第19話「さあ、願いを言え」その②

「何かあったのか、雪月? 僕で良かったら相談に乗るけど」


 出会い厨の口説き文句とかではなく、本気で。


「ええと……そうね。分かったわ。正直に訊くわ」


 雪月が立ち止る。


 僕もつられて立ち止った。


 歩道の真ん中で、僕と雪月は向かい合う形になった。


 雪月が少しだけ頬を赤くしたまま、じっと僕を見つめる。


 僕は妙に恥ずかしくて今すぐにでも視線を逸らしたかったが、相談に乗ると言ってしまった手前そういうわけにもいかず、根性で雪月の蒼い瞳を見つめ続けた。


 うっ、しかしこれ以上は――心臓が持たないッ!


 僕の身体が限界を迎える瀬戸際で、ようやく雪月が声を出した。


「朝日くん、欲しいものはあるかしら」

「……欲しいもの?」

「ええ」

「僕が欲しいものってことか?」

「他に何があるのよ」

「いや、一応確認……」

「で、何か欲しいものはないの? 不老不死とか死者蘇生とかギャルのパンティとかは無理だけど」

「神龍かよ、お前は」

「あ……でもギャルのパンティは、可能かも」


 と、自分のスカートの辺りを見下ろす雪月。


「いやさすがの僕もそんな品のない願い事はしないけど」

「あらそう、遠慮しなくてもいいのに」

「遠慮させてください」


 逆に貰ったとして、どんな顔して持って帰ればいいんだ。


 そしてどこに保管しておけばいいんだ。額縁に入れて飾っておけとでもいうつもりか?


 それだけの価値がないとは――言えないけど。


「困ったわね。パンティ以外に朝日くんが欲しそうなものを考えつかないわ」

「ちょっと待て僕を何だと思ってるんだ!?」

「健全な男子高校生?」

「ああ、まあ、うん」

「健全な男子高校生は同級生の下着を欲しがるものだと、パパの持っていたDVDが教えてくれたわ」

「そんなDVDを未成年が見るな!」


 雪月の父親ッ! エロビデオの隠し場所がバレてるから早急に何とかしろッ!


「……歩きながら話しましょう、朝日くん。ここだと人目を集めて仕方ないわ」

「そりゃあ朝から男女がパンツの話ばかりしてたらそうもなるよな」


 気づけば僕らは通りすがる人たちに訝しげな視線を向けられていた。


 僕は咳払いをして、努めて堂々と学校への道を進み始めた。


「それで、何か欲しいもの、ないの?」

「欲しいものねえ……。今は特に思いつかないな」

「そう、困ったわね。だったら……あっ」

「どうした?」


 雪月は一瞬だけ宙を見上げ、それから僕の方を見た。


「だったら、何か美味しいものを一緒に食べに行きましょう。今日の放課後は空いているかしら」

「ああ、空いてるけど」

「だったら放課後、昇降口のところで合流しましょう。家族で行った美味しいレストランを知っているの」

「行くのは構わないけど、急にどうしたんだよ?」


 そう言うと、雪月は何か言いたそうに口を開いたが、結局は顔を真っ赤にしたまま何も言わず、それどころか僕から顔を背けそのまま走って行ってしまった。


 追いかけようと前を向いたとき、もう校門の目の前に着いていたことに気が付いた。


 どちらにせよ教室でまた会うことになるか。


 それにしても雪月、一体どうしたんだろう……。


 もし夕飯を食べに行くなら、そのときに訊いてみよう。





 というわけで放課後。


 僕らは雪月家行きつけだというイタリア料理のお店へやって来た。


 数名も入ればもういっぱいというようなこじんまりとしたお店で、スタッフは初老のおばあさん一人らしい。


 ゆっくりと、しかしテキパキとオーダーを取ったり料理を運んだりするおばあさんを眺めていると、雪月が言った。


「ご夫婦で経営されているのよ。旦那さんがコックさんなんですって」

「へえ、そうなんだ……」


 厨房を見ると、小柄なおじいさんがフライパンを火にかけている姿が見えた。


 僕らの他にはサラリーマンらしき男性と主婦らしき女性がいるだけで、他に客はいない。


 品の良い西洋風のテーブルとイスが並んだ、雰囲気の良いお店だ。


「もしかして緊張しているの?」

「……え?」

「落ち着かない様子だったから」

「ま、まさか。緊張してるわけないだろ。別に本格的なイタリア料理のお店が初めてとか、マナーとか注意されたらどうしようとか思ってるわけじゃないんだからね」

「ああ、イタリア料理のお店が初めてでマナーも分からず緊張しているのね。大丈夫、普通のファミレスと同じようにいればいいのよ。気にすることはないわ。まあ、お皿を舐めたりされるとちょっと嫌だけど」

「さすがにそのくらいは弁えてるよ、僕だって」

「だといいけど」

「まさか疑われてたのか……?」

「冗談よ」


 そう言って雪月が笑う。


「家族で来るって言ってたけど、頻繁に来るのか?」

「ええ、ときどきね」

「そうか……。僕はあまりないな、こういうところは」

「外食、あまりしないの?」

「まあ……行くとして、回転ずしくらいかな」

「sushiね。良いじゃない。私も好きよ」


 やたらネイティブな発音で、雪月が言った。


 いや待て、ネイティブっていうなら寿司は日本語なんだから僕の方がネイティブなはず……まあとにかく、ネイティブな発音なのだ。日本語って難しいよな。(いや英語か?)


「何が好きなんだ、寿司のネタ」

「そうね。かっぱ巻きかしら」

「へえ、渋いな。それとも生ものがダメとか?」

「いいえ、鯛や秋刀魚も好きよ」

「そうなのか」

「ええ。でも、あのお相撲が強い河童さんを寿司にして食べられるなんてすごいじゃない?」


 ……うん?


「あれ、もしかしてあれって河童の寿司だと思ってる?」

「違うの?」

「いやあれ、中身きゅうり……」

「え」

「河童ってきゅうり好きだろ? だからかっぱ巻きってだけで別に河童を捕まえて来て寿司にしてるわけじゃない……」

「そ―――そうだったの?」

「ああ、すまない。実はそうなんだ」


 絶句する雪月。


 そこへ、おばあさんが料理を運んできてくれた。


 目尻に深い皴のある、上品なたたずまいのおばあさんだ。


「ごゆっくりどうぞ」


 おばあさんはにこにことした表情を浮かべ、穏やかな声音でそう言うと、再び厨房へ戻っていった。


 僕が頼んだのはマルゲリータピザで、雪月はクワトロなんとかっていうチーズがたっぷりかかったピザを注文していた。それと、付け合わせのサラダが一皿。


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