第28話「銀髪とクリスマス」その①


 いやー、現代文はノーマークでしたね。


 対策をしていた古典ではこれ以上ない成果を挙げられたんですけどね。


 言われてみれば確かに、漢字が苦手なら現代文の問題も読めないですよね。


 全くの盲点でした。


 次回のテストですか?


 そうですね、今回の考査できちんと対策をすれば点数が取れるということは分かったので、あとはそのノウハウを現代文で生かしていけるかという部分が勝負所になってくるんじゃないかと思ってます。


 以上、『雪月の赤点を回避する会』会長、朝日紫苑さんへの期末考査後インタビューでした。スタジオの方へお返しします。


 ―――とかいう脳内インタビューを繰り広げている僕の頬に、何か冷たいものが降って来た。


 雪だ。


 時に、12月24日(金)。


 今日は二学期の終わりの日、終業式だった。


 終業式は午前中で終わったので、それから一度帰宅した僕は、補習が終わる頃合いを見計らって再び学校へ来ていた。


「……寒いな」


 校門の傍らに佇んでいた僕は、思わず呟いていた。


 ここ数日は冷え込みが厳しく、吐く息は真っ白だった。


 コートのポケットに両手を突っ込む。指先が冷えている。


 グラウンドでランニングをしている陸上部の一群を眺めながら、こんな寒空の下よくやるよなあなんて思っていると、不意に、お待たせ、という声が聞こえた。


 隣を見ると、いつの間にか雪月が立っていた。首に巻いた白いマフラーが、彼女の銀髪によく似合っていた。


「……お勤めご苦労様です」

「シャバの空気は美味いわね」

「これで補習も終わりだな」

「地獄だったわ。だけど、天井のシミを数えている間に終わったわ」

「誤解を生む発言だな、それ……」

「雪が降っていたのね。寒かったでしょう」


 空を見上げながら、雪月が言う。


「最近はずっと寒いからな。慣れたよ」

「髪に雪が積もっているわ」


 と、雪月が僕に付いた雪を払ってくれた。


 そう言う雪月の銀髪にも細かい雪の粒が積もっていた。


 その姿は、エルフとか妖精とかいう、なんだかファンタジー的なものにも見えた。


「こんなところで立ち話をしていてもつまらないだろ。帰ろう」

「ええ。でも、その後は?」

「その後って?」

「迎えに来てくれるとは聞いていたけれど、そこから先は何も聞かされていないわ。一体私をどこへ連れて行く気なの、朝日くん」

「ああ、家まで送るよ」

「ふうん……」


 雪月は何かもの言いたげだったが、そんな彼女には構わず僕は歩き出した。


 数歩遅れて雪月も後ろからついてくる。


「まさか現代文で赤点なんてな。予想外だった」

「私もよ。日本語の文章が苦手なのは自覚があったけれど、まさか赤点を取るほどとは思っていなかったわ」

「他の科目は大丈夫だったのか?」

「ええ。英語はもちろんだけど、理数系もそれなりに得意なのよ」


 そうなのか。


 その割に、コンビニで計算間違えて金が足りなくなったりしていたみたいだけど……。


「次は取らないといいな、赤点」

「当たり前だわ。私だって取りたくて取っているわけじゃないもの。というか、そういう朝日くんは赤点、大丈夫だったの?」

「ああ……まあな」


 古典で8割超えたことを皮切りに、軒並み高得点だった。勉強に覚醒したのかもしれない。


「そう。案外優秀なのね」

「『案外』は余計だ」

「そうだ、次回は一緒に赤点を取りましょうよ。そうすれば二人で補習を受けられるわ」

「赤信号みんなで渡れば怖くない、みたいな考え方やめろよ……」

「赤点補習デート」

「恐ろしい響きだ……」


 そんな話をしているうちに、雪月の家に着いた。


 エントランスの自動ドアの前には、金糸雀が立っていた。


 スマホを眺めていた金糸雀は、僕らに気づくと小走りに駆け寄って来た。


「お姉ちゃん! お勤めご苦労様ですっ!」

「シャバの空気は美味いわね」

「ちょっと待て、そのやり取りさっきもやっただろ」

「えっ、つまり私と朝日さんのボケのレベルが同程度ということですか? ……フッ、朝日さん。成長しましたね」

「なんでお前の方がレベル高い前提なんだよ! 僕の方が上かもしれないだろ!」

「あーあ、これだから無意味に歳ばかり重ねた人は。柔軟さがなくてイヤですねえ」

「お前も1,2年のうちにこうなるんだぞ。覚悟しておくんだな」

「まあ、朝日さんの戯言はさておいて」


 さておかれた……。


 金糸雀は雪月の両手を取る。


 少し戸惑ったような表情を浮かべる雪月。


「どうしたの、金糸雀」

「せっかくなので朝日さんにも、うちへ寄ってもらいましょう」

「え? ……ええ、そうね。寒かっただろうし、お茶くらいごちそうするわ、朝日くん」

「ああ、ありがとう」


 僕は金糸雀に目くばせした。


 金糸雀は僕にだけわかるように頷き、言った。


「では私、先に行って準備をしておきますね! お姉ちゃんは朝日さんとゆっくり来てください」

「別に、一緒に行っていいのではないかしら」

「いえいえ、姉のゲストをもてなすのは妹の役目! この金糸雀にお任せください!」


 いうが早いか金糸雀は踵を返し、ちょうどやって来たエスカレーターに飛び乗ると上階へ昇って行ってしまった。


 なんて素早いやつだ。


 取り残された僕と雪月は顔を見合わせた。


「ええと……どうすれば良いの、私たちは」

「金糸雀の言う通り、慌てずゆっくり部屋に向かえば良いんじゃないのか」

「……そうね、そうしましょうか」


 僕は、戸惑ったような表情を浮かべたままの雪月と二人でエレベーターを待った。


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