第21話「史上最大の作戦」その①


「話を戻そう。雪月の誕生日なんだけど」

「ええ、8月19日。俳句の日です。風流ですね」

「バイクの日かもしれないな」

「なるほど」

「誕生日がそんなに先なら、別の手を考えた方が良いよな」

「そうですね。恋人にうってつけのイベントですか……」


 11月中はなさそうだな。


 勤労感謝の日――は、恋人と祝うような日じゃないもんな。


 じゃあ、12月?


「……クリスマスか」

「えっ、クリスマス?」

「もうクリスマスしかないな」

「あの、恋人が街中にうようよ現れる日ですか?」

「そうだよ」

「ちなみにクリスマスはキリストの誕生を祝う日であって、誕生日ではありませんからね」

「えっ、そうなの?」

「ちなみに9月の中旬が誕生日だよって人は逆算すると、両親が行為に及んだのは……」

「いやその話はしなくていい、あんまり聞きたくない」

「で、そのクリスマスがどうしたんですか?」

「だから、お祝いっていうか……イベントとしてだな、奢られっぱなしってのは性に合わないし……」


 ええい、説明しようとしても言語が追い付かん!


 僕の明晰な頭脳はどうしてしまったんだ!?


 いや元々明晰じゃなかったのかも。ショック。


「要するに、お姉ちゃんとクリスマスデートしたいってことですか?」

「ああ、うん。要するにそういうこと」

「男のくせにごちゃごちゃいうタイプの人ですね、朝日さんは」

「あっ、男だからとか女だからと言っちゃいけないんだぞーっ! 男女共同参画センターかフェミニストに言いつけてやる!」

「勝手にしてください。しかし、確かにもう直近のイベントといえばクリスマスしか残されていないかもしれませんね。11月のジャパンカップで盛り上がる二人にも思えませんし……」

「いきなり競馬の話をするなよ……」


 僕ら未成年だから馬券買えないし。


「東京2400mはデータ的には内枠の馬が好走してますけどね」

「知らねえよ」

「でも、クリスマスデートと言ってもこの辺りは田舎ですから。駅前のショボいツリーでも見に行くつもりですか?」

「うっ、確かに……。なんかパッとしないよな」

「そこで朝日さん、ホームパーティというのはどうでしょう」

「ホームパーティ? 家でパーティをするってことだよな?」

「その通りですっ!」

「でも悪いけど僕の家かなり狭いし……」

「何言ってるんですか、うちでやるんですよ、うちで」

「うちって、金糸雀の家?」

「そうですよっ! 私の家だったら、心置きなくサポートできますからねっ!」


 なるほど、良いアイデアに思える。


「でも、金糸雀の家ってことは雪月の家でもあるんだよな。嫌がらないかな、雪月。あんまりそういう派手なのは好きじゃなさそうだし」

「だったらサプライズパーティってことにすればいいんです。私と朝日さんで準備しておいて、クリスマス当日になったらお姉ちゃんに教えてあげましょう」

「なるほど、面白そうだ」


 僕の心の遥か奥深くに眠る陽キャの血が騒ぐ気がするぜ。そんなものあればの話だけど。


「ねっ、ねっ! 面白そうでしょっ!」


 金糸雀がこちらに身を乗り出してくる。


「じゃあ、準備が必要だな。ええと、クリスマス当日は……」

「ちょうど金曜日ですよっ! 少し遅くまで遊んでも大丈夫ですね!」


 スマホを見ながら、金糸雀が言う。


「あ、でも雪月家はクリスマス当日忙しくないのか?」

「どうしてですか?」

「外国の人ってクリスマスに教会とか行ってるイメージあるんだけど」

「大丈夫ですよ、うち浄土真宗ですから」

「マジか……」


 意外な事実。


「それじゃ、また週末連絡しますね。お部屋の飾り付けとか考えないといけないですし」

「あ、ああ、そうだな」

「買い物にも行きましょうねっ!」

「もちろんだ。雪月へのプレゼントも考えないと」

「ちょっと朝日さん! ちゃんと私の分も用意しておかないと怒りますよっ!」


 金糸雀が頬を膨らませる。


「はいはい」


 というわけで、僕と金糸雀のクリスマスパーティ計画が始動したのだった。





 さて週末。


 僕は金糸雀と30分に一本しかないバスに乗り、一番近くにあるショッピングモールへ向かっていた。


 ちなみに今日、金糸雀は黒地に金のラインが入ったジャージを着て、当然のようにサングラスをかけている。オフの芸能人スタイルだ。しかし金髪ツインテールにジャージだと、逆に目立っている気もするけれど……。


「……で、今日は何を買うんだ?」

「お部屋の飾りと、当日の私の衣装ですっ!」

「トナカイの格好でもするのか?」

「なんでですか、私はミニスカサンタですよ」

「あ、そう……」


 なぜミニスカなんだと思いはしたけれど、敢えてツッコミはしなかった。


「トナカイの役は朝日さんに譲ってあげます」

「いや別にいいよ……」


 クリスマスまでまだ一か月と少しある。


 少々気合が入りすぎている気もするけれど、よく考えたら2週間後には期末考査も控えている。赤点を取ってしまうと漏れなく補習地獄へご招待だ。クリスマスどころではなくなってしまう。その辺を考慮すれば、たしかに今のうちから準備をしておかないと間に合わないかもな。


「ちなみにこれがパーティ会場のイメージ図です」


 金糸雀がジャージのポケットからA4サイズの紙を取り出す。


「なかなか趣きのある絵だな。幼稚園の頃に描いたのか?」

「昨日描いたんですけど。殺しますよ?」

「え、あ、ごめん。マジで分からなかった」

「……本気で言ってたんですかぁ? 私ちょっと傷ついちゃいました……」


 しゅんと項垂れる金糸雀。


 そうこうしているうちにショッピングモール前に到着し、僕らはバスから降りた。


「最初はどこに行くんだ?」

「ステーキ屋さんで食べ放題コースですかね」

「昼から食べ過ぎだろ……太るぞ」

「成長期なので大丈夫ですっ! ――というのは熱々の鉄板ジョークとして、えーと、じゃあまず100円ショップに。大体全部揃うと思いますよ」

「よし、細かいことは頼んだ」


 と、ショッピングモールの自動ドアを潜ったとき、向かい側にあった書店に見覚えのある人影を見つけた。


 あの特徴的な銀髪。まさか雪月……?


「どうしたんですか、ぼけーっとして。口が開いてますよ」

「いや……なんでもない」

「考え事とか?」

「そんなところだ」


 もう一度書店の方を見たが、もう雪月らしき人の姿は無かった。きっと僕の勘違いだろう。


 そのまま僕らはショッピングモール2階の100円ショップへ向かった。



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