第5話「ミリオンダラー・帰国子女」その②

「だけど、まあ、よくあることなんじゃないか。僕以外にそんな目にあった人がいるって話は聞いたことないけど」

「いえ、大したことではないのよ。ただ、朝日くんが好きだった女の子があなたの友人と付き合っていたというのなら、様子を見ていれば普通に気が付きそうなものだけれど」

「おいおい、そんな言い方は心外だな。それじゃまるで僕が人間関係に鈍感みたいじゃないか」

「鈍感じゃなかったのかしら? 意外だわ」


 雪月は澄ました顔でそう言った。


 僕は言い返す言葉が思いつかず、少し伸びかけたタンメンを啜った。


 くそっ、辛さが目に染みるぜっ!


「というかそもそもだな、お前にそれを言う資格はあるのか?」

「な――なんですって?」


 雪月の青みがかかった瞳が僕を見た。


「人付き合いが苦手なのは雪月も一緒だろ。他でもないお前自身が、昨日、このコンビニの前でそう言ってたんだからな」

「……っ!」

「確かに僕は人間関係に鈍感かもしれない。そのせいで彼氏のいる女の子に告白して玉砕したかもしれない。だけどな、人付き合いに関して言えば―――お前と僕はその実、同レベルだと思うぜ。何せ、学校で誰とも会話せずに一日を過ごすなんて芸当が出来るのは――僕と雪月、お前くらいなものなんだからな」

「な、何が言いたいのよ」

「つまり、お前が僕を貶めれば貶めるほど、僕と同レベルである雪月自身を貶めることになるんだぜ。残念だったな!」

「く―――ッ! 辛さが目に染みるわッ!」


 タンメンを啜りながら涙を浮かべる雪月。


 僕の面目はどうにか保たれたようだ。


 とはいえ、コミュ障二人がお互いのコミュニケーション力不足を指摘しあっても悲しいだけだ。この戦いに勝者などいない。コミュ障すべてが弱者なんだ……。


 僕は胸の内に湧いた複雑な感情を、タンメンのスープと共に飲み下した。


 息を吐いて、日が沈み暗くなりかけた空を見つめた。自分の額に汗が浮かんでいるのに気が付いた。


「こんな風にカップ麺を食べるのは始めてだったけれど、意外と悪くなかったわ。貴重な経験をさせてくれてありがとう、朝日くん」

「礼には及ばないさ」


 ベンチ脇に置いていたコーヒーを手に取り、口をつける。


 もうずいぶん冷えてしまっていた。

「お礼に捨ててきてあげるわ。ちょうだい、その容器」

「ああ、ありがとう」


 僕は雪月に、空になった『豪古タンメン(中卒)』を渡した。


 雪月はベンチから立ち上がり、両手にカップ麺の空容器を持ちながらコンビニの自動ドア横のゴミ箱へ歩き出した。


 銀髪を揺らしながら僕の前を横切る雪月。


 だが。


 そのスカートの裾は捲れたまま折れ曲がっており、白い下着が後ろから丸見えになっていた。


「おいおいおい待て待て待て!」

「何、どうしたの? タンメンのスープ、まだ飲み足りなかった?」


 雪月が立ち止り、僕の方を振り返る。


 その瞬間、自動ドアから出てきたサラリーマン風のおじさんが鼻血を噴き出して倒れてしまった。


 雪月の下着を目にしてしまったからだろう。恐るべし、クォーターJKの生パン。


「いや、タンメンのスープなんてどうでもいいんだよ。こっち向け、こっち」

「向いてるけど」

「ああ、そうか。ええと、ちょっとお尻を見せてくれないか?」

「なっ……何を言っているのか意味が分からないわ。突然頭が悪くなるにしても限度があると思うのだけれどどうかしら、朝日くん」


 僕を睨むように眉を顰める雪月。


 しかしその頬は微かに赤くなっていた。肌が白いから、ちょっとした顔色の変化がすぐに分かってしまう。まるでリトマス紙だな。もしくはBTB溶液か。


「その……なんだ。捲れてるんだよ」

「全身の皮膚が?」

「そんな大惨事が早々起こってたまるか! 捲れてるのはお前のスカートだよ!」


 はあ何よそんなわけ――と言いつつ雪月は自分の臀部の辺りを振り返るや否や、


「大惨事だわ!」

「だから言っただろ!」

「で、でも、両手がふさがっていて戻せないわ」


 ふりふりと左右に腰を揺らす雪月だったが、スカートの裾は元に戻らない。


「仕方ないな、動くなよ」

「ひゃんっ!?」

「変な声出すなよ、誤解されるだろ!」

「だ、だって変なところ触るから……」

「裾を直してやってんだよ!」


 思わず声が大きくなった。


 これじゃ女子高生の尻を撫でながら大声を出す変質者だ。


 もしこんなところを親に見られたら泣かれてしまうだろう。


 僕は努めて平静を保ちながら、雪月のスカートの裾を元に戻した。


「あ……ありがとう、朝日くん。危うく半ケツで街中を歩き続けるところだったわ」

「クラスメイトに露出狂の変態みたいな真似をさせる前に気が付いてよかったよ。運が良かったな、雪月」

「うん」

「…………」

「今度こそ捨てて来るわね」


 心なしか周囲を気にしながら、雪月はゴミ箱へ向かった。


 そしてカップ麺の空を『ビン・カン』と書いてあるゴミ箱の穴の中へ捻じ込んだ。


「おいちょっと待て」

「何? まさか、またスカートが捲れてしまったのかしら」

「いや……そっち、ビンとカンのゴミ箱だけど」

「敏感なゴミ箱? 感度3000倍ってこと?」


 なんて卑猥なゴミ箱だ。


「あのさ雪月、お前の日本に対する知識、なんか偏ってないか?」

「そうかしら」

「まあ、いいけど……。とにかく、そっちはビンカンのゴミ箱なんだよ」

「いやらしいわね」

「いや、違……」


 もういいや。


 とりあえずここはスルーしておこう。


「じゃあ、こっちの穴に突っ込んだらいいわけ?」

「ああ、そうだよ」

「穴の位置が分からなかったわ」

「童貞あるあるだな」

「何を言っているの? 思春期の女子高生に対して淫らな発言は控えていただけるかしら」

「どの口が言ってんだ、どの口が」

「上の口だけど」

「口は上にしかないだろうが!」

「……ええ、まあ、そうね」


 なんでちょっと残念そうなんだ。


 脳みそが真っピンクに染まってんじゃねえのか、この銀髪JKは。


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