第27話「史上最大の作戦」その⑦
※
「よーし、この間のテストを返すぞー」
号令の後、古典担当のくたびれたスーツを着た男性教諭は言った。
期末考査が終わり、はや数日。
いよいよ僕らにとっての運命の日がやって来たというわけだ。
男性教諭が出席番号順に生徒の名前を読み上げ、次々と古典のテストが返却されていく。
ちなみに僕は「朝日」なので、50音順の出席番号は不動の1番だ。
返却されたテストは82点だった。
人生の中で最高得点だ。雪月に解説するためノートや教科書を読みこんだ成果が出たのかもしれない。
しばらくして、ようやく雪月の名前が呼ばれた。
男性教諭の手から雪月の手へと、古典の解答用紙が手渡される。
雪月の視線がテストの得点欄へと動き――直後、雪月は僕の方を振り向いた。
その表情には笑みが浮かんでいた。
やったのだ。
おそらく、雪月は赤点を回避したのだ。
それは僕らが期末考査という血で血を洗う闘いに勝利したことを意味していた。
テストの返却が終わると試験問題の解説が始まったが、中年の古典教師の言葉なんて僕の耳にはほとんど入ってはこなかった。
授業が終わってすぐ、僕は雪月を渡り廊下に呼び出した。
「こんな人気のないところに呼び出してどうしたの、朝日くん」
「お互いクラスでは目立たないよう努めている身だ。誰の目にも触れない方が好都合だろ?」
「だからって、学校でなんて……。確かに、パパが持っていたDVDではこういう校舎の片隅で……」
と、顔を赤らめる雪月。
なんてギルティな父親なんだ……。仮に僕が成人して結婚して子供が出来たとしても、エロ関係は絶対に誰にもバレない場所に保管しよう。
僕は咳払いをして精神状態を落ち着け、本題に入ることにした。
「……単刀直入に訊く。古典、どうだった?」
「ああなんだ、そういう話だったのね」
どういう話だと思ったんだよ! 頼むよ雪月さん!
「……教えてくれるのか」
「そんなこともあろうかと準備しておいたわ。私は常に用意周到なの」
雪月はスカートのポケットの中から(そんなところにポケットがあったのか、女子の制服ってすげー)折りたたまれた一枚のザラ半紙を取り出し、僕の方に向けて開いた。
『1年 古典』と銘打たれたその半紙の記名欄の更に下には――78点と書かれていた。
「まさか70点を超えるなんて想像もしなかったわ。ありがとう、朝日くん」
「あ……」
「どうしたの、鳩がウィンチェスターM1887を食らったような顔をして」
「そんなことしたら顔ごと吹っ飛ぶだろ……いや、とにかく古典で赤点回避できてよかったな」
「ええ。朝日くんの協力のおかげよ」
「そんなことはない。雪月の実力だよ。でも、これでクリスマスパーティが出来るな。金糸雀も喜ぶんじゃないか?」
僕の言葉に、雪月が表情を曇らせる。
「…………」
「どうしたんだよ、元気ないな。調子でも悪いのか?」
それとも僕に失言があったのか。
やっぱりクリスマスパーティなんてやりたくなかったとか?
僕が次の台詞を考えていると、雪月が口を開いた。
「確かに赤点は回避できたわ――古典では」
え。
なんだよそれ。
めちゃくちゃ嫌な予感がする言葉だけど……!?
「古典……では?」
「ええ、そうよ。古典は赤点じゃなかった」
「ま、待ってくれ雪月。それってまさか――いや、聞きたくない。聞きたくないんだけど、その言い方だと、もしかして」
「ごめんなさい。本当は早く伝えなきゃと思っていたのだけれど――その『もしかして』よ」
そう。
実は、古典の前の授業は『現代文』だった。
そしてそのときも答案がテストの答案が返却されたのだ。
心臓が早鐘を打ち始める。
冷たい汗が僕の頬を伝っていく。
雪月は『古典』が苦手なんじゃない。『日本語』そのものが苦手なんだ。
「お前……! 赤点……! 取ったのか……⁉」
「そうよ。今まではギリギリで回避していたのだけれど」
雪月は古典のテストを捲った。
そこには『現代文』と書かれた一枚の紙があって、その点数欄には……。
「にじゅう、さんてん……」
『23点』という無慈悲な数字が記されていたのだった。
………………ちなみに僕らの学校において赤点とは30点未満のことをいう。
悲しいけどこれ、現実なのよね。
※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます