第2話 気になるお年頃

 全ての問題は人間関係において起こり得る。

 昔読んだ心理学の本にそんなことが書いてあったことだけは覚えている。世界に他人さえいなければ人は思い悩まず、のびのびと生きていけるという一文ではあるが、結果現実としてそれは避けられない問題でもあるし、そもそも1人でしかいない場合の生きる目的とは……。まさにこれぞ哲学というようなことになってしまう。


 休日の朝、ぼんやりと新たな挑戦というものについて思考を巡らせるも、一体なにをすれば良いのか検討もつかなかった。とりあえずラミアも言っていたように、恋愛とはなんだったのかという感覚を取り戻すべく、映像配信サービスから適当な恋愛映画を物色してみる。今まで一度も触れることもないジャンルだったので、テレビ画面に映される異様な光景に思わず踏みとどまりそうになる。とりあえずなんでもいいかと何か聞き覚えのあるタイトルで再生ボタンを押した。この映画を再生したことでトップ画面に表示されている銃や爆発だらけのおすすめ映画が恋愛映画へと浄化されるのかと思うとなんだかおかしかった。

 見始めてわかったのは恋愛映画は結局退屈だ。

 明らかに付き合うだろうという2人が出てきて一旦はすれ違いなんかで別れるものの結局は運命的にくっつくという。そんなこといっては他のジャンルにおいても王道は存在するのだが、これを見ていても特に感動もないし、爽快感もない。恋愛は映画の中でトッピングとしてあれば十分なのだろう。

「と、私は思ったのだよ」

「いや、それただの映画評論家気取ってるだけじゃん」

 メッセージでラミアに恋愛映画をみた感想を送ってみたのだが、昨日の熱量とは打って変わって覚めた返信がきたので、私はなんだか肩透かしをくらった気分になった。

「昨日のあんな話きいたらなんか動いてみようかなーっておもっちゃうじゃん!」

 素直に思ったことを送ると間髪入れずに返事が返ってきた。

「安心したまえ、実は今日の午前に本屋行って恋愛本を買ってきたのだよ」

 行動力において自分のさらに上にラミアがいることに思わず笑ってしまった。


 結局、単純に映画を見たところで得られるものはない。お話は結ばれてハッピーエンドだが、現実はそこからが始まりにすぎない。夢にまで見た王子様と付き合ったところで、数年後に意地悪だった父親の血が目覚め、平気でモラハラをするようになったらその恋愛はハッピーエンドと拍手喝采していられるだろうか。現実とはそんなようなものであろう。キラキラしたウェディングが過ぎてしまえば結局はいつも通りの世知辛い現実でしかない。そうなった時に簡潔にその関係を終わらせることができないこともまた現実である。

「いかんなぁ、どんどん悪い方向へ考えが流れていく」

 ちょっと気晴らしも含めてスマホをボディバッグに入れて、少し走ることにした。


「籠崎さん、この構成図ってまた変更になったらしいすよ」

 同期の篠田が私が出社すると同時にそう告げた。月曜日、久々の出社、ただでさえやる気が底辺だというのに追い打ちをかけるお知らせである。

「……、どこが変更になったの?」

「セキュリティ機器がやっぱり外されたそうす、コスト的に予算が合わなくなるらしくって」

「……そう」

 パソコンを立ち上げ、カバンから水筒を出して席に座る。

「籠崎さんってほんと冷静すよね」

 急に私の話をし出したので思わず篠田の顔を見る。

「なにを急に……」

「いや、構成変更っていったらまた設定内容とかも変わって面倒じゃないすか。それに文句言わずに黙々と取り掛かったから」

「だって、愚痴たって資料はなんも変わらないでしょ。それにこの感じだと安い機器がないかまた聞いてくるだろうから類似機能の機器2つくらい調べておいて」

「きますかねぇ」

「あ、それと篠田」

「はい」

「同期なんだから、良い加減に「さん付け」やめて。なんか威圧してるみたいじゃない?」

「いやぁ、籠崎さんは籠崎さんなんで」

「……」

 もう突っ込むのも面倒になったので、彼の言ったとおり黙々と構成を修正する。

 篠田は昔からこんな感じではあった。声色は高く、口調は軽いものの、人への感情は基本的に演技的であった。さきほどのやり取りも何かの台本かのような淡々としたものであったし、ひとまず社会的に適当なコミュニケーションを取ったと思わせるのがうまい男だ。

「篠田って休みの日とか何しているの?」

「え、なんですか急に」

 どんな返しがくるかの興味本位で聞いたものの、実際はそこまで興味もなかったので悪いことをしたなと口を結ぶ。

「……なんとなく」

「そうですねー、ぼうっとしてますかねー」

 この通り、自身のプライベートの話になるとひらりと身をかわす。気さくな感じを出しながらも私生活がミステリーな男である。そして彼からは一度も黒いモヤを見たことがないので私としては彼を人として信頼している。

「……まぁ、そんな感じよね」

「ふはっ、そんな感じってなかなかひどいすよ」

 篠田と会話していたそんな時、チーム内のチャットに植木からメッセージが飛んできた。

「やっぱりセキュリティ製品は入れておきたいから、類似機能があるやつで安いものがないか探してくれないか」

「はー、ほんとにきた」

「ほら、言ったでしょ」

 この後も他案件の進捗や資料作成、機器の情報確認などを行い、月曜日はあっという間に定時を迎えた。

「そういえば、週末送別会ありますね」

「あぁ、佐々木さんね」

 うちの部にいる最年長の佐々木、ベテランSEでもあり来年で定年を迎えるのだが、少し早めの早期退職の道をえらんだそうだ。

「佐々木さん、ここの知恵袋だったからいなくなると色々困りそうなんですよねー」

「そうね、とはいえ、あの人のことだから引き継ぎ資料とかもしっかり作ってくれてそうだし、大丈夫でしょ」

「もしそれでわからなかったら篠田さんに聞きますからね」

「自分で調べろ」

 そう冷たくあしらったところで篠田は顔色一つかえずに、おつかれさまでしたーと退社していった。全くプライベートがわからない彼だが、あんな感じで誰かと付き合ってたりするのだろうか。

 普段は全く気にしないことさえ詮索するようになった自分を鼻で笑い、明日の仕事の事前準備だけをして、私も退社した。


 ラミアの言っていた恋愛本を見に、本屋に寄ってみたが、そのキラキラとしたような表紙を前に私はそれをレジにもっていくどころか、手に取ることもできずにその本を細目で見て数回その場を往復することしかできなかった。客観的にみたらそれは小学生が昔のコンビニのエッチな本のコーナーをいったりきたりする図そのものである。

 これは罰ゲームではないかと私は心が折れて、気になっていた漫画と恋愛漫画のような表紙の漫画を買い、本屋を後にした。恋愛漫画なんて買うこと自体が私に取ってはレアケースだというのに恋愛アドバイス本のようなものなんて買えるわけがない。

 帰宅後、シャワーを浴びて買った漫画を読んでみたが、それは恋愛のような雰囲気を出したギャグ漫画であり、何度も笑ってしまったので続きを買っていこうと決意するのであった。

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