番外編「大人の階段昇るかもしれない、今日はまだ大晦日さ」その②

「お前も大変だな」

「なんですかその反応は!? 同情ですか!? 同情するならドリンクバー代払ってください!」

「何言ってるんだお前は……」


 安達〇実かよ。


 と、そこへ雪月が戻って来た。


 彼女が持っているグラスにはコーラと何かを混ぜたようなドス黒い液体が入っている。


「お姉ちゃん、私も隣町の神社について行って良いですか?」


 金糸雀が雪月を見上げながら言った。


 雪月は、そう、と呟きながら自分の席に座る。


「良いわよ。金糸雀がいてくれた方がにぎやかになると思うし。どうかしら、朝日くん」

「ああ、もちろんいいよ」

「やったーっ!」


 小さくガッツポーズする金糸雀。


「そんなに行きたかったのか、神社」

「別に寺社仏閣マニアというわけではありませんが、一度はそういうイベントに参加してみたかったんです」

「ふーん……」


 金糸雀を疑うわけじゃないが、本当かなあ?

 今までの経験から言うと、何か別の企みがあるような気もするけれど、行きたいと言っているのだからわざわざそれを断る理由はない。雪月もオッケーって言ってるし。


「そうと決まれば、大晦日当日のスケジューリングはこの金糸雀にお任せください。盛り上がること間違いなしのベストプランをご用意しますよ」

「スケジューリングっつっても神社に行ってお参りして帰るだけだろ?」

「甘いですね朝日さん。あま~いあま~い、ばあ☆ って感じです」

「ごめん金糸雀、そのテンション、僕、ついていけない」

「とにかく私に任せておいてください。本当のデートプランというものをお見せしますよ」

「で、デートじゃないわ、金糸雀。仲の良いお友達と出かけるだけよ」


 雪月が慌てたように言う。


 ああ、その通り。デートじゃない。僕だって余計な期待はしていない。


 していない――けど、雪月さん、耳まで赤くなっちゃってますけど?


「あー、これは失礼しました。どちらにせよ、みんなで楽しい大晦日にしましょうね。さて私はそろそろ宿題の続きを。教科書の絵を模写する課題も出てるんです」


 そう言いながら、金糸雀は黒いリュックの中から仰々しくクレヨンを取り出す。


 プロ仕様の、36色入りクレヨン。


「お前もしかして、それ……」

「え? ああ、なんかクリスマスに貰っちゃったので仕方なく使ってあげるんです。ふんっ、別に好きで使ってるわけじゃないんですからねっ!」

「ああそう……。その割にはずいぶん使用感あるみたいだけど」

「せっかくくださったのですから、そのままにしておくのは勿体ないと思って趣味のしゃせいに使ってあげてるんです。あっ、しゃせいってアレですよ。絵を描く方ですよ。変なこと考えないでくださいね」

「はいはい」


 どちらにせよ喜んでもらったみたいで何よりだ。


「朝日くん、良かったら数学の課題を教えてあげるわ」


 雪月が、ストローでジュースをかき回しながら言う。


「良いのか?」

「もちろん。代わりに現代文の課題、教えてくれる?」

「ああ、任せてくれ」

「助かるわ。そうしたら、まず、さっきの問題を見せてくれるかしら。そのページはすべて同じ解き方で答えが出せるはずよ」

「お、おう」


 僕が数学の問題集を雪月の方へ向けると、雪月は身を乗り出して問題集を覗き込んできた。


「……うん、やっぱりそうだわ。ちょっといじわるな問題ね、これ」


 さらさらとノートに数字を書き込んでいく雪月。


 本当に理由系が得意なんだな。国語が出来ない分を理数系と英語でカバーしてきたという実績は伊達じゃない―――うん?


 僕は思わず固まった。


 前かがみになった雪月の胸元。


 ニット生地によってより存在感が強調されたその胸が、重力によってさらに迫力を増しているのに気が付いてしまったからだ。


 えー、その白いニット大丈夫? 胸元だけ生地が伸びちゃって着られなくなったりしない?


「朝日くん?」


 手を止めた雪月は、青みがかった瞳を僕に向けたまま首を傾げた。


「あ――いや、何でもない。僕は大丈夫だ」

「すごく視線を感じたのだけれど」

「あまりにも問題を解くスピードが速かったから驚いてたんだよ」

「ふうん、そうなの。朝日くん、数学が苦手なイメージはなかったわ」

「問題との相性が悪かったのかもしれないな」


 僕は努めて冷静に雪月の胸から視線を逸らしつつ、答えた。


「気づいてしまえばワンパターンな問題よ。さっきと同じで最初に数式を変形させるの。あとは公式を使うだけ」


 雪月はノートを僕に向け、数式をシャープペンシルの先で指し示しながら言った。


「……あ、なるほどな。分かったかもしれない。ここから先は全部公式通りになるのか」

「ええ、そうよ。次の問題は自分で解いてみたらどうかしら。朝日くんならきっと解けるわ」

「ああ、ありがとう。やってみる」


 雪月から問題集を受け取った僕は、早速問題集に書かれた数式に取り掛かった。


 ……ほほうなるほど。雪月の言う通りだ。取っ掛かりにさえ気づければ後は公式を当てはめるだけじゃないか。


 関数を元にグラフを描いてみる。


 そして下に凸の曲線を描いた瞬間、僕の脳裏に雪月の胸元がフラッシュバックした。


 い―――いかん!


 このままでは僕は、関数を見るたびに興奮する変態になってしまう!


 どんな特殊性癖だよ。


 数学どころじゃなくなっちゃうよ。


 このマイナスの二次関数がたまらねーっ! ……という風になってしまうのだろうか。


 多分、過去に存在したどんな数学者もそんな境地には達していないだろう。


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