第24話「史上最大の作戦」その④



 さて。


 いや、さてもクソもないがとにかく雪月の家の前についた。


 前にも来たことがある、マンションのエントランスの正面だ。


 少し早く着きすぎたかもなんて思っていると、自動ドアが開き、白いニットを着た雪月が出てきた。


「お待たせしたわね、朝日くん」

「いや、さっき来たばかりだ」

「そう。だったら良いのよ。では早速私の家に案内するわね。こうしている間にも期末考査は刻一刻と迫っているのだから」


 高級そうなエントランスを抜け、エレベーターに乗り上の階へ。


 それからエレベーターを降り、通路の端にある部屋の前で雪月は立ち止った。


「……ここか?」

「そうよ。どうぞ、入って頂戴」


 雪月がドアを開け、僕は促されるまま玄関へ足を踏み入れた。


 え、木彫りの鹿が置いてあるんだけど!? なんか金持ちの家って感じだ……。


「雪月の部屋は?」

「突き当りを右よ」

「ええと、靴は……」

「靴は脱いで」

「あ、はい」


 そりゃそうか。


 日本だもんな、ここ。


「こっちよ」


 雪月に案内されるまま、僕は部屋の中に入った。


 室内は案の定広く、ベッドや本棚、学習机の他に大きなぬいぐるみやソファが置かれていた。奥の扉は多分クローゼット的な空間につながっているのだろう。


 お金持ちのお嬢様のお部屋という雰囲気だが、棚のところに特撮ヒーローのフィギュアや児童書が数冊おかれていて、それが辛うじて雪月の部屋という感じを出している。


 それにしても、4畳半に押し込められた僕の部屋とはえらい違いだ。


 なんか甘くていい匂いするし……。


 あ、そう言えば僕の部屋、カップ麺のゴミそのままにしてたよな。うわ最悪。蠅が湧かないうちに処分しとかなきゃ。


「ええと……」


 机の上を見ると、古典やその他の教科書が山積みになっていた。


 きっとついさっきまで勉強に励んでいたのだろう。真面目だ、雪月。


「ソファに座っていてくれるかしら。飲み物を持ってくるわ」

「あ、ああ、ありがとう」

「こういうとき、パパが持っていたDVDの映像だと飲み物にいやらしい気持ちになる薬を混ぜたりするのだけれど、そんなことしないから安心して」

「いやむしろそんなこと疑ってないから安心して欲しい」

「あらそう? それから、荷物も好きなところにおいて構わないわ」


 雪月が部屋を出ていき、僕はひとり取り残されてしまった。


 とりあえず言われたとおりにソファに座り、目の前にあるローテーブルに持ってきた教科書類を広げた。


 しかし――ここは雪月の部屋。


 全く興味がないと言えば嘘になる。


 そんな状況で冷静に勉強ができるだろうか、いやできない。


 僕が意味もなく自分の筆箱を開け閉めしていると、消しゴムがテーブルの下に落ちてしまった。


 やれやれ、動揺しているんだな、僕。


 勉強をしに来たんだろう。一体何を考えているんだ。


 努めて冷静に、僕はテーブルの下をのぞいた。


 そこにはショーツとブラジャーが落ちていた。


 ……やれやれ消しゴムが下着に見えるなんて相当疲れてるんだな、僕。

 机の下からそれらの衣類を拾い上げ、広げてみる。


  ふーん、黒か……。


「お姉ちゃんの洗濯物、部屋に運んでおきましたよ。ちゃんと片づけましたか―――」


 そのとき、ドアが開いて金糸雀が顔を覗かせた。


 両手でブラとショーツを広げる僕と、目が合った。


「……ああ、金糸雀か」

「な――何をしてるんですか朝日さんっ!?」

「何って、落ちていた衣類を広げているだけだが」

「へ、へへへ変態だああああああっっ!!」

「いや待て金糸雀、誤解だ。僕はただ消しゴムを拾おうとしただけだ」

「どう見てもお姉ちゃんの下着でしょ!? な、な、何をしてるんですかぁーっ!?」

「そうかやっぱりこれは雪月の下着だったんだな……」


 って。


 なんでこんなところに雪月の下着がっ!?


「は、は、早くそれから手を離してください! 訴えますよ!」

「や、やめろ訴えるのだけは勘弁してくれ! まさか机の下にこんなものが落ちてると思わないだろ!?」

「それはそうかもしれませんけど! と、とにかくそれ、貸してくださいっ!」


 金糸雀は部屋の中に飛び込んでくると、僕の手から雪月の下着をひったくり、隅に置かれていた洋服箪笥の中へ押し込んだ。


「まさか本当に下着だとは思わなかったんだ……」

「じゃあなんだと思ってたんですか!」

「疲れて消しゴムが下着に見えているだけだと思っていたんだ……」

「そんなわけないでしょ……。朝日さん、しっかりしてください」

「あ、ああ。そうだな。あまりにも非現実的すぎて理解できなかったよ」

「まったく、これだから朝日さんは。そんなんじゃお姉ちゃん、また赤点取っちゃいますよ!」

「面目ない。どうかしていたよ、僕」

「本当その通りです。お姉ちゃんに勉強を教えてくださるのは感謝しますが、下着ドロボーみたいな真似をされちゃ困ります。まあ、下着を机の下に置いておいたのは私ですけど」

「お前かよ……」

「私、お姉ちゃんの下着運搬担当なので」

「シスコンにもほどがあるだろ……」

「洗濯物を部屋に運んであげたんですけど、朝日さんが来るのをすっかり忘れて目につくようなところに置いちゃいました。てへぺろ」

「てへぺろじゃねえよ……。それでよく僕のことを訴えるとか言えたもんだな」

「でもちゃんと回収できたのでオッケーです」


 本当にオッケーなのか?


 ガン見しちゃったよ、僕。


 しっかり脳裏に焼き付けちゃったよ。


 黒の……レースか。


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