第20話「さあ、願いを言え」その③

「サラダ、取り分けてあげるわね」

「ああ、ありがとう」


 雪月は手際よくサラダを取り分けた後で、ピザを切り分ける作業をしながら、


「少し食べる? このピザ、チーズがとても美味しいのよ」

「へえ……。実はちょっと興味あったんだよ」

「どうぞ」

「代わりに僕のピザも食べる?」

「ありがとう。じゃあ、一切れいただくわね。私、マルゲリータも好きなの」


 僕はピザを切り分け、雪月の皿に載せた。トマトの香ばしい香りがした。


「それは良かったよ」

「どの料理もとても美味しいのよ、ここ」


 ふうん、と返事をして、僕は雪月が分けてくれたピザをかじった。


「……美味い!」

「でしょう?」

「失礼な話だけど、僕、ピザなんてチェーン店のしか食べたことなくて」

「あれも美味しいわよね。でも、このお店のピザも一味違うでしょう?」

「そうだね」


 それにしても本当に美味しい。


 こういう、雰囲気の良いお店ということも関係しているのだろうか。


 もしくは雪月が一緒だからか……。


 それから、9月の上旬にあった体育祭の話や時期が迫りつつある期末考査の話なんかをしているうちに、いつの間にか僕らの手元からはピザが無くなっていて、サラダさえ葉野菜の一枚も残っていなかった。


 おばあさんが持って来てくれた食後のコーヒーを飲み終わり一息ついたころ、雪月がそろそろ出ましょうか、と言った。


「明日も学校だもんな」

「そうね。憂鬱だわ」

「意外だな、雪月でもそんな風に思うんだ」

「当たり前よ。古文なんて最悪だわ。ただでさえ日本語が苦手なのに、さらに訳の分からない文法の話をされるんだから」

「ああ、そうか。でもそれ多分、僕が英語の授業を受けているときと一緒なんだろうな」

「なるほど。気持ちは分かるわ。……支払い、私がしておくわ」

「何言ってるんだよ。割り勘だろ」

「でも朝日くんには助けてもらってばかりだし……」

「そうか? まあ、どっちにしても半分は払うから」

「いいえ、ダメよ」

「……ダメ?」

「ええ」

「どうして?」


 それは、と言って雪月はまた朝のように顔を赤くした。


 僕は黙ってその答えを待った。


 しばらくして、雪月は思い切ったように言った。


「朝日くんの誕生日だから」

「……え?」

「これはお祝いなの。21日が誕生日なのでしょう、朝日くん。だから、そのお祝い。だから私が払うのよ」


 あ。


 僕は言葉が出てこなかった。


 そうか。


 誕生日か、僕の。


 正確にはまだもう少し先だけど、雪月は僕の誕生日を祝ってくれていたのか。


 だから、何か欲しいものはないかなんて僕に尋ねてたんだ。


 しかしどうして雪月が僕の誕生日を―――いや確か昨日、金糸雀に教えたばかりだったよな。


 きっとあいつ、帰ってすぐ雪月に教えたに違いない。


 金糸雀の、してやったりみたいな顔が頭の中に浮かんだ。ムカつく。


「あ……ありがとう、雪月」

「良いのよ。私があなたの誕生日をお祝いしたいと思っただけなのだから」


 雪月はそう言って、少しはにかんだように笑った。


 結局僕は雪月に押し負けるような形で、食事を奢ってもらったのだった。





「……大成功じゃないですか」


 金糸雀は、僕が想像した通りの得気な顔でフライドポテトを口に放り込みながら言った。


 雪月とピザを食べた翌日。


 僕は金糸雀から学校近くのファストフード店に呼び出されていたのだった。


「ああ、誰かさんの入れ知恵のおかげでな」

「それも含めて大成功です。ほら、私がお姉ちゃんに誕生日を教えてあげていて良かったでしょう?」

「まあ……楽しくはあったよ」


 ほーらね、と言いながら、金糸雀がストローでコーラを吸う。


「順調じゃないですか。朝日さんをお兄ちゃんと呼ぶ日も近いですね」

「で、なんで僕は呼び出されなくちゃならなかったんだ」

「ただ、お姉ちゃんがいなくて寂しいだろうなあって……。今日は図書館に行くって言ってたから」


 金糸雀の言う通り、雪月は図書館に行くため放課後になるとすぐ帰ってしまった。


 一人で本を選びたい気分だったらしい。


「お気遣いありがとよ」

「いいえ、お構いなく。ハンバーガー奢ってくれればそれでいいですよ」

「……僕の奢りなのか、これ」

「当たり前じゃないですか。朝日さんの寂しさを紛らわすために付き合ってあげてるんですから」


 頼んだ覚えはないけど。


「外食続きだな……」

「良いじゃないですかー、朝日さんも私みたいな金髪美少女と一緒にハンバーガー食べれて嬉しいでしょお?」

「恩着せがましいな……」


 僕もフライドポテトを齧った。


 少し冷めていて、なんだか油が多い気がした。


「で、次の予定は?」

「次?」

「やだなぁとぼけないでくださいよ、お姉ちゃんとの予定ですよ」

「いや特に何も……」


 言いかけて、ふと雪月の誕生日がいつかを知らないことに気が付いた。


「……どうしました、急に固まっちゃって?」

「あのさ金糸雀、雪月なんだけど何月生まれ?」


 ん、と金糸雀が声を漏らす。


「なるほど、誕生日の恩は誕生日で返すと言うわけですね」

「そんなところだ。で、いつなんだよ」

「ああー、残念ですね。お姉ちゃん、ああ見えて8月生まれなんです。半年以上先の話になっちゃいますよ」

「そうか……困ったな」


 奢られっぱなしになっているのも落ち着かない。


「ちなみに私の誕生日は2月です。あー、そう言えば最近スマホの調子が悪くってぇ、誰か買ってくれる親切で優しい男の人いないかなあ~っ?」


 金糸雀が甘えた声を出しながら上目遣いで僕を見る。


「こっち見るな。あと、スマホなんて高校生の財力じゃ買えないだろ」

「カメラレンズが3つ付いてる最新の機種がいいなぁ~」

「うるせえ、バイトしろ」

「残念、私まだ中学生でした~」

「パパに言って買ってもらえよ……」

「え、どのパパですか?」

「実のパパだよ! 父親!」


 パパがそう何人もいてたまるか! もしいるようなら今すぐ縁を切れ!


「ああ、私のパパのことですか。ちょっと難しいかもです。今は単身赴任で海外ですから」


 少し寂しそうに、金糸雀が窓の外へ視線を向ける。


「そうなのか……。なんか、悪かったよ」

「いえ、良いんですよ。優しい自慢のパパですから、今度帰って来た時におねだりしてみます。ただ……あの男、リビングのテーブルにJKモノのAVを忘れていったのだけは許せませんけど……」

「わきが甘すぎる……」

「朝日さん、男性の脇を舐める趣味でもあるんですか?」


 表情を引き攣らせる金糸雀。


「いや違う、慣用句だ。緊張感が不足してしてるとかいう意味」

「ああ、そうですか。安心しました。ちょうど友達から借りた漫画が、男の人同士で身体を舐め合うような内容でしたから……」


 金糸雀は中学生だからね。


 いろんなことに興味があるよね。


 しょうがないね。


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