第12話「サムデイインザ少年少女」その②

 さて。


 手持無沙汰になってしまった。


 とりあえずどうしようと辺りを見渡すと、新刊と書かれたコーナーがあった。


 そこから聞いたことのあるタイトルの本を一冊手に取り、角のスペースに置かれたソファに腰かける。


 本なんてまともに読むのは久しぶりだ。


 若者の活字離れを具現化したような人間だからな、僕は。


 とはいえ、活字離れとは言っても本という媒体から離れたというだけで、SNS等で文章に触れる機会は多くあり、決して活字を読めなくなったというわけではないという話や、そもそも本離れ自体起こっていないという話も聞いたことがある。


 それにしても、雪月と二人で図書館に行くという選択は正しかったのだろうか。


 ギャルゲなら3つくらい選択肢が出て来て、恐らく『図書館』は『遊園地』とか『ゲームセンター』の下あたりに表示されていただろうし、他の選択肢に比べれば好感度も稼げず、熟練プレイヤーたちはあまり選ばない場所だったかもしれない。


 それでも雪月が行きたいと言ったのだから、彼女にとってはベストなスポットだっただろう。


 なんてことを考えていると、思わずあくびが出た。


 いかんいかん、公共の場である図書館のソファを占領して居眠りなんて。


 僕は再び本に集中し、また2,3ページ読み進めた。


 さあ、次のページ――――

 ―――

 ――

 ―


「!?」


 ソファから滑り落ちた衝撃で、僕は目を覚ました。


 気が付けば意識が無くなっていた。


 スタンド攻撃か!?


 いや、違うか。公共の場所でただ居眠りをしていただけか。全く、迷惑な客だよな、僕。


 スマホで時刻を確認すると、もう17時を過ぎていた。


 しかし約束の場所に雪月の姿はなかった。


 どこに行ったのだろうと思い周囲を見渡せば、児童書のコーナーに座り込んで小中学生向けの文庫本を一心不乱に読む銀髪JKが目に入った。


 銀髪JKは、僕が近づいても本から顔を上げることはなく、というかそもそも僕に気づいていないようだった。


 すごい集中力だ……。


 このままそっとしておいた方が良いのだろうか。


 でも、一応17時に集合って話だったし、声くらいかけておくか。


「雪月」

「ひゃうっ!?」


 雪月は悲鳴を上げ、びっくりしたように肩を震わせながらこちらを振り向く。


 窓口に居た司書さんや数少ない利用者の皆様が不審な目で僕を見た。


 いや、声をかけただけなんです。別に何もやましいことはしていないんです。信じてください! ……と叫びたかったがそんなことをしてもむしろ不審がられるだけだろうから、僕は雰囲気を誤魔化すように咳払いをして、努めて小声で言った。


「17時になったけど、まだ本、読むか?」

「あ……ごめんなさい、朝日くんだったのね。つい驚いて声を出してしまったわ」


 本を片手に雪月が立ちあがる。


「ずいぶん集中していたんだな」

「ええ。ちょうど物語も中盤の盛り上がりに差し掛かったところだったのよ。だけど、時間も時間だし、そろそろ帰りましょうか」

「閉館までは時間あるし、そんなに面白い本だったらもう少し読んでいったらどうだ?」

「いえ、金糸雀に18時までには家に帰ると言ってしまったもの。一秒でも帰りが遅れたらあの子が心配するわ」

「あ、そうなの……」


 シスコン金髪ツインテールの姿を思い出す。


 昨日の雨の時も、わざわざ迎えに来てたもんな。


「続きはまた図書館へ来た時にでも読もうかしら」


 そう言って雪月は文庫本を棚へ戻そうとした。


「借りなくていいのか?」

「え?」

「せっかく図書館に来たんだから、借りていったらいいじゃないか」

「でも……私、貸出カード持ってないわ」

「じゃあ、カードも作ってしまおう。そんなに手続きに時間もかからないし」

「えっ? ええ。ありがとう……」


 僕は雪月をカウンターへ連れていき、司書さんに貸出カードの作成をお願いした。


 カードは、簡単な申請書を書くだけですぐに発行してもらえた。


 それから雪月は、できたばかりの貸出カードで小中学生向けの文庫本を3冊ほど借りて、僕らは図書館を後にしたのだった。


 思えば、カラオケからの図書館というなんだか奇妙なルートをたどることになったけれど、何となく充実した一日になった気がする。


 雪月も本が借りられたのが嬉しいのか、さっきから口角が上がりっぱなしだし。


「……ん?」


 そのとき、不意にどこかからの視線を感じて、僕は背後を振り返った。


 いや、誰もいないか……。気のせいだったか? あ、でも、ちょっと待て。電柱の陰からはみ出ているあの金髪のツインテールは……。


「朝日くん、どうしたの?」


 雪月が立ち止り、僕に訊く。


「ああ、いや、ごめん。何でもないんだ」


 僕は雪月に答え、再び歩き始めた。





『49106』

「いや、『至急TEL』じゃねえよ! 電話かけて来いよ!? っていうかポケベル語で言われても普通は分からないだろ!」


 雪月と別れ数時間後。


 自室で一人、僕は携帯を片手に叫んでいた。


 理由は単純。


 金糸雀からのメッセージが一件、届いていたからだ。ポケベル用語で。


 仕方がないので電話をかけてみる。


 プル――『あ、もしもし?』


「応答が速すぎるだろ! 1コールも鳴ってなかったですけど!?」

『たまたま応答ボタンに指が当たってしまったんです。別に朝日さんからの電話を待っていたわけではありませんからねっ!』

「雑なツンデレだ……」


 至急TELとかメッセージ送って来たくせに。


『とりあえず、私の呼びかけに応じ電話をくださったのには感謝の意を表しましょう。早速ですが本題です。明日、何か予定ありますか?』

「いや……ないけど」

『ですよね』

「ですよねってなんだよ、失礼な奴だな」

『男子高校生という一生で一度しか経験できない時期を、予定も何もなく過ごすのはあまりにも可哀そうですね。仕方がないので、私が映画に誘ってあげますよ』

「仕方がないのでってどういうことだよ……。余計なお世話だって」

『えっ、断るんですか!? 金髪美少女の私が誘ってあげているんですよ?』

「待て待て、いくら金髪で美少女だからって、金糸雀は確か中学生だろ?」

『それが何か?』

「中学生女子を連れ歩く男子高校生って構図、大丈夫なのか?」

『中年のおじさんが女子高生を連れて繁華街を練り歩くよりは大丈夫ですよ』

「なるほど、確かに」

『もし私に遠慮しているようであればお手当をいただければ。0.5から1くらいでいかがですか?』

「え、何その数字めっちゃ怖い。聞かなかったことにしていいかな、僕?」

『とにかくですね、11時に映画館前集合ですよ。良いですね!』

「ああ、分かった……。分かったけど、映画に行く連れ添いが欲しいなら雪月に頼めばいいじゃないか」

『お姉ちゃんですか? お姉ちゃんには頼めません。それだと目的が果たせ――あ、いいえ、なんでもありません。とにかく時間は守ってくださいね!』

「ああ、分かった。11時に映画館だな?」

『その通りです。くれぐれもお姉ちゃんには言わないようにしてくださいね!』

「え? まあ……それも了解した」

『用件はそれだけです。それじゃあ朝日さん、『0833』です』


 そう言い残し、金糸雀は電話を切った。


 『0833』――おやすみ、か。


 いったいどういうつもりかは知らないが、行くと言ってしまった以上行かなければならないだろう。




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