第34話「銀髪とクリスマス」その⑦

  

 朝になると、昨日の雪が嘘みたいに晴れていた。


 僕らはパーティの残骸を片付け、食パンを何枚か焼いて朝食にした。


 テレビを点けると雪についてのニュースが流れていて、アナウンサーが公共交通機関もすべて復旧した、車は気を付けて運転を――と言っていた。


 雪月の母親も電車に乗って帰ってきているらしい。


 というわけで、僕も帰宅することにした。


「じゃあな、二人とも。泊めてもらって悪かったな」

「えーっ!? もう帰っちゃうんですかあ?」


 不満そうな金糸雀。


「いつまでも邪魔しとくわけにもいかないだろ。今生の別れってわけでもないし、またいつか来るよ」

「はーい。それじゃしばらくさよならですね、朝日さん」

「いや、家近所だし……。別に会おうと思えばいつでも会えるだろ」

「そういえばそうでしたね! また連絡しますっ!」

「ポケベル語でメッセージを送ってくるのはやめてくれ。解読が面倒だから」


 僕と金糸雀が玄関でそんなやり取りをしていると、厚手のコートを羽織った雪月が部屋から出てきた。


「朝日くん、お家まで送るわ」

「いや良いよ、寒いし」

「遠慮しないで。せっかくだもの」

「そうか? 分かった、頼むよ」

「じゃあ私はお留守番しておきますね。ではごゆっくり!」


 そう言うや否や金糸雀はドアを開け、僕ら二人を外へ押し出すと、勢いよくドアを閉めた。


 ドアが閉まる瞬間、金糸雀が僕にウインクをしたような気がするけど勘違いだろう。


「……付き合わせて悪いな」

「全然そんなことないわよ」


 雪はまだ溶けず、ほとんどそのまま残っていた。


 エントランスを出た僕らは、降り積もった真っ白な雪に足跡をつけながら歩いた。


「冬休みか……。もうすぐ今年も終わりだな」

「ええ。こうしてみるとあっという間だったわ」

「ああ」

「……ねえ朝日くん、早速マフラー使ってくれているのね」

「え? あ、うん。暖かいよ。ありがとう」


 昨日雪月にもらったばかりのマフラーだけど、早速使わせてもらっていた。


 かなり暖かい。そして、心なしか良い匂いがする気がした。


「それは良かったわ」


 雪月が笑う。


 そのときちょうど薄い雲の切れ間から日差しが差し込んで、路上の雪を照らした。


 太陽の光は雪にきらきらと反射して雪月を包んだ。


 雪月の銀髪や蒼い瞳が光の粒で輝いた。


 僕の目には、雪月がスポットライトを浴びているように見えた。


「あ……」

「どうしたの、ぼうっとして。忘れ物?」

「い、いや、なんでもない」

「そうかしら。ひょっとして私に見蕩れてしまっていたとか?」


 図星だ。


 しかし、まるでスポットライトを浴びているようで綺麗だったなんてポエムみたいなことを口にするわけにはいかなかった(恥ずかしくて)。


「……ああ、そうだ。ちょっとコンビニ寄っていかないか?」

「良いわよ。トーストだけじゃ少し足りないような気がしていたもの」


 雪月って意外と食欲旺盛なんだな――と思ったが、よく考えたら初めてコンビニで会ったときは夜食を買いに来ていたんだよな、雪月。この細い身体のどこにカロリーが消えているのだろう。


 もしかしたら臨時休業かもと思っていたが、幸運にもコンビニは営業していた。僕らはたまたま2つ残っていた『豪古タンメン(中卒)』を買った。


 今度は金が足りなくなることはなく、普通に買えた。


 そしてレジで代金を払っているとき、僕は唐突に気が付いてしまった。


「あっ」

「どうしたの、急に声を出して」

「ああ、後で話すよ」


 そのままコンビニのサービスコーナーでカップ麺にお湯を注ぎ、僕と雪月はいつものようにコンビニ横のベンチに並んで座った。


 ここで数分待つ。


 いつの間にか車道には車が行き来していた。雪も解け始めているらしい。


「さっきの話の続きだけれど、突然声を上げたのはどういう理由だったの?」

「大したことじゃない。どうしてあの日――僕らがコンビニで初めて会ったとき、雪月のお金が足りなくなっちゃったのかって思ってさ」

「16円の話ね」

「ああ。あれってさ……消費税を考えてなかったんだろ」

「え?」

「もう少し詳しく言えば、値段の隣に書かれてた『+税』って漢字が読めなかったんだ。だから16円――『豪古タンメン(中卒)』の消費税分が不足したんだろ」


 僕が推理を披露すると、雪月は拍子抜けしたような表情を浮かべた。


「なあんだ、そんなことを考えていたの」

「……淡白な反応だな。もっと驚くと思ってたけど」 

「確かに良い着眼点だと思うわ。消費税を忘れていたというのも納得できる内容ね。でも、私は何度もあのコンビニで『豪古タンメン(中卒)』を購入しているのよ。そんなミスするかしら」

「それもそうだが……」

「だから私はこう思っているのよ。きっと運命とか巡り合わせとかそういう何か大きな力が私たち二人を出会わせるために、ああいうこと起こったの」

「壮大な話だな」

「でも、そう考えた方がむしろ自然だわ。きっと私たちは逢うべくして逢って、食べるべくしてコンビニ横のベンチでカップ麺を食べているのよ」


 真面目な顔をして力説する雪月を見て、僕は思わず笑ってしまった。


「……そうかもな」

「さて、そろそろ麺もちょうどいい頃じゃないかしら」

「いただくとするか」


 蓋を開け、辛味の効いた麺を啜る。


 やっぱり寒い中食べるカップ麺は美味い。


 雪月も隣で美味そうに麺を啜っていた。


 そんな雪月を見つめながら、僕は無意識のうちに呟いていた。


「なあ雪月。あのさ、今度の大晦日の夜なんだけど――」





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2024年9月20日 19:00

同じクラスの銀髪クーデレ美少女に金を貸したら @bunbunscooter

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