第18話「さあ、願いを言え」その①
※
次の日――つまり月曜日は学校がある日だった。
朝起きて一番に、僕は自分の身体の異変に気が付いていた。
やべえ、疲れが抜けてねえ。
普段なら土日ともどこかへ出かけるということはないのだけれど、今週に限っては雪月姉妹と一日ずつ出かけてしまったので、なんとなく疲労感が取れないままだった。
まあ、ただ遊んでいただけなのだけれど。
遊び疲れて学校に行きたくないという、この上なくわがままな理由なのだけれど。
仕方ないじゃない、未成年だもの。そういうときもある。
枕元においたデジタル時計を見る。7時少し前ってところか。
学校がある日は遅刻しないように余裕を持って登校するのが僕のポリシーだが、今日はそのポリシーを忘れることにしよう。
あと15分、寝る。
それでもギリギリ遅刻はしないだろう。
頭の中で、起きてから学校に着くまでのスケジュールを組み立てる。
……うん大丈夫! 間に合う!
僕はスマホでアラームを設定し、再び目を閉じて心地よい微睡みの中へと身を投じ――ようとしたとき、スマホが規則的な振動を始めた。
アラームの設定を間違えたか? いや、いくら僕でもそんな初歩的なミスは……。
振動を止めようとスマホの画面を見たとき、それがアラームではなく着信であることに気が付いた。
しかも相手は雪月。
僕は跳ね起き、電話に出た。
「あ、も、もしもし? 僕だけど」
『おはよう、朝日くん。起こしてしまったかしら』
「いや、そろそろ起きようと思ってたところだから」
15分早まったけどな!
『あらそう。だったらちょうど良かったわ。ねえ、提案なのだけれど、今日は一緒に学校へ行かないかしら』
「ああ、構わないが……待ち合わせは?」
『いつものコンビニでどうかしら。あそこなら分かりやすいし』
「分かった。準備して向かうことにするよ」
『ええ。分かりやすいあそこで待っているわ』
「なんで二回言ったんだ……」
『じゃあ、あとでね』
そういって電話は切れた。
短い会話だったが、微睡んでいる場合でなくなったのは確かだ。
僕はベッドから身体を起こす決意をした。
※
数十分後。
急いで朝の支度を終えた僕はコンビニへと向かった。
自動ドアのすぐ脇に立つ雪月の姿が見えたのと同時に、雪月は顔を上げ、僕に小さく手を振った。
「おはよう、朝日くん」
「待たせちゃって悪かったな」
「久しぶりに早起きしたの」
「ああ……確かに。いつも学校来るのギリギリだもんな、雪月って」
僕が言うと、雪月は少しだけ頬を赤くした。
「どうしてそんなことを知っているのよ」
「え? いや……大体誰がどの時間帯に来るかなんて、半年もすれば分かるよ」
雪月以外の人がどの時間に来ているかは知らないが。
「へえ、そうなの。意外な特技ね。目でピーナッツを割れるのと同レベルだと思うわ」
「どんな目力をしていればそんなことが出来るんだ……」
僕のツッコミを他所に、雪月は仰々しく腕時計を眺め、あら、と言った。
「思っていたより時間が経っていたのね。遅刻してしまうわ。行きましょう、朝日くん」
雪月が歩き出す。
僕もそれに続いて歩を進めた。
歩を進めたって言うとまるで将棋だな……。とにかく、雪月の隣に並んで歩いた。
「そういえば土曜は楽しかったな。僕、ああいう風に外出するのは久しぶりだったんだけど」
「ええ、私も楽しかったわ。また行きましょうね、図書館」
雪月が微笑む。
不意に、昨日金糸雀と話していたことが脳裏を過った。
お姉ちゃんと付き合ってください、か……。
もちろん願ってもないことだ。
が。
僕には中学の頃のトラウマが……。
だけど雪月って見れば見るほど美少女だよな。
一見クールビューティな顔立ちをしているようだけど、よく見るとどこか幼い、愛嬌のある造形だ。ほっぺたとか触ったらすごく柔らかそうだし。
柔らかそうと言えば、く、唇とかも……。
僕が思わず唾を飲み込んだとき、雪月が小首を傾げた。
「どうしたの朝日くん。私の顔、何かついているかしら?」
「い、いや、なんでもないなんでもない。ちょっと昨日のことを思い出していただけだ」
「昨日のこと?」
おっと口が滑った。
君の妹から彼氏に推薦されてるんだよね~なんてことは口が裂けても言えない。
「あ……ええと、なんて誤魔化せば――じゃなかった、なんて説明すればいいかな」
「もしかして金糸雀と遊んでくれたことかしら?」
「ああ、そう、そうなんだよ」
渡りに船。
「それもお礼を言わなければならなかったわね。ありがとう。金糸雀も楽しかったと言っていたわ」
「そりゃよかったよ」
「ええ……」
「?」
「ええ……と」
歩きながら、雪月は口を開けたり閉じたりしている。
「大丈夫か? 陸に上がった魚みたいになってるけど」
「両生類に進化する途中ということ?」
「いや、なんか苦しそうってこと」
「ああ……そっちね」
どっちだよ。
「具合でも悪いのか?」
「いいえ、そういうわけではないの。ええと、ちょっと、ね」
何だろう。
不思議だ。
いや不思議と言えば、朝から雪月に呼び出されたことから不思議は始まっている。
まるでアリスが時計を持ったウサギを見つけたように、僕は様子のおかしい銀髪美少女を見つけてしまったわけだ。
このように僕がくだらないことを考えている間も、雪月は、ええ、と言ったり、ああ、と言ったりしては口を閉じてを繰り返している。
マジで大丈夫かな。心配になってきた。
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