第7話「ミリオンダラー・帰国子女」その④


「とにかく、私の連絡先は流出させないことね」

「分かってるよ。僕がそんなことをする人間に見えるか?」

「というよりも、あなたには情報を流出させる相手がいなかったわね。少なくとも今の学校には」

「一理あるな」

「でも、良かったわ。朝日くんの連絡先を知ることが出来て」

「そうかそうか。それは光栄だよ。そんなに興味あったのか、僕に」

「もし今後コンビニで支払いができないとき、朝日くんを呼び出すことができるもの」

「血肉の通った財布かよ、僕は。大体お前、友達少なすぎるんじゃないか? 同級生に中学校一緒のやつとか居てもおかしくないと思うんだけど」

「ええ。もちろんいるわ。でも友達ではないの。高校に進学するときに、連絡先も消してしまったわ」


 ありえない話じゃないな。


 一定期間ごとに人間関係をリセットしたがるようなタイプの人もいるし。


「考え方は人それぞれだからな。雪月にも事情があったんだろう?」

「ええ、そうね。画面の一番下にあるこのアイコンを触ったら消えてしまったのよ」


 雪月がスマホの画面を指さす。


 そこには『初期化』の3文字が書かれていた。


「いやそれ、データ全部消すやつ……」

「えっ!? そうなの!? 知らなかったわ」

「初期化って書いてあるじゃん……」


 そうなのねと言いながら、驚愕の表情でスマホを見つめる雪月。


 初めて会話したのが昨日ということを差し引いても、ときどきこいつのキャラが分からなくなる。


 ミステリアスなクォーター美少女じゃなかったのか……!?


 いや、ミステリアスなクォーター美少女は深夜に『豪古タンメン(中卒)』なんて買いに来ないか……。


「とにかく、私に友達はいないわ。それは今だけじゃなく、中学時代からそうなのよ」

「なるほど。悲しい過去だな」


 と、そのとき。


 コンビニ前の歩道から、こちらに向かって駆けてくる人影があった。


 近隣の中学の制服を着た、金髪ツインテールの小柄な少女だ。


 しかも肌の色が尋常じゃなく白く、眼も青色をしている。


「ちょっと、どこ行ってたんですかっ!?」


 少女は僕らの前で立ち止るなりそう怒鳴った。


「ど……どこって」


 僕は返事に詰まった。


 見知らぬ他人にいきなりそんな質問されても答えようがない。

 いやそれとも、以前どこかで会っていたけど僕が忘れてるだけとか?


 まさか。金髪ツインテール碧眼少女なんて属性てんこ盛りな存在、僕が忘れるはずがない。


 だけどもしかすると、今まで隠されていた僕の生き別れた妹という可能性が……!?


「あら、ごめんなさい。いつもより帰りが遅くなってしまったわね」


 隣で雪月が平静な様子で答える。


「……え。もしかして知り合いなのか?」

「知り合いも何も、私の妹よ」

「い――妹!?」


 僕はもう一度金髪ツインテール少女を見た。


 確かにどことなく雪月と似ている気がする。


 残念ながら僕の妹というわけではなかったらしい。まあ、僕の妹がこんなに可愛いわけがないし、当然と言えば当然だ。


「お姉ちゃん、この人は誰なんですか?」


 雪月の妹が僕に訝しげな視線を送る。


「ああ、彼は朝日くん。同じクラスなの。私にお金を貸してくれたとても親切な人なのよ」

「えっ、お金を……!? 大丈夫なんですか、お姉ちゃん。変な契約書にサインとかしてないですよね? 大体こういうパターンって、10日で1割の利子をつけられて、払えなくなったらちかの労働施設送りにされるか命がけのギャンブルを強要されるんですよ」

「なんて偏ったイメージだ……。僕は闇金業者か何かかよ」


 ざわざわしてきた。


「大丈夫よ、彼は親切だから」

「この死んだ魚みたいな目をした人が本当に親切なんですか?」

「ええ。さっきも寒空の下で食べるカップ麺は美味しいということを教えてくれたわ」

「どういうことですか……?」


 金髪ツインテールさんの視線が痛い。


 いや、しょうがないじゃん。寒い日に外で食べるカップ麺、マジで美味いんだから。


「なあ雪月、さっき妹って言ってたけど……?」

「ごめんなさい。紹介が遅れたわね。この子は雪月金糸雀(ゆきづき かなりあ)。疑う余地なく私の妹よ」

「一応、お礼を言っておきます。姉がお世話になりました」

「いや別に礼を言われるようなことじゃ……」

「そうですか。だったらさっきの言葉は撤回しておきますね」

「……………」


 理由はよく分からないが、この金髪ツインテールにとって僕は信用できない相手らしい。


 まあ、人間と言うのは信用しすぎると痛い目を観させられる生き物だし、あるいは僕自身もこの金髪さんに信用されたいとも―――思わないけど。


「とにかく、私はお姉ちゃんを迎えに来たんです。帰りますよ、お姉ちゃん」

「そうね。さようなら、朝日くん」

「ああ、さようなら」


 雪月は軽く僕に手を振って、金糸雀……だったっけ? とにかく彼女の妹と二人で歩いて行った。


 その後ろ姿が車道の向こうに見えなくなってから、僕は飲みかけだったコーヒーを飲み干して容器をゴミ箱に捨てて、家に帰った。




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