第15話「サムデイインザ少年少女」その⑤


 でもまあ、とモニターに表示されたスコアを見上げる。


 ゲーム半分時点でダブルスコア差つけられてるわけだし、もはやぐうの音も出ない。気持ちの良いほどの負けっぷりだ。


 だが、やられっぱなしというわけにもいかない。


「金糸雀、これじゃゲームが面白くないだろう?」

「ええそうですね。ボウリング初めての私に負けちゃったら朝日さんも情けないでしょお? 一緒に投げてあげましょうか? なーんて」


 この中学生風情が……と、普通ならキレてもおかしくない。


 が。


 残念ながら、僕はそんなに短気じゃないし年下の美少女に煽られて興奮するタイプでもない。


「フッ、心配には及ばないさ。僕はまだ、真の実力を見せてないんだからな」

「ま――まさか、その服に100キロのおもりを仕込んであるとか?」

「いや、違うね」

「じゃあ、あと何段階か変身を残しているとか……?」

「僕の戦闘力は53万かよ……」

「だとしたら一体何ができるというんですかっ!?」

「見てろ金糸雀、これが僕の100%中の100%だ!」


 僕はボウリングの球を利き手である右手だけではなく―――両手で持った。


 そしてそのまま、肩幅に開いた両足の間からゆっくりと転がした。


「な―――っ!?」


 先ほどと同じように三角形の目印を通過した球は、緩慢な速度を保ったまま、しかし左右どちらかに曲がってしまうことなく、まっすぐ中央のピンに吸い込まれて行き―――やがてすべてのピンが倒れた。


「分かったか、金糸雀。これが僕の実力だよ」

「いや、でも、その投げ方かなりダサ――」

「金糸雀」

「な、なんですか?」

「ボウリングってのは結局、ピンを多く倒し高い得点を取った方が勝ちってゲームなんだよ。投げ方がダサかろうがダサくなかろうが関係ねえんだよ!」

「い―――いいでしょう! 受けて立ちますよ、朝日さんっ!」


 球を片手に握った金糸雀は、僕と交代でレーンに立った。


 が、その一投目は――手元が狂ったのか、ガーターになってしまった。


「どうした金糸雀? 僕に対する情けを掛ける余裕があるのか?」

「ち、違います! でも、あれ、なんででしょう……? いいえ、今のはたまたまですっ! そうに決まってます!」


 しかし、そう言って投げた金糸雀の二投目は、半分ほどのピンを倒すことしかできなかった。


 おかしいですね、と首を傾げる金糸雀。


 残念だったな……すべて僕の計算通りなんだよ。


 ボウリング初心者の金糸雀は、最初から調子に乗って全力で球を投げるだろう。


 しかしボウリング慣れしていない状態でそんなことをすれば、簡単に疲れてしまう。


 急に制球が定まらなくなったのはそれが原因だろう。


 そして、その疲労は簡単に回復することはない。一方の僕は両手で球を投げるわけだから、どちらかの腕に疲れが偏るということがないわけだ。


 すまないな、金糸雀。この勝負、いただくぜッ!





「いやー、なんだかんだ言って私の勝ちでしたね~」

「あ……ああ」

「でも第2ゲームはかなりの接戦で、やっててめちゃくちゃ楽しかったですっ!」

「そ、そうか。それは良かったよ」


 あれれ~、おっかしいぞ~?


 僕が圧勝する流れだったけどな……。


 あの後、金糸雀はコツを掴みなおしたのか再びストライクを連発するようになった。


「腕に負担がかからないような投げ方が分かって来たんですよ。やっぱり、戦いの中で成長するタイプなんですかね、私!」

「ああ、僕もびっくりだよ」

「だけど成長タイプが早熟なキャラって、ステータスの上昇率が低いイメージあるんですよね……。もし朝日さんが晩成型のキャラなら、まだまだ成長の余地はありますよ。落ち込まないでくださいっ!」

「励ますなよ、逆に辛いから」

「そうですか? せっかく元気づけてあげようと思ったのに。めんどくさい人ですねえ」


 お前もだよ、と思いはしたものの口には出さなかった。


 時計を見ると、17時を回っていた。


「さて、そろそろ解散かな」

「まだ早い気もしますけど、私も少し疲れちゃいましたし、そうしますか」

「忘れものしてないか?」

「子ども扱いしないでくださいよ。映画やボウリングに夢中になって忘れ物するなんて、小学生じゃないんだから」


 と言って胸を張る金糸雀だったが、その表情が徐々に青ざめ始めたかと思うと、いきなりバッグの中を漁り始めた。


「急にどうしたんだ」

「いえ、その……不安になって」

「何が?」

「あ、やっぱり無い……無くなってる」


 あたふたとポケットに手を突っ込んだり、靴を脱いでひっくり返したりする金糸雀。


「だからどうしたんだよ? 何を無くしたんだ?」

「ええと、その、イヤホンです」

「イヤホン?」

「朝、着けてたんですよ。朝日さんと合流した時に外して、バッグに入れたはずなんですけど」


 言われてみれば朝会ったとき、金糸雀はワイヤレスイヤホンをつけていた気がする。


「どこかで落としたって心当たりは?」

「最後に使ったのは映画館の入り口のところだからあのあたりか……でも、ひょっとしたらお財布とかを出したとき一緒に落としちゃったのかも。だとしたら、ええと、ボウリング場の受付か、カフェか……」


 金糸雀の視線が落ち着きなく宙を彷徨う。


 ワイヤレスイヤホンか……。


「それって、ケースか何かに入れてたのか?」

「はい、そうです」

「音楽はスマホに接続して聞いてたとか?」

「はい、音楽アプリで……」

「だったらちょっとスマホ貸してみろ、僕が探してやるから」

「え、どうやってですか?」

「最近の機械ってすごいんだよな。スマホ本体に登録してある機器なら、GPS機能で探知することが出来るんだよ」

「そ……そんなことがっ!? 文明開化ですねっ!?」

「ポケベルじゃ出来なかっただろうけどな」


 僕は金糸雀から、派手なピンク色のカバーがついた彼女のスマホを受け取ると、接続機器の設定画面からイヤホンの現在位置を表示させた。


 場所は……映画館の入り口付近。


「やっぱり、最初にバックの中へしまったときに落としていたんですねっ!」

「ああ、そうだろうな。早く探しに行こう」

「はいっ!」

 




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