第29話「銀髪とクリスマス」その②
「無事に終わって良かったな、補習」
「そうね。これで進級はできそうだわ」
「僕も安心したよ。だけど、日本語の文章が苦手なのによく高校合格できたな」
「合否は全教科の合計点で決まることになっていたから。英語で点数が稼げていたのよ。今回のテストでも英語は満点だったし」
「ああ、そうか……」
雪月、英語はめちゃくちゃ得意って話だったよな。
次のテストのときは雪月に英語を教えてもらうことにしよう。
そのとき、ちょうどエレベーターがやって来た。僕らはそれに乗り雪月の澄んでいる部屋がある階へ向かった。
上昇のちょっとした負荷がかかり、エレベーターが停止する。自動で開いた扉から降り外に面した通路に出ると、さっき降り始めたはずの雪が建物の屋根や道路に積もり始めているのが見えた。
明日までこの調子で降り続けるなら、かなり積もるだろう。
「雪、ずいぶん降っているのね」
「ああ。予報でもここまでとは言ってなかったと思うけど」
「天気予報も必ず当たるわけじゃないわ。宝くじと一緒よ」
「言うほど一緒か?」
「掠めてはいると思うわ」
「なるほど」
「それにしても、こんな日に雪だなんてロマンチックね。ホワイトクリスマスというやつだわ」
「……ああ、そうだな」
雪月の家の前に着いた。
僕は雪月にドアを開けるよう促した。
「別に朝日くんが開けてもいいじゃない」
「いやそういうわけには……ええと、まあ、他人の家だからな」
「どうしたの、朝日くん。今日は少し変よ」
「元々だよ」
首を傾げながら雪月がドアを開ける。
その瞬間だった。
「メリークリスマスです、お姉ちゃんっ!」
部屋の中からけたたましい破裂音が鳴った。
見れば、玄関にはこちらに向かってクラッカーを構えた金糸雀の姿があった。
ミニスカートのサンタのコスチュームを着ている。
「な――何? ど、どうしたの? どういうことなの?」
頭にテープの束を乗せたまま、雪月はびっくりしたように金糸雀と僕を交互に見る。
「……実は、雪月に内緒でクリスマスパーティの準備をしていたんだ」
「私に内緒で?」
「そうですっ! お姉ちゃんを驚かせようと思って」
サプライズが成功したからか、金糸雀が上機嫌に言う。
「朝日くん、知っていて黙っていたの?」
雪月が頬を膨らませながら僕の方を振り向いた。
よく見ると、目の端には涙が浮かんでいた。ちょっとびっくりさせすぎてしまったらしい。
「ごめんごめん。ほら、補習が終わったお祝いも兼ねてさ。でも僕は責めないでくれ。クラッカーを鳴らして雪月を出迎えるっていうのは金糸雀が言い出したことだから」
「あーっ! 私のせいにするんですかあ!? お姉ちゃんには黙っておこうって言ったのは朝日さんの方でしょお!?」
「まあ、詳細は後で話すとして、とりあえず上がれよ」
「朝日さんの家じゃないんですけど!? ……あっ、お姉ちゃん、荷物は私が預かりますね!」
金糸雀が雪月の手から通学バッグを取り上げ、廊下の奥へと走っていく。
それを見送った後、雪月は深呼吸みたいな長い溜息をついた。
「本当にびっくりしたわ。一体何が起こったのかと思ったもの」
「驚くのはまだ早いぜ。パーティはこれからだからな」
「まだ何かあるの?」
怯えたように辺りを見回す雪月。
「いや、大丈夫だ。大きい音が出るようなことはもうないから。ほら、こっちだ」
僕は靴を脱いで部屋に上がり、雪月をリビングへ案内した。
「……さっき金糸雀も言っていたけれど、ずいぶん私の家に詳しくなったのね」
「パーティの準備のために何度も通ったからな。気分を害したなら謝るけど、別に僕も好きで詳しくなったわけじゃないってことは覚えておいてくれ」
リビングのドアを開ける。
その向こうを見た途端、雪月の瞳が輝いた。
「わあ、すごいわ!」
広いリビングルームはモールやリボンで色とりどりに飾り付けられ、テーブルには様々な料理が並んでいた。
「飾り付けは金糸雀のアイデア。僕は料理の買い出し担当だったんだ」
「色々な料理があるのね。……あら、このピザってもしかして」
雪月がマルゲリータのピザを覗き込む。
「ああ、この間一緒に行ったお店がテイクアウトもやってたからさ。そっちの方にチーズのやつもあるから」
「そうだったの。ありがとう、朝日くん」
目の端の涙を拭いながら微笑む雪月。
喜んでくれたようで何よりだ。
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