第30話「銀髪とクリスマス」その③
「お姉ちゃん、着替えはどうしますか? サンタコスもトナカイコスも準備してますよっ!」
金糸雀がリビングに顔を覗かせる。その手にはミニスカサンタのコスプレ衣装が握られていた。
こいつ、雪月をミニスカにするつもりだ!
雪月は困ったように僕を見上げる。
「……朝日くんは、どっちがいい?」
えっ!?
僕が決めていいんですか!?
頭の中で、ミニスカサンタ姿の雪月を想像してみる。
金糸雀は見ての通り起伏のない体つきをしているから何とも言えない感じになっているけれど、それが雪月ならそうはいかないだろう。
4月からの数か月に及ぶ観測により僕は知っている――雪月は意外と胸があるということを。
身体にフィットするようなデザインのミニスカサンタコスチュームを雪月が着たら大変なことになってしまうだろう。主にバストやヒップが。
一方、トナカイのコスチュームは金糸雀が僕に着せるために買ってきた着ぐるみみたいなタイプで、別にエロい感じのものではない。
よし。
ここは雪月に恥ずかしい思いをさせないためにも……。
「トナカイの方が良いんじゃないか? サンタはもう金糸雀が着ちゃってるし」
「そうね。そうするわ」
雪月が金糸雀と二人でリビングを出ていく。
僕はソファに座り、クリスマス仕様に飾られた部屋を見渡した。
金糸雀が書いたあの幼稚園児の落書きみたいな設計図で、よくこんなにきれいな飾り付けが出来たよなあ。
折り紙細工の飾りは、ほとんど僕が作ったものだ。ずいぶん苦労した。
「見れば見るほど会場のデザインは完璧ですね。いやー、朝日さんが不器用だから大変でしたよ」
「……不器用なのはお前の方だろ」
ドアの方を見ると、金糸雀が戻って来ていた。
「私はデザイン担当ですから。私の指示通り動くのは朝日さんの仕事です」
「はいはい。それにしても、ギリギリ間に合って良かったよ」
準備は雪月が補習に行っている間に少しずつ進めていた。
特に今日は、雪月が家を出てから帰ってくるまでに飾り付けや食べ物の買い出しを終わらせなければいけなかったから、かなりタイトなスケジュールだった。
「やっぱり私のプランニングが完璧でしたからね。感謝してください、朝日さん」
「僕、徹夜で作ってんだけど、飾り。後半はかなりのデスマーチだったぞ」
「でもそのおかげでお姉ちゃんも喜んでましたよ。大成功ですね」
「ああ、まあな。お前がクリスマスパーティってアイデアを出してくれたおかげだよ」
「や、やだなぁ~。朝日さんに褒められても嬉しくないですよぉ、もお~」
上機嫌に照れる金糸雀。
「ところで雪月は? さっき一緒に出ていったんじゃなかったのか?」
「ああ、お着替え中ですから」
「確かに、着替えている間くらいは一人にするよな」
「お姉ちゃんの下着姿なんて私、興奮しすぎて直視できなくて……」
「シスコンが過ぎる!」
「じゃあ朝日さんは直視できるんですかっ!?」
「み――見れるわけないだろっ!」
いや待て、以前コンビニで雪月の下着を見てしまった気がするけど――あれはノーカンだと心の中の大槻班長が叫んでいる。
「ほらねー、やっぱりそうなんです。美人で可愛いお姉ちゃんの下着なんて、この世界中の誰もが興奮しすぎて直視できないに決まってます」
「私の下着がどうかしたの?」
リビングのドアの隙間から雪月が顔だけを覗かせる。
「あ、いや、何でもない何でもない、気にしないでくれ」
「そう。ねえ金糸雀、ちょっと来て頂戴。背中のファスナーが閉まらないの」
「お、お姉ちゃんの背中のファスナーを私が!? 分かりました!」
雪月に呼ばれ、金糸雀が部屋を出ていく。
そして僕は一人になった。
……あれ?
おかしいな、トナカイのコスチュームって着ぐるみみたいなやつだったよな?
なんで背中にファスナーが付いてるんだ?
僕の疑問に答えるようなタイミングで、リビングのドアが開いた。
「……ねえ金糸雀、本当にこの服で合っているのかしら? 少しサイズが小さいみたいのだけれど」
「恥ずかしがることはありません、お姉ちゃん。ぱーふぇくとです!」
悪徳プロデューサーのような顔をした金糸雀が、雪月の手を引きながら部屋に入ってくる。
そして雪月の姿が目に入った瞬間、僕は思わず目を見開いた。
雪月は胸元から肩にかけて大きく露出した衣装を身に着け、短いスカートの丈を空いた方の手で押さえながら登場した。
な―――なんだその破廉恥な格好は!?
親が見たら泣くぞ!?
っていうかそれのどこがトナカイ―――あ、いや、よく見たら雪月の頭の上にトナカイの角みたいなカチューシャが乗っていた。
なるほど、角があるなら確かにトナカイ……ってそんなわけあるか!
「ど、どうかしら朝日くん。似合う?」
雪月は、いつもなら雪のように白い頬を赤くしながら上目遣いで僕を見た。
だ、ダメだ!
直視できないッ!
「あ、う、うん。似合う。似合うよ」
「そう、ありがと……」
雪月の言葉を遮るように、布が破れるような音がした。
次の瞬間、雪月が着ていたコスチュームの胸元が弾け、雪月の存在感あるバストが白日の下に晒された。
「うわ、わわわ、お姉ちゃんっ!」
金糸雀が慌てたように雪月の胸を隠し、彼女を押し出すようにしながら、二人は部屋から出ていった。
……うん。
雪月が着けていたのは、この間雪月の部屋で見たあの黒い下着だった。
僕が言うんだから間違いない。
そもそも、あの変態みたいなトナカイのコスチュームは一体誰が――まあ、考えるまでもないか。金糸雀だ。
まったく余計なことを、と僕が思うのと同時に、でも良いもの見れて良かったでしょお!? という幻聴が金糸雀の声で聞こえた。ちょっと疲れてるのかもしれない。
ふとドアの方へ視線を遣ると、赤い液体が落ちているのに気が付いた。
なんだろう、これ……。まさか血?
「うー、鼻血出ちゃいましたぁー……」
そう言って部屋に戻って来たのは金糸雀だった。鼻にはティッシュが詰められている。
まさかこいつ……雪月の下着に興奮して鼻血を!?
昭和の少年漫画みたいなリアクションだな……。
「やっぱりサイズが小さいような気がしていたのよ」
と、雪月も部屋に戻ってくる。服装もラフなパーカー姿になっていた。
「はしゃいじゃってお腹が空きました。お姉ちゃん、朝日さん、そろそろご飯にしませんか?」
「賛成だわ。ピザも冷めてしまうだろうし」
「ああ、そうだな。金糸雀、飲み物取って来てくれ」
「ふんっ、私は朝日さんのパシリじゃないですよ!」
「お願い、金糸雀」
「お姉ちゃんに言われちゃあしょうがないですねっ!」
ティッシュを鼻に突っ込んだまま、金糸雀がキッチンの方へ走り出す。
そんなこんなでクリスマスパーティは幕を開けたのだった。
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