番外編「大人の階段昇るかもしれない、今日はまだ大晦日さ」その⑥



「く、空気がうまいぜ……」


 電車から降り、人だかりについていくようにして駅から出た僕は、冬の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 駅の構外へ出ると、人混みもずいぶん少なくなっていた。


 雪はまだ降り続いていて、冷えた空気のおかげでいつのまにか全身にかいていた汗もようやく引いて来た気がする。


「神社はどっちかしら?」


 きょろきょろと辺りを見渡しながら、雪月が言う。


 電車の中での様子が嘘みたいな、いつも通りの雪月だ。


「ああ、多分あっち――」


 と、僕は目の前の男女二人組が向かっている方を指さした。


 その先には、神社とは似ても似つかない西洋風のお城っぽい建物が―――って。


 あれってラブホ〇ルじゃん。


「……へえ、洋風な神社というのも存在するのね」

「いやごめん、多分あっちだ、あっち。逆だった」


 煩悩にまみれたとんでもない間違いをしてしまった。


 よりにもよって神社とラブホを間違えたという恥ずかしさを誤魔化すように、僕はいつもより大股で歩いた。


「そんなに早く神社へ行きたいの? すごいモチベーションね」

「ああ。はやく煩悩を祓ってしまいたいんだ。一刻も早く除夜の鐘が聞きたいぜ」

「ちなみにパパも毎年、年末は除夜の鐘を聞かないと眠れないと言っていたわ」

「除夜の鐘の効力が疑わしくなってきたな……」


 しばらく歩くと、屋台や出店の列、そしてそれらに群がるような人だかりが見えてきた。


「ちょっとしたお祭りみたいね」

「そうだな。夜飯まだだろ? 屋台で何か買わないか?」

「いいわね。私、金魚すくいがやりたいわ」

「……冬だからやってないんじゃないか、金魚すくいは」

「あら、残念。ちょうどお魚が食べたい気分だったのだけれど」

「え」

「何かしら?」

「あのー、雪月。多分、金魚すくいの金魚って食用じゃないと思うよ……?」

「そうなの? 日本人は何でも食べるという話だから、てっきり私はあれも食べるものだとばかり思っていたわ」

「いや、さすがに金魚は食べないって」

「でも昔、テレビでシロウオの踊り食いというのを見たことがあるわ。ああいうイメージだったのだけれど」

「ああ……そう言われると確かに」


 納得―――いややっぱりそれにしても、金魚は踊り食いするにはデカいんじゃない? 知らんけど。


「金魚がダメとなると、迷うわね。何を食べようかしら」

「お祭りなら、焼きそばとかお好み焼きとかが良いんじゃないか?」

「そうね。ちょっと行ってみましょうか」


 人混みをかき分け、屋台へ。


 立ち並ぶ屋台の一番手前の辺りに焼きそばの屋台があったので、僕らはその列の最後尾に並んだ。


 しばらく待っていると、雪の降り方が徐々に強くなってきた。


「うわ、ひどくなってきたな」


 かなり大粒の雪が降ってきている。


 さっきまでの粉みたいな雪じゃない。


「焼きそばは諦めてどこか屋根のあるところへ行きましょう。このままじゃ未来に冷凍保存されてしまうわ」

「氷河期かよ……。だけど、確かにこのまま並んでいても仕方ないよな」


 僕らの前にはまだ2、3人が並んでいた。


 この雪の中で待ってまで焼きそばを食べたいわけじゃなかった。


「行きがけ、コンビニがあったわ。夕飯はそこで買いましょう」

「よし、そうしよう」


 雪の中、僕らは来た道を引き返してコンビニへ向かった。


 こんな時にコンビニ飯というのはイマイチ情緒に欠けるような気もしたが、まあ、状況が状況だし仕方ないだろう。


 コンビニの中は暖房が効いていて、僕らと同じように雪から逃れてきたのだろう、頭に雪が積もったままの人もいた。


 ふと隣を見ると、雪月の銀髪にもうっすらと雪が残っていた。


 商品にかからないよう、入り口近くで雪をそっと払ってやると、雪月はびっくりしたようにこちらを見上げた。


「きゅ、急にどうしたの?」

「え? いや、雪がついてたからさ」

「ふうん……そうなの。突然触れられたから少し驚いたわ」

「いや、ほら、コンビニの商品に雪がかかったりしたら悪いかなと思って」

「なるほど、確かにね。だったら、ほら、朝日くん。少し屈みなさい」

「……?」


 雪月に言われるまま屈むと、彼女は手を伸ばして僕の頭を払った。


「朝日くんにも雪、積もってたわよ」

「ああ、ありがとう」

「どういたしまして」

「で、何を食べるんだ?」

「悩むまでもないわ。一択だと思うのだけれど」

「奇遇だな、僕も一つしか思い浮かばなかった」


 カップ麺が並ぶ商品棚の片隅。


 僕らが求めるそれは、そこにあった。


 特徴的な赤いパッケージ。我らのソウルフード、『豪古タンメン(中卒)』だ。


 レジで支払いを済ませ、セルフサービスのコーナーでカップにお湯を注ぐ。


 僕と雪月はそれぞれの『豪古タンメン(中卒)』を片手にコンビニを出た。


 雪は少し弱まっていた。


 軒先にある車止めに腰かけた僕は、降ってくる雪をぼんやり眺めていた。

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