13. 誰が為に王は契る
「はーー、本当に筋書き通りだったよ、兄様〜」
シアランもまた塔に幽閉されていた。ただし王宮ではない。遠く離れた銀月湾の月の下弦、海に面した高い塔。帝都東端の見張り台として、そして布袋に入れて海へ捨てられる非公開の処刑にも用いれられた。
「ちゅうちゅう、ってアルマラル〜、結末を見逃しちゃうよー」
空を見上げてみると、すっかり月も痩せ細り、“魔法が解けるまで”幾晩の間もない。
月の形で日数までは分からなかったが、王子たちの焦燥も、月明けも間近に迫っての体たらくに増していたことだろう。
“妹”
シアランは家族を持ったことがなかったが、あるいはその扱いが無意識にも心地よく、終わりゆく月から目を逸らしていたかもしれない。逃避は状況を悪くしただけだが。
「ランプじゃなくて指輪を抑える、なるほどねー。あれがハクやアルマラルの主人の証だったんだろうなぁ」
思えばアルマラルがランプから出てこなくなったのも、指輪が鍵だったのかもしれない。
すり替えられたにも心当たりがあり過ぎる。だって手を取られて教えられていたもの。
完敗。
「まぁ敵わないよね〜、敵になったら」
ちょっとやそっと何かを知っていても結末は変わらなかっただろう。
シアランは大人しく、扉下の専用口から上げ膳据え膳される食事を口にした。手首を結えられていたので口だけで。「はは、」無様だが似合いであると自分で思った。
「鼠にしては贅沢な死だよねぇ」
どういう終わりが面白いだろう? シアランはそんなことすら思っていた。ろくでもない主人公は、ろくでもない最後を迎え、そうして初めて教訓的に語り継がれるのだから。
「アルマラル、笑ってくれるかなぁ」
手をぎゅっと握ると、ころりと飴が転がった。溶けてなくなる飴の味を教えて魔人は言ったっけ。
『願え』
「最後に珈琲、飲みたいなー……」
〜・〜・〜☾〜
〜・ـف・〜・〜
くゆる香りを鼻腔に嗅ぎ、カップを傾け珈琲に口を付けた。
三晩が経った。逆三日月の最後のひとひらが失せるまで、時刻はいくばくもない。
独り静かに迎えるその時はしかし、勢いよく開かれた扉の音で崩れる。現れた男の瞳は灼熱に燃えていた。無闇な捜索に明け暮れて、ようやく辿り着いたらしい。
「シアランはどこだ、兄さん」
玉座に座る男の杯は揺るがない。ジゥデルは喉に下してから優雅にカップを置いた。
「お前が知る必要はない、カスィーム――いや、誰もだ」
「いつもそうだった」カスィームは拳を握り心持ち俯く。
「調査をしても盗賊団の手がかりが掴めない。現場の痕跡もなかった――ということは、外部から片付けられたということだ。実行が誰だろうと、どこかで糸を引いたのは兄さんだろう。証拠がないのが兄さんの証拠だ」
顔を上げて見据え、問いただす。
「初めにハールーンの兄上から指輪を奪ったのも、兄さんじゃないのか」
ジゥデルは甲を見せるように左手を上げた。その印章指輪が、嵌っていた。紛れなくなにより紅い血の色で。その口元は弧を描いている。
「叛逆とみなす‼︎」
カスィームは抜刀し駆けた。
だが数歩も行かずして、ガゥウと唸りを上げた白い獅子が立ち塞ぐ。
「ハクシャマル……! お前の主は、シアランだろう!」
「それは“ランプ”を守る、獣を模った器械にすぎない」
ジゥデルは冷たい視線でその背を見る。
「お前が王を自ら守っていれば厄介だったが、
カスィームは獣に目を据えて、剣を振りかぶった。グルリ、と鋭い牙が剥く。
「自殺趣味は止せ。指輪は、奪ったのではない。元より父が俺に託したものだ」
「そんな戯言を聞くつもりはない。父上はいつだってハールーンの兄上を第一とした。実子の長兄である、兄さんより。その兄上を幽閉した時点でもっと疑うべきだった。――ただ俺たちは、兄上を、帝国を支えるための命だと思っていたから……その意味では、ただの器械だった報いだろうか」
「今もそうか? カスィーム。俺は違う。父の遺志も何もかも、一系の王朝が途絶えようともうどうでもいい。帝国の安寧より一人の女を俺のものにしたい」
「それは……俺もそう願えたらどんなにいいか!」
「願う必要などない」
そう言って、ジゥデルは指輪の嵌まる手でランプを三度擦った。もくもくと差し口から沸き出る蒸気は形となり、魔人が
「魔人よ、王は変わった。俺と
「止めろ、兄さん! 俺はもう、シアラン以外に剣を捧げる気はない」
魔人は腕組みをして目を細め、その指に嵌る同じ
「はぁ〜、最後はこうなんのかよ。やっぱり面倒
アルマラルは伸びをして、玉座を掲げた大広間を見渡す。舞台は初日と同じだが役者は欠ける。
「いーやだ、ね。“偽の王”に仕える義理はない。お前の親父にも言ったはずだ」
「偽の王……?」カスィームは父親を愚弄されたのか、真意が分からず兄に目を向ける。ジゥデルは動揺も見せず、あたかも魔人の言葉を肯定するかのようだった。
「ざっくり言うと、お前たちの父、自称“冷酷王”はただの大宰相で、ハールーンが継ぐまでの繋ぎだったんだよなぁ。ぶっちゃけ王より有能だったが忠実な奴で、王の遺言で“弟分”として指輪を渡すまではしてやった。その後の経緯は知らん。俺はそいつに仕えてないからな」
アルマラルが視線を流すと、ジゥデルは受けて続けた。
「ハールーンの父王は、出奔時に後継となる兄弟はおられなかった。即位時に母后が全員を海に投げ入れたからだ。その影響か母后の摂政をきらい、幼年のハールーンに代わり我が父が『万が一のために身をやつしていた』として王弟を演じた。皇后も懐柔し、反する者には“粛清”を与え、冷酷王として帝国の盤石を築くのに文字通り心血を注いだ。……そして絶頂を迎え、自らの死場所に戦場を選ぶことで玉座を降りた。――王家の血筋と、秘密を守るため」
「父の今際の告白を、俺はハールーンに伝えなかった。俺たち三兄弟がいれば、
「まさか、それが……」カスィームは薄汚れた少女を脳裏に思い出す。
――『誰もない
誰も彼も追い出し今は奴隷の身分もない
市場に巣くう厄介者の
鼠にございます』
その少女が結びつくはずのない、“王の指輪”を嵌めなぜ王宮に現れたか。そもそもをなぜ抜け落ちていたのだろう、とそう考えることすら拒みたい。催眠の証拠などと思いたくない。
「継承に王の血が不要ならば、俺に引き継げ」
ジゥデルはなお魔人に向かって言った。
「引き継げ、なぁ……その言い振りだと解っているようだな。
魔人はうすら笑む。
「王が死なねば新しい契約は結べない。殺さず、三つめを願わせず、お前が
「何なんだ、契約やら代償やらと……ランプは“王家の秘宝”じゃないのか?」
脈々と一子にのみ継がれてきた真実の重い蓋が、地底から魔物に押し上げられてその手が覗く。目を背けたく、目を決して離してはならない、吐き気を催す緊張だった。
「魔人を仕えさせた王は、死後は魔人に仕える。魔人は死に際魂を刈り取って、亡骸とともに地底の迷宮へ連れていく――決して天国には繋がらない、“王墓”へと」
ジゥデルは魔人の血色の眼を見据える。
「アルマラル、お前にシアランの魂は渡さない」
くつくつ、あっはっはと魔人は腹を抱えて嗤いだした。
「面白い……! ああ、本当におもしろいもん見せてくれるぜ、あいつは。虜にした男に魂まで差し出させるとは、願った通りの“愛の搾取”だな。我ながらここまで効くもんか? それともあいつこそ魔性だぜ! 人の血の数珠繋ぎってのは、実に見ものだ」
「俺を王にすれば、もっとおもしろいものを見せてやる。世界の半分は既にある。全てだってくれてやる。人間世界の全部の王を捧げよう」
ジゥデルはそれを証明する冷酷な眼で持ちかける。
「確かにあいつはこれ以上見ててもごろごろしてるだけだろうしなぁ」
ふ、っとアルマラルは笑った。
「だが断る。俺は意外と審美的でな、一つの樹には一つの果実。“王の樹”に吊り下げるのはあいつの首がいい。たかだか数十年のお前らより、俺が永劫愛でてやる」
「アルマラル、お前もか!」
「さあなぁ。ただあいつは初代によく似る。埋めるというならもう終わりにしていい。約束した子々孫々の、最後の王を伴侶に人間世界を見果てよう」
「何を言っている、直系はハールーンの他には亡くなられた王女しか――まさか」
「また愛とやらの犠牲になる前に、」
アルマラルがパチンと指を弾くとジゥデルの手にあったはずの指輪はランプの口先にひっかかる。ガウ、と瞬く間にそれを白獅子が咥えた。ニィと口裂ける魔人は煙に溶け緋の目だけとなってランプの差し口に吸い込まれていく。
「自分の命を願わせる。それで契約は完了だ、体も魂も地の檻から逃さない。あいつは愛しい
たちまち消えると同時にハクシャマルは駆け出した。
「待て!」
ジゥデルとカスィームは血相を変えて追いかける。
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