10. シアラン・ハレム

「シアランじるしのフレーバーコーヒーが大流行だ。王の飲み物“シアラッテ”、卸しのお墨付きにちょいと手数料を頂いて、宝物庫の金貨はザクザクだぜ」


 右からシンドバッドが差し出す冷えた珈琲をストローからちゅうと吸う。


「珈琲を飲む間は勘がいい。三週間足らずで読みを覚えるのは上出来だ。次は書けるようにだな……手を取って教えよう」


 とジゥデルは左から手を握る。


「調教した馬とはいえ初めての騎馬であれだけ駆け足腰立つとは筋がいい。ただ後から強ばらないようケアが大事だ」


 カスィームは跪いて脚をほぐす。



「う〜んやはり溺愛、ちやほやされるの気持ちいいよー。大体王子の手柄なのにすごい褒めてくれる」


 シアランは帝王の間、クッションを敷き詰めた絨毯でくつろぎ、王子達とパラダイスしていた。

 暗黙の了解か三人同時に部屋に入ることは稀だったが、昨日野盗に襲われたとあっていったん悩み駆け引き失恋はおいて、いちゃいちゃを優先することにしたらしい。食事すら代わる代わる「あーん」され、一時も離れないと言っても過言ではない。


「生涯は重いけどひと月なら全然あり〜」


「言われてるぞ、カスィーム。全く、真面目な奴に限って極端に走る」

「全くだ。供も連れないとは驕りが過ぎる。次は折檻じゃ済まさないからな」

「それはよくないよ」

 シアランは足元のカスィームに手を伸ばし顔を挟んで引き上げる。


「カスィームは私のものなんだから勝手に罰を与えちゃ駄目でしょ。この後宮ハレムで、与えるのは誰?」


「陛下……」カスィームは眼差し潤ませ見つめる。「やはり一生お仕えしたい」

「むしろ勝手に傷つけた者を罰するべきじゃない?」

「確かに。驕っていたのは俺たちだな」シンドバッドは参ったというように手を上げ、

「仰せのままに」ジゥデルも慇懃に頭を下げる。


「よーし、くすぐっちゃおう〜〜」


 フフフ、ハハハとここが怠惰の極み、シアラン・ハレムである。



 〜・〜・〜☽〜



「シアラン、ランプは安全に保管しているか」


 退室時に少し声を潜ませカスィームは尋ねてきた。


「うん? ハクシャマルのおもちゃか枕になってるけど」

「それならいいが……」


「アッ 私の中の珈琲タイムが効いている。盗賊のことを気にかけてるのね?」


「不安にさせるほどではないが、引っ掛かる。キャラバンでもないのに襲う数が多過ぎた。君はまだ姿を公にしていないから、狙ったとしても俺だとは思うが」

「それねー、先に矢で知らせてくれるのは親切だったよねぇ。地面に落ちたってことは威力も弱まってたと思うし。都会の盗賊は紳士的なんだなーと思った」

「背後から現れたから王都とは別方向だが、いずれにしろ通例ではないな」

「そっかー、でも帰る時砂埃が一直線に立ってたんだよね。だから王都から来たのかなって思って。砂で足跡は分からないんだけども、隊商はそんなに急がないでしょ?」

「――まさか」


 カスィームは常より更に表情を固くした。


「シアラン、こんなことは言いたくないが、しばらく私室で誰とも――王子とも、二人にならないでほしい」

「は? えっ、王子とって……いやですが? 残り少ないハレム期間を堪能するよ?」

「そのひと月というのは、かっちりとひと月なのか? ――例えば、“魔法”が先に解ける者はいないのか」

「え〜? 確かにそういえば、くらい(※効果は個人差があります)って言ってたような……?」

「王位やランプを狙う動機は各王子にある。杞憂に越したことはないが、ランプだけは守れ。そうでなくても、歴代王が徹底したことだ」

「つまり、ジゥデルとかジゥデルが陰謀を?」

「分からない。優位な状況であえて強引な手段を取る理由もない」

「シンドバッドじゃないでしょ――って、極端(東)に走るとか、彼の発言はまるで一部始終を見ているようだった? でも兄弟的理解の線も……うー、全てがあやしく見えてくるやつ〜」

「もちろん、“兄王”ハールーンが本当に指を咥えたままなのかも分からない」

「そういえば」


 “初日”から姿を見ないが彼はどうしているのか。

 

「でもカスィームが護衛してくれるんでしょう?」

「無論、と言いたいが、俺もあまりランプには近づきたくない。あれは魔性だ。……もし君を手に入れられるなら、というのはあまりに強い誘惑だ」

「そ、そんな……誰が解けたか、って溺愛をそんなダウト要素に使わないでほしいよー、終わってからにして―。なんで? むしろ設定したせい?」

「禁欲月明け……正式な即位を迎えるまでに、というのはあるだろう」

「はぁ〜、ダメだ、面倒……誰が即位しようといいし、もう返そうかな」


 シアランは離脱症状を起こしたかのようにふっと呆けた顔になる。カスィームは姪に言って聞かせる辛抱強さで伝えた。


「シアラン、君は確かに怠惰だが、誰でも心に悪性は飼っている。それをどうするかは……自分次第だ」


 ふぁい、と生返事をしてシアランはおもむろに右手をぐっぱと開いた。ころんと棒付き飴が、手のひらに転がっている。ちゅぱ、と咥えた。


「そうやって出していたのか」カスィームが驚いて凝視する。

「まさか願いに飴を舐めたいと?」

「アルマラル、願いの範疇がよく分からないらしいけど、これはいい解釈違いだよねぇ」


 へへ、とシアランはなぜか照れたように笑い、もう一本を出して差し出した。


「あの……お、お礼? 昨日は助けてくれて、ありがとう」


 受け取るカスィームの腕はがくがくと震え出す。

「シアランから出てきた……シアランでできた? シアランがお礼……お、あ、あ、」

 カスィームは混乱している。


「飾る……舐める……舐める? 一日一舐め……いや飾る……保管……」


 壊れて去っていくさまを、シアランはまんじりと見送った。


「愛ってこわいなぁ」





       〜ふたつめ☾〜


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