第14話「サムデイインザ少年少女」その④


「まあ、こういうこともあるさ。勉強になったな、金糸雀」

「大人ぶらないでくださいよっ! クソ映画だって知ってたらなんで教えてくれなかったんですか」

「あまりクソ映画だなんて言葉を使ってはいけないよ、金糸雀。映画製作にかかわったすべての人に失礼だろ」


 と言いつつ、この映画の監督はクソ映画の狂信者で、クソ映画を世間に普及させるために映画を作っているのだと語っていたインタビュー記事を昨日読んだことを思い出す。


「なんで最初は恋愛映画だったのに途中からゾンビが出て来るんですか? しかも血がめっちゃケチャップみたいだったし!」

「ああ……それ、マジで予算が無さ過ぎて、撮影現場近くのスーパーから廃棄予定のケチャップもらってやったらしいよ」

「ええ……マジですか」

「マジらしいけど」

「よく調べてますね、朝日さん」

「下調べは入念にするタイプなんだ」

「だとしたら、映画を観る前に止めて欲しかったですけど」

「金糸雀が先にチケット買ってくれてたじゃないか。親切は無下にできないさ」


 僕はキメ顔でそう言った。


「キメ顔で言わないでくださいっ!」

「とにかくだな、勉強にはなっただろ。ネットのランキングは鵜呑みにしちゃいけないって……さ」

「だからキメ顔で言わないでくださいって! 分かりましたから! もう通販サイトのランキング見ながら無意識に商品注文するのもやめます」

「お前そんなことしてたのか……。何か悩んでるんだろ。どしたん、話聞こか?」

「うわそのセリフやめてください、なんだか極めて私に対する侮辱を感じます」


 まったく、と呟きながら金糸雀はホットミルクを一気に煽り、熱い、と叫んでカップを置いた。


「……そりゃ熱いだろうな」

「いちいち言わないでください、熱いのは私が一番分かってます!」


 さっきのことを反省したのか、今度はずるずると音を立てながらホットミルクを啜る金糸雀なのだった。


「で、これからどうするんだ」

「これから……?」

「いや、まだ昼過ぎだし」


 店員さんが、僕らが頼んだランチを運んでくる。僕はハムサンドのセット、金糸雀はパスタのセットだ。


「ああ、考えてませんでした。フォーク取ってもらえます?」


 すぐ脇にあったケースからフォークを取って渡すと、金糸雀はどうも、と言ってそれを受け取るや否やパスタの山に突っ込み、大量の麺をぐるぐると巻き付け、自棄になったように頬張った。


「……喉に詰まるぞ」

「うはわらひでふ!」

「え、なんて? 憂さ晴らしです? 映画の憂さ晴らしってことか?」


 金糸雀は頷くと、そのまま静止した。

その表情が徐々に青ざめていく。


 やっぱりパスタを一度に突っ込みすぎたんだ。


「仕方ないな、ちょっと待ってろ」


 僕が席を立ちセルフサービスのコーナーからお冷を持って来ると、金糸雀は砂漠で何日も彷徨っていた遭難者のように勢いよく水を飲み干し、ようやく口を開いた。


「死ぬかと思いました」

「まあ、そうだよな……」

「見直しましたよ、朝日さん。いつかまた同じような場面に遭遇したときも、その方を助けてあげてください。それが私の願いです」

「いや、パスタで窒息死そうになる人間とはそうそう遭遇しないと思う……」

「亀に丸」

「それをいうなら兎に角……」

「とにかく、話を戻しましょう。これからどうするかなんて決まっていますよ、これからそれを考えることをするんです」


 金糸雀はキメ顔でそう言った。


「……まあ、いいけど。でも、カラオケと図書館は避けて欲しいな」

「どうしてですか?」

「昨日雪月と行ったから」

「ああ、そうでしたね」

「知ってたのか?」

「えっ!? いやいやいやいや知りませんよ! 私の女のカンがそう囁いただけですって。別にお姉ちゃんのデートを尾行したりなんかしてませんって!」


 してたんだな。


 じゃあ、昨日電柱の陰に見えた金髪ツインテールは金糸雀だったってことか。


 というか、この町に金髪ツインテールがそう何人もいてたまるか。


「金糸雀、行きたいところないのか? 映画の気晴らしになるようなところとか」

「気晴らしですか? そうですね……。行きたいところというか、何かを破壊したい気分ですね」

「ずいぶんな願望だな」

「東京タワーとスカイツリーを並べていっぺんに倒したら気持ちいいでしょうね」

「ゴ〇ラ的発想だ……」


 とはいえ。


 まあ。


 それに近い場所になら心当たりがある。





「ほら見ましたか朝日さんっ! ストライクですよっ!」


 金糸雀がピンがすべて倒れたレーンを指さして、僕に言った。


「さすが、言うだけのことはあるじゃないか」

「現代の中山律子さんと呼んでください!」

「何時代の人間だお前は……」


 僕らがやって来たのは、映画館から徒歩数分の距離にあるボウリング場だった。


 既にゲームの半分が終わり、金糸雀のスコアにはストライクやスペアの記号が並んでいる。


「さあ交代ですよ、朝日さん」

「よし任せろ」


 席を立ち、並び立つピンを前に僕は10ポンド球を構えた。


 このボウリングという競技だが、ピンを狙って投げてもなかなかうまくいかないよ~っという人も多いだろう。


 そんなあなたに一言アドバイス。ボウリングのレーンの手前辺りを見ると、三角形の印が描かれているのが分かるだろう。その中央辺りを狙って投げれば、球は自然と中心のピンめがけて転がっていくのだ。


 今から僕が実践してみせるから、よく見ておいて欲しい。


 軽く助走をつけ、目印めがけて球を転がす。


 狙い通り三角形の中央を通過した球は―――そのまま何故か右に逸れ、ガーターになってしまった。


「朝日さん、投げるときに変な回転かかっちゃってるからまっすぐ行かないんですよ」

「くっ……! なぜだ、理論的には完ぺきなはず」

「やっぱり投げる人の心を反映しちゃうんですかねえ?」

「それじゃ僕の心が曲がってるみたいだろ」

「バレちゃいました?」


 金糸雀は舌先を出しながら言った。


 こいつめ……。


 可愛い顔しやがって……!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る