第13話「サムデイインザ少年少女」その③
※
というわけで約束通り映画館にやって来た。
僕の住む町には昔ながらの古い映画館があって、それがなかなか趣きのある良い雰囲気の映画館なのだ。他の地方からわざわざやってくる人もいると聞く。
時刻は11時ちょうど。
入口のところには、見覚えのある金髪ツインテールの姿があった。
襟付きの黒いワンピースを着ていて、さらにサングラスまで着用している。
プライベート中の芸能人かよ……。
「すまん、待たせたみたいだな」
僕が声をかけると、金糸雀はワイヤレスタイプのイヤホンを外し、こちらに顔を向けた。
「……遅いです」
「いやでも、11時に映画館って約束だっただろ?」
金糸雀が、はあーっ、と大きなため息をつく。
「約束は単なる約束に過ぎませんっ! 女の子より先に来てチケットまで用意しておくのがマナーですっ!」
「誰が決めたんだそんなマナー! 無限にマナーを生み出すマナー講師かお前はっ!」
「まあ、今回はとりあえず私が席を用意しておきましたから。はい、これ」
金糸雀からチケットを受け取った僕は、そのタイトルを見た。
「『世界の中心でギャアと叫んだ除け者』……」
「最近流行りの恋愛映画です。めっちゃ泣けるらしいですよ」
「そうなのか……」
「なんですかその微妙な反応」
「あ、いや……なんでもないよ。だけど、他に見たいやつとかなかったのか?」
「なんですか、私のチョイスに何かご不満でも?」
「べ、別に……」
実は。
昨晩、映画に行くと聞いてから、それなりに映画について調べてはおいたのだ。
レビューサイトとかも事前に熟読しておいた。
それによると、『世界の中心でギャアと叫んだ除け者』は確かに人気ではあるものの、その理由は―――。
いや。
敢えて語るまい。
「ほら、さっさと行きますよ!」
そう言うと金糸雀は尻込みしている俺の手を引き、窓口のおばちゃんにチケットを捥ぎってもらうと、そのまま7番のシアターへ突入した。
僕らの座席はちょうど真ん中あたりだった。人気の映画館だけあって、それなりに席は埋まっていた。
「そもそもなんだが、どうして僕が金糸雀と恋愛映画を観なきゃいけないんだ?」
「いいじゃないですか。ラッキーくらいに思っていれば、それで」
「ラッキーねえ……」
「え、私と一緒にいて微塵もトキメキを感じないんですか? そんなのありえなくないですか?」
「すごい自信だな……」
「だって、金髪ツインテールクォーター美少女なんて基本的にフィクション上でしかお目にかかれない貴重な存在ですよ」
「ああ、まあ、それは確かに」
「でしょーっ? 普通は嬉しくて、なんで一緒に映画見てくれるんだろうなんて疑問に思わないはずですよ」
と、得意げに僕の顔を覗き込む金糸雀。
雪月と同じ青い瞳が、映画館の薄明りの中で輝いて見えた。
くッ、確かに現実離れした二次元的な美少女ではある―――!
「しかしそうなると、金糸雀は僕を喜ばせるために映画へ誘ったということになるけど」
「それについてはノーコメントです。気にせず、私との時間を楽しんでください」
「その割に最初、僕へのダメ出しから入らなかったか……?」
「ああそうそう、チケット代は後で請求しますから」
「僕も中学生に映画奢ってもらおうとは思ってねえよ。ところで金糸雀、どうしてこの映画を選んだんだ?」
「『世界の中心でギャアと叫んだ除け者』ですか?」
「ああ」
「それはもちろん、ネットの映画ランキングで1位だったからですよ」
「レビューとかあらすじとか、見たのか?」
「いえ、見てませんけど?」
「……お前もしかして、通販サイトとかで売り上げ1位の商品を疑いなく買っちゃうタイプだな。それで、不要なものばかり部屋に増えていくタイプだ」
「えっ、どうして分かったんですか!? まさか私の部屋に監視カメラか何かを……!?」
「仕掛けるわけないだろ。いいか金糸雀、映画ランキングで1位のものが人気だって意見には反対しない。でもな、時には例外だってある。この『世界の中心でギャアと叫んだ除け者』は――」
そのとき、照明が暗くなった。
映画が始まる合図だ。
「ほら、静かにしてください。映画の上映中に喋るのはマナー違反ですよ」
「……分かったよ」
僕は覚悟を決め、座席に座りなおした。
※
「なんなんですかあの映画は……」
「泣けただろ?」
「泣けましたよっ! クソすぎてねっ!」
映画館のすぐ横にある、チェーンのコーヒー店。
ドリップコーヒーを啜る僕の隣では、ホットミルク片手に金糸雀が管を巻いていた。
そう――この『世界の中心でギャアと叫んだ除け者』という映画はクソ過ぎるあまりカルト的な人気を誇っていた映画だったのだ。
ランキングで一位になったのも、一部の熱狂的なファンたちが組織票を入れたからだろう。
現に、レビューサイトには支離滅裂すぎて泣いたとか理解できなさすぎて逆に感動したとかいうコメントが溢れかえっていた。
そういった観客の感想が紆余曲折あって『泣ける』とか『感動した』とか分かりやすい一言に収まって、金糸雀のような被害者を生んでしまったのだ。
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