隣国に近い小さめの領地を与えられている。要するに田舎貴族である。それでも地球人一市民として生きたイルマにしてみれば華やかで優雅な生活であることには変わりない。
問題は、悪魔……じゃなくてルオンに命じられた、魔王の封印だ。
【カリヴィエーラ】に慣れてから歴史書や伝承を漁ったが、知り得た情報は多くない。
まず確実なのは魔王の封印されている場所が、アルテンブルグの最北端・《ラユの地》という土地であり、その一帯に済む者達は忌み嫌われているらしいこと。
そして魔王を勇者が倒して封印した、という神話が伝わっていること。勇者の子孫が王族となり、国を治めていることくらいだった。というのも魔王封印の伝説自体が相当昔のことなのだ。肝心な封印方法についてはさっぱりである。
過保護気味なお父様が一人での外出を許してくれるようになったのが十五歳のときで、領内にも足を運んだが、目ぼしい情報は得られず。気づけば二〇歳まであと二年足らずだ。
もちろんルオンは封印方法を知っているはずだが、何故教えてくれないのか聞いてみたところ、『お前が自分で見つけることに意味があるんだよ。じゃなきゃ、別に誰だっていいだろ。封印に辿り着けるだろう、という人間を選んで、僕が導いてやっているんだ』という不遜な声が返って来たのだった。でもノーヒントは酷いと思う。
私室の鏡の前に座り、侍女に毛筆で化粧を施してくれてもらいながら、イルマは小さく溜め息をついた。生まれたときからの付き合いで、とても気の利く侍女は声を明るくして話し掛けてくれた。
「イルマ様、お聞きになられましたか?」
「えっ? 何を?」
「次月、王都から第二王子のヴァイモン様が視察での帰り道に、当家に立ち寄られるそうです! 王子はたいそう美男子とご評判ですのよ!」
「王子?」
イルマの反応に、化粧を施してくれている最中の侍女が、わくわくとした瞳を向けてくる。
あ、そっか期待されてるのはこれじゃないな、と悟る。ごほん、と咳ばらいをひとつ。
「それは楽しみね! 殿下とお会いするのは初めてよね?」
「そうですね。殿下は前々から当家へ訪問を希望されていたそうで……距離もございますから、なかなか実現しなかったのですけれど」
気を取り直して全力の裏声にて応対してみたところ、侍女は嬉しそうに話してくれた。良かった合ってた、と密かに息をつく。正直な話、王子や王家そのものに興味はない。生き残れるかも分からないのに、それどころではないから。しかし、直接話せるならば願ってもない機会だ。王家の人間は【カレヴィエーラ】の歴史はもちろん、魔王封印の神話に詳しい可能性は大いにある。どちらにせよ二〇歳までに魔王封印を失敗したら殺されるのだ。やるしかない。
「ところでお嬢様、今夜の踊りのお稽古はどうなされますか? 足をお怪我なされたと聞いておりまして……」
「あぁ~……だ、大丈夫! 全然、ぜんぜん、すごい平気よ!」
「そうですか、でしたら講師にそう伝えておきますね」
侍女が安心したように頷いた。
イルマもにっこり笑いながら、胸中では、あ~またやっちゃったと後悔していた。人から嫌われてしまわないか気がかりで、期待を裏切れないのだ。今回の場合であれば踊りの先生。ちょっと怪我したくらいで休むのか、とか、これだから温室育ちの令嬢は、と思われたくない。自分でも気にしすぎと思っているが、何故かそうしなければいけない気がしてしまう。こんなことで魔王をどうこうなんて出来るんだろうか。八方美人で意思の弱い自分が嫌になる。
『ひょっとしたら王子と踊る機会があるかもしれないからな? 丁寧に教えて貰うことだな』
うるさいわ! と頭に響く自称神様の声へ、心の中で言い返す。ルオンは気まぐれで、居たり居なかったりする。口汚さも神様としてどうかと思うが、今回みたいにわたしが気落ちしている時の皮肉は励ましの意味がちょっとだけあるらしい、と分かってきた。
◆ ◆ ◆
次月、王子の訪問当日。侍女達が気合を入れて準備をしてくれたドレスを身に纏い、王子の訪問をハミルトン家総出で待ち構えていた。近隣の爵位者とは訳が違うので、家中の人間が慌ただしく動き続けている。当主であるお父様も忙しそうではあったが、何とかひと段落したようだ。
「おお! 愛しいイルマ! なんと華麗な姿だろうか。さすが私の最愛の娘だ‼」
「アッありがとうございますお父様っ、ち、チューはおやめくだ……やめて~!」
お父様はむぎゅ、とイルマを抱き締めながら頬に何度もキスを落としてくる。さっき侍女達が芸術作品のように施してくれたお化粧が無残に剥がれていく。遠くの方で、侍女長がハァ~と長~いため息をつく声が聞こえた。
少しだけぽっちゃりして可愛らしいお腹を持つお父様がわたしは大好きだ。子爵として政務をこなされる傍ら、領内へも頻繁にご自分で足を運ばれており、領民からの信頼も篤い。ちょ~っとだけ娘に対する愛情が深すぎるのだけがネックだが、それを差し引いても素晴らしい方だと思う。お父様とわちゃわちゃしていると、邸宅が建つ丘から伸びていく一本道の向こうに馬車が見えた。引き連れている騎士達の数からしても間違いなさそうだ。
「おお、お見えになったようだな! 私はお出迎えに向かうから、イルマはそこで待っていなさい」
「分かりました」
お父様はイルマに微笑んでから、ぽよんぽよん、とお腹を揺らして馬車の方へ走って行く。
王国を治めるアルテンブルグ王家の第二王子。王族に出会ったことはないし、政務で関わるとしても王都の政務官以外とは書面上だけ、名前だけのお付き合い程度だ。だから顔を見るのは初めてだった。
馬車の扉が開かれ、一人の男性がゆっくりと降りてくる。金髪碧眼をした美しい男性だった。顔立ちは幼げがあってあどけなく、どこか庇護欲をそそられるような雰囲気をしている。
(いっイケメンだ! 王族はやっぱり外見の遺伝子も秀でてるのかあ! やっばいなあ、前世で男性と関わった免疫がないから顔が直視できそうにない! いざとなったら大人しくて控えめな淑女令嬢みたいなキャラ付けで対応すればいいかな、あっでもあんまり控えめすぎると気に障るかな、う~ん)
イルマの心中は大変な騒ぎだった。わざわざ王都から遠方まで視察に出て、帰りに子爵家までいらっしゃるというだけでも人格者だと窺える。イルマはどうやってご挨拶をすべきかと、ひとり作戦会議を行っていた。
次の更新予定
ロマンス・ファンタジック・カリヴィエーラ~転生令嬢、魔王を封印せよ~ 伊藤沃雪 @yousetsu
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