番外編「大人の階段昇るかもしれない、今日はまだ大晦日さ」その⑦

「……今年ももう終わるのね」


 僕の隣に座りながら、雪月が言った。


「そうだな」

「今年を振り返って、何か言いたいことはあるかしら?」

「この間、クリスマスパーティの帰りに言っただろ。雪月のおかげで最近、充実してる気がする。ありがとうな」

「いいえ、どういたしまして。来年もよろしくね、朝日くん」

「ああ、こちらこそ」

「そろそろ食べごろじゃないかしら」


 雪月が『豪古タンメン(中卒)』の蓋を捲る。


「雪月はどうだ? 今年のうちに言っておきたいこととかないのか?」

「さっき言ったわよ。来年もよろしくって」

「それだけ?」

「……そうね。ええと……来年こそは赤点を回避したいわね。次は補習じゃ済まなくなってくるから。最悪の場合、留年してしまうわ」

「新年になったら、初詣で真っ先にお願いしとかないといけないな」


 カップ麺の蓋を開ける。


 辛味の強い、慣れ親しんだ匂いがした。


 立ち上る湯気が食欲をそそる。


 いい感じだ。


 割り箸を割って麺を啜ると、体の芯から温まっていくような気がした。


 隣では雪月も、ふうふうと息を吹きかけながら麺を啜っている。


「染みるわね」

「ああ、染みるな」


 僕がしみじみとそう言ったとき、鐘の音が聞こえた。


 除夜の鐘だ。


「本当に終わってしまうのね、今年が」

「案外早いもんだな」

「年越しのときにはお蕎麦を食べるのが日本の風習だと思っていたのだけれど」


 と、もう一口、雪月はカップ麺を啜った。


「年越しタンメンっていうのも、これはこれで悪くないだろ?」


 僕が言うと、雪月は少し赤くなった唇で微笑んだ。


「ええ、悪くないわ」


 片手でカップ麺を握り、もう片方の手でスマホの画面を開く。


 今年も残すところあと数十秒だ。


「来年もよろしくな、雪月」

「さっきも同じことを言った気がするのだけれど」

「……そうだっけ」

「そうよ。言っておきたいこととかないかって私に訊いたのは朝日くんの方でしょう? あなたこそ、何か言い残したことがあるんじゃない?」


 隣を見ると、雪月が僕の顔を覗き込むようにしていた。


 僕の中身全部を見透かすような青い瞳を見ると、確かに言い残したことがあったような気がしてきた。


「あ」

「どうしたの? 言い残したことに心当たりでもあったかしら」

「……ハッピーニューイヤー、雪月」


 雪月にスマホの画面を見せる。


 時刻は0:00を回っていた。


 つまり、年が明けたのだ。


「いつの間にか年を越してしまっていたのね」

「気づかなかったな」

「ええ。朝日くん、happy new year」


 ネイティブな発音で新年の挨拶をする雪月。


 ふとカップ麺を見ると、既に中身は無くなっていた。


「僕、食べ終わったからゴミ捨てて来るよ」

「少し待ってちょうだい」


 立ち上がった僕だったが、雪月に呼び止められそのまま立ち止った。


「どうしたんだ?」

「さっきの話が終わってないわ。何か言い残したことがあったんじゃなかったのかしら?」

「ああ、いや、別になんでもないんだ」

「そう?」

「そうだよ」


 僕は雪月を残してコンビニの自動ドアを潜った。


 言い残したこと―――もし雪月に好きだとか付き合って欲しいとか伝えるのなら、年越しのタイミングが良かったかもなと、少しだけ思った。あくまでも思っただけだ。





 その後、僕と雪月は神社の長い行列に並び初詣をしたのだが、お参りを終えた辺りで終電まであまり時間がないことに気が付き、急いで駅まで戻ることにした。


「終電、間に合うかしら。時間が経つのは早いものね」


 ブーツで小走りをしながら、雪月が言う。


「思ったより初詣の列が長かったからな。雪月、足元気をつけろよ。結構凍ってるみたいだから」

「分かっているわ。凍った道路に滑って転んで朝日くんに助けられるなんてベタな展開を新年早々やるつもりはないから安心して」

「ああ、安心した。でもそれってフラグってやつじゃ――」

「きゃっ!?」


 言ったそばから雪月は足を滑らせて体勢を崩した。


 なんとなく予想はできていたことなので、僕は雪月の腕を掴んで、彼女が転ばないように支えた。


「だから気をつけろって言っただろ」

「ごめんなさい。予測はできても回避ができないことというのもあるものね」


 雪月の銀髪には、また雪が積もりかけていた。


 さっきから雪が徐々に強まっている。まるで僕らが帰るタイミングを見計らっていたみたいだ。なんて嫌な雪なんだ。


 とはいえ、駅はもうすぐそこだ。終電には間に合うだろう。

「あまり焦らなくて良いからな。ゆっくり安全に行こう」


 僕は雪月の腕から手を放した。


 だけど、それと入れ替わるようにして、今度は雪月が僕の袖を摘まんだ。


「……こっちの方が安全だわ。これなら私が転んでも朝日くんが支えになってくれるでしょう?」


 雪月は俯きながら、甘えるような声で言った。


「……共倒れにならなきゃいいけどな」


 そう言って、僕は雪月に袖を摘ままれたまま歩いた。


 転ばないように、ゆっくり。


 腕に触れた雪月の指先から彼女の体温が伝わってくるような気がした。


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