第11話「サムデイインザ少年少女」その①



 さて。


 それぞれにドリンクを準備し、僕らは部屋に戻って来た。

「で、どうすればいいのかしら。ちなみに、カラオケと言う言葉は『空(カラ)のオーケストラ』の略称らしいわよ」

「情報提供ありがとう。まあ、とりあえず曲を入れてみるか」

「なるほど。知ってるわよ、分厚い辞書みたいなやつで曲を探して、リモコンでその曲の番号を入力するんでしょう?」

「いつの時代のカラオケだよ、それ……。今はこれで曲選べるから」

「え、このタブレットみたいな機械で?」

「歌いたい曲とかあるか?」

「そうね、強いて言えば……」


 と、雪月が口にしたのは二十年近く前に流行ったアニメの主題歌だった。


 たしかにカラオケの定番ではある。


 僕はタッチパネル式のリモコンを操作して、雪月が言った曲を入れた。


 少しして、その前奏が流れ出す。


 雪月は驚いたようにきょろきょろとあたりを見る。


「ほら、そこにマイクあるだろ。それで歌えるから」

「わ、分かったわ」


 そう言って雪月は慌てたようにマイクを手に取ると、恐る恐る歌い始めた。


 最初は遠慮していた様子だったけれど、サビに入るころには気分も盛り上がって来たのか、前のめりになって歌っていた。


 そんな風にして一曲歌い終わると、雪月は大きな仕事を成し遂げた後のように、セーターの袖で額を拭った。


「ふう。こうしてみると、案外気分が良いものね。大きな声を出して歌うというのは」

「それは良かったよ。僕も、雪月がそんな大声が出せるなんて知らなかった」

「あら、そんなに声が大きかったかしら。少し恥ずかしいわね」

「いや……きれいな声だったよ。歌、上手いんだな」

「そ、そうかしら。あまり人前で歌ったことはないから……。でも、そう言ってもらえると嬉しいわ」


 雪月はそう言うと、照れ隠しなのか、ジュースのストローを咥えて黙ってしまった。


 何も曲を入れないと勿体ない気がしたので、とりあえず僕も最近流行りのバンドの曲を入れて歌ってみた。


 ……やっぱあれだな。歌は苦手だな。雪月の反応も微妙だし。


「雪月、次の曲、入れて良いからな」

「もういいの?」

「言ってなかったが、僕、歌は得意じゃないんだ」

「そう? 特に下手とは感じなかったけど。ただ、知らない曲だと思っただけだわ」

「一応、最近流行ってるのを歌ったつもりだったが」

「ごめんなさい、私、流行がよく分からなくて」


 言いながら、雪月は次の曲を入れていた。


 何年か前に放送されていた特撮ヒーローものの主題歌だ。


「懐かしいな、それ。毎週見てたよ」

「そうなの? 私もよ」


 と、雪月はテーブルの上にあったもう一本のマイクを僕に差し出した。


「これは?」

「一緒に歌わない? 私、この歌は歌詞をあいまいにしか覚えていないのよ」

「分かった。そういうことなら、微力ながら助太刀させてもらおう」


 僕は雪月からマイクを受け取り、電源を入れた。


 スピーカーから、マイクが接続されたときの微かなノイズが聞こえた。





 結局その後、僕らが歌った歌は懐かしの特撮・アニメオープニング特集みたいなラインナップになった。


 時間も1時間延長したし、かなり盛り上がったと言っていいだろう。


「意外と詳しいのね、朝日くん」

「何が?」


 受付で支払いを済ませてカラオケ店を出たとき、雪月が言った。


「昔のアニメとか。私が歌った歌、ほとんど全部知っていたじゃない」

「ああ、まあな」


 理由としては、暇つぶしに見ていた動画サイトとかで見たことあったというのが半分。


 もう半分は―――以前僕を振った女子が昭和アニメ系に造詣が深かったという理由だ。


 その時の知識がこんなところで役に立つとは思わなかったぜ! 不本意ながらな!


「それじゃ、次はどこへ行こうかしら」

「どこって……そうだな、どうしよう」


 時刻は16時。


 解散するには少々早いかもしれない。


 時間を潰すなら、近くの古本屋か……いや、女子と二人で古本屋というのも何というか、ムード的な何かに欠ける気がする。


「もし朝日くんさえ良ければ、図書館に行かない?」

「図書館?」

「ええ。実は、学校にある本は私に難しすぎるの。分厚いSF小説ばかりおいてあるのよ、あの図書室。だから町の図書館に行ってみたいと思っていたの」

「分かった、行ってみよう」


 確かに、雪月は休み時間ずっと本ばかり読んでいるものな。


 町の図書館もここからすぐのところにある。


 記憶を頼りに道を歩き、5分くらい経ったところで、年季の入った建物が見えてきた。


「あれが図書館ね」


 雪月が若干ご機嫌な声音で言う。


「僕も来るのは久しぶりだ。中学の頃以来かな。自習室があって、そこで受験勉強をしていたんだ」

「へえ、そうなの。勉強熱心だったのね」

「いや……そうでもしなきゃ落ちるって言われてたからな。雪月だって高校入試に向けて勉強しただろ?」

「もちろん、それなりにはね。でも私の場合、英語で点数を稼げるだけ稼いで他の教科はおまけという感じだから……」

「ちなみにだけど、英語の点数ってどれくらいなんだ?」

「ほとんど満点近いわね。一応、読み書きはそれなりに出来るから」


 バイリンガルの特権だな。少し羨ましい。


 押戸を開いて図書館のロビーに入ると、立ち並ぶ本棚が目に入り、古い本の独特な匂いがした。利用者はあまりいないようだった。仕事がひと段落ついたところなのだろうか、窓口の司書さんは暇そうにしている。


「どうする? 一緒に見て回ってもいいけど」

「ありがとう。でも、せっかく来たのだから一人で見てみたいの」

「じゃあ、自由行動にするか。17時にこの辺で集合な」

「大体1時間後ね。分かったわ。また後で会いましょう」


 雪月はそう言い残し、一直線に児童書コーナーへ歩いて行った。


 ミニスカートでスタイルの良い、モデルみたいな女の子が児童書コーナーへ向かう様子は何となく不釣り合いでシュールな光景に思えた。


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