第9話「雨、傘が壊れた後」その②


「外国にいたころ、日本のことを知るためにパパが色々なビデオを見せてくれたのよ。ヒーロー番組やアニメのね」

「ああ、なるほどな。そういうことか」


 納得した。


 某加速装置付きのサイボーグとかバッタとの改造人間とかは、雪月の父親の趣味ってことだな。


 JKモノのAVといい、多趣味な父親なんだなあ。


「ブラックマジシャンガールにはお世話になったわ」

「何の!?」

「それにしても日本と言うのは物騒な国ね」

「どうして?」

「だって、毎年のように違う悪の組織が現れては世界征服を企んでいるのでしょう? 朝日くんも早いうちにバイクの免許、取っておいた方が良いわよ。いつ改造されてもいいようにね」

「なあ雪月……お前まさか、仮面を被ったライダーたちが悪の組織と戦いを繰り広げてるなんてことを信じてるわけじゃないよな?」


 僕が言うと、雪月は怯えたように周囲を見回した。


「こんなところでそんなことを言ってはいけないわ。誰に聞かれているか分からないもの。クモ男に襲われて泡にされてしまうわよ」

「いや……夢を壊してしまうようで悪いけど、あれはフィクションなんだ」

「え」雪月は絶句した。「そんなはずないじゃない。あのヒーロー番組はドキュメンタリーでしょう?」

「もしそうなら、日本は今頃滅亡してるよ……」

「じゃあ、毎週のように巨大怪獣が東京の街を襲うこともないの?」

「頻繁にそんなことが起こってみろ、復興税が青天井だ」

「た……確かにおかしいと思っていたわ。あんなに派手な戦いが頻繁に起こっているのに一度も目にしたことがなかったから……」


 驚愕の表情を浮かべ目を見開く雪月。


 どうやら本気でヒーローたちの存在を信じていたらしい。


「まあ、現実はそう単純じゃないよな。分かりやすい悪もいないし、仮にいたとしてもそれを実力で倒せばいいって話でもないだろうし……そもそも悪に立ち向かうヒーローだっていないんだからな」

「憂鬱になる話はやめてくれるかしら、朝日くん」

「ああ、ごめん。つい。僕ってほら、現実を悲観しがちだから」


 僕の言葉に、雪月はなるほどね、と呟いた。


 それから何かを考えるように少しの間黙ったあとで、口を開いた。


「朝日くんの言う通り、確かにヒーローはいないかもしれない。でも、朝日くんはあのとき、コンビニで私を助けてくれたでしょう?」

「え? ……まあ、そうだけど」

「それってつまり、仮面のヒーローは実在しなくても、正義の心――誰かを助けたいと思う心を持っている人はいるということだわ。そう悲観する必要なんてないのよ、朝日くん」

「あ……」


 僕は呆気にとられた。


 普段一人で本ばかり読んでいる、お世辞にも社交的と言えない女の子の口からそんなポジティブな言葉が出てくると思っていなかったからだ。


「ね、そう思っていた方が幸せでしょう?」


 雪月が僕の顔を見上げながら微笑む。


 いつもクールな雪月からは想像がつかない、柔らかい笑みだった。


「あ――ああ、そうだな。雪月だって僕のために傘を準備してくれていたわけだしな」

「壊れてしまったけれどね」


 残念そうに言う雪月の様子がなぜか妙に可笑しくて、僕は自然と笑っていた。


 ふと、こんな風に笑うのはずいぶん久しぶりだったことに気が付いた。


 一体いつぶりだろう……恐らくは、失恋して以来だろう。


 全く、昔のことをどれだけ引きずってるんだよ、僕。


 とはいえ、過去の恋愛に関して、女性は上書き保存で男性は名前を付けて保存なんだよ――なんて話も聞くし、男と言うのは昔の恋とかそういったものを引きずりやすい性質を持っているのかもしれない。あくまでも私見だけど。


 そんなことを考えていると、雪月が住むマンションの前に到着していた。


 学校からここまで、あっという間だった。


 僕は傘を閉じながら、マンションのエントランスの軒下に立った。


 気が付けば雨もずいぶん弱まっていた。


「高校から意外と近いんだな」

「そうね。いつもならもっと時間がかかっていたような気がするのだけれど。朝日くんの歩く速度が速かったのかしら」

「かもしれないな」


 と、そのとき、エントランスの自動ドアが開き、中から見覚えのある人影が現れた。


 金髪のツインテール――雪月の妹だ。確か名前は、金糸雀とか言ったっけ?


「あ、お姉ちゃん」


 傘を片手に持った金糸雀は、僕らに気づくと小走りで近寄って来た。


「金糸雀、どうしたのかしら」

「お姉ちゃんを迎えに行こうとしていたんです。急な雨だったから、きっと傘を忘れているだろうと思って。連絡もしていたんですよ?」


 金糸雀に言われて雪月がスマホを確認する。


 一瞬その画面が僕の目に入り、金糸雀からの連絡通知が数十件届いているのが見えた。


 怖っ。シスコン怖っ。


「ありがとう。ママがきっと雨が降ると言っていたから、傘を持っては行っていたのよ。でも、壊れてしまって」

「まさか、お姉ちゃんを狙う悪い組織の陰謀ですか?」

「いえ、私が開こうとして壊れてしまったの。中が錆びていたから」

「そうだったんですね。壊れてしまったのは残念ですが、安心しました。ところで」


 金糸雀が僕を見上げる。


「なんだよ」

「昨日に続き、またあなたですか?」

「……仕方ないだろ。雪月を放って一人だけ帰るわけにもいかないだろうし」

「親切な人だというのは認めてあげます。それから、お姉ちゃんを送ってくださったことにも感謝しましょう」

「どうもどうも」

「というわけでお礼に、私の連絡先を教えてあげましょう」

「雪月家は感謝の意を示すのに連絡先を教えるのが習わしになっているのか……?」

「連絡先はトップシークレットの個人情報ですから。そう易々と教えられるものではありません。ほら、携帯を出してください」

「あ、ああ……」


 僕がスマホを出すと、金糸雀は慣れた手つきで僕の連絡先を登録した。


 直後、金糸雀から空のメッセージが送られてきたので、僕もまたその連絡先を登録したのだった。


 ちゃんちゃん。


「これでいつでも私に連絡が取れるようになりましたよ。良かったですね」

「いや……別に僕はお前と連絡が取れなくても何も困ることはないんだが……一応お礼は言っておくよ。ありがとう」

「朝は『0840』、夜は『0833』と送ってください」

「ポケベル時代の挨拶!? 普通に日本語で送れよっ!? お前たちは姉妹揃っていつの時代の人間なんだよ!?」

「という朝日さんのツッコミはさておき、お姉ちゃんを迎えに行くという私のみっしょんは達成されたわけですから、この辺りで『8181』ですね」

「バイバイぐらい数字に直さず言ってくれ……」


 『ハチイチハチイチ』よりも『バイバイ』の方が発音する文字数も少なくて済むだろうが……!


 っていうかいつの間にか僕のツッコミもさておかれてるし――というのもさておいて。


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