第24話 殺人鬼マリアの拷問

 私の名前はマリア・デューラー。ルツェルンの貴族、デューラー家の長女だ。

 マリアとは、苦しみを意味する名前だ。もっとも、母親はそんなつもりで付けたわけじゃないだろうが。きっと、聖母の様に優しい女性になって欲しい、とか願って付けたんだろう。


 私は、己の思想に苦しむ若い女だ。

 私は、人を殺したくて仕方ない。


 衝動だ。支配したい欲求。殺人とは、相手を最も支配する方法の一つであると愚考する。命を支配するのだから。


 私の自己紹介といえば、以下のような感じである。

 傷口、血、死体、終わりを感じさせるものが好きだ。それらが私の笑顔の元になる。


 擬態とか空気を読むとか猫を被るとかが得意なので、真逆そんな人間だとは誰も思わないだろう。両親にも可愛がられていたし、友人もいた。

 素の雰囲気は少し暗めというか、落ち着いている。そして、人の気持ちが分からない。

 親切だけど根は優しくはない。親切は当然のようにするが心が伴っていないのだ。

 かなり思想が特有で、危なげだ。

 私はそんな人間である。


 私の両親は、先日病に倒れて死んだ。親不孝だが、何も感じなかった。ただ、安らかに眠るようには祈った。


 デューラー家は私のモノになった。悲劇はそこから始まる。

 私は興奮していた。この苦しみから解放される日は、今日だ。


「ふはは、ふはははは!」


 今日は雨が降っていた。雷が轟く。


 貴族という立場を最大限に活かし、家に人間を呼ぶ。そして、多彩な方法で拷問し、その末に殺し始めた。


 爪を剥ぎ、指を切り落とし、歯を抜き。鞭打ちし、目玉を抉り、体を熱した鉄棒で焼く。そして、串刺し、嬲り殺し、剣で八つ裂き、鉄の処女で殺していく。


 初めての殺人は、正直緊張した。あぁ、これから禁忌を犯すのだと思うと。それと同時に、酷い興奮を覚えた。私はこれから人を完璧に支配する。人を支配する悦びは、何物にも変え難い。


「な、何故拘束するのです、マリア様。離してください!」

「煩いから黙ってくれないかな」


 私は殺人を犯すという緊張から、ストレスも感じていた。気が立っていて、普段にはない口の悪さだ。


「い、いくよ」

「何故剣を向けるのです!?やめ、やめて下さい、あああああああああ!!!」


 男の腕を刺した。柔らかい肉を裂く感覚が伝わり、骨にぶつかり止まる。夥しい量の血が零れる。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 私の呼吸は無意識のうちに荒くなっていた。

 罰されたらどうしよう?いや、私は名門貴族だ。そんなことは起きない。楯突いた者から殺せばいい。


 男は痛みに悶えていた。傷口から滴る血。自分の荒い呼吸が、次第に興奮材料になった。目の前の光景に、ただ恍惚とする。残虐なことをしているという事実が、心を満たすのだ。


 私は興奮そのまま、男の首に向かって剣を振るった。

 鮮血が舞った。成人男性の首は意外と固い。骨の途中で剣は止まる。


「あ"ー…。はは、あはははははは!」


 人を殺した私は解放感に満ち溢れていた。私を縛るものは何も無い。人を殺したい衝動を満たし、支配したい衝動を満たした。法律でさえ私を縛れない。

 血を浴びた顔を上げ、天を仰ぐ。賛美歌の幻聴が聞こえた。


「安らかに、眠ってね」


 歪な優しさを死体に向ける。私というのは、ずっと歪であった。


 前代未聞の悲劇は、まだ始まったばかりである。


〜〜〜


 シュナは悪意を感じ取っていた。いや、悪意と呼ぶべきか分からない純粋な感情を。


 宗教に入教した者は、シュナは神力で全て把握している。その内の何人もが、行方不明になっているのだ。

 初めは特に何も思わなかった。駆け落ちでもしたのかな、と思っていたのだ。

 しかし、なんだか人数が多い。初めの行方不明から3ヶ月が経った。その人数は50人を超える。


 原因を探った所、ルツェルンの貴族、デューラー家で全員が殺されていることが分かった。


 それも、たった一人の少女が殺していると分かったのだ。

 マリア・デューラー。苦しみの名を冠する少女。

 ちょっと警備隊に掛け合ってみたところ、ここ3ヶ月での行方不明者の数は150人を超えるらしい。つまり、凡そその数の人間がマリアに殺されている。


 私は神妙な面持ちになってしまった。これ、これだけ無辜の民を殺したら地獄行き確定だろな、結構苦しそうだなと思ったのだ。

 信者を救うのも、悪しき者に天罰を与えるのも私の役目。


 私はマリア・デューラーの家に捜索に行くことにしたのだ。


〜〜〜


 デューラー家の広い庭を歩く。異様な臭気が漂っていた。

 なんだか地面がボコボコしている気がする。

 シュナは、少し神力で掘ってみた。すると、死体が出てきた。


「おぉ…」


 思わずそんな声が出た。分かりやすい証拠が出てきたものだ。


 デューラー家の扉を叩く。


「シュナ教の神、シュナですー、お話があって来ました」


 少しすると、ウェーブのかかった長い茶髪の少女が出てきた。


「宗教勧誘ですか?間に合ってます」


 とんだ勘違いである。


「違う違う違う。私の信者が行方不明なんだよね。行先がここだったからさ、調査しに来たの」

「…お帰りください。ここには何もありません」


 しらばっくれるつもりか?


「嘘だぁ。さっき庭掘ったら死体出てきたもん」

「っ!?そこまで分かっているのですね。ならば貴方も殺すしかありません。


 マリアは瞬時に臨時体制をとる。


鉄の処女アイアン・メイデン!」

「おっ」


 空から鉄の処女が降ってきて、私を拘束した。

 殺人鬼マリアは、凡そ100人を殺したあたりで、スキルに目覚めたのだ。それが鉄の処女アイアン・メイデンである。


「え、なにこれ。すご」

「怖くないのですか?もうすぐ貴方は死ぬのですよ?」

「死ぬと思う?やってみなよ」

「黙りなさい」


 私はあくまで余裕の表情である。煽る煽る。


「…閉じろクローズ


 私の体を鉄の処女の針が刺す。痛みはなくしてある。

 体を針が突き刺す奇妙な感覚だけ残った。痛みがなくても気持ち悪い。


「どうです?黙る気にはなりましたか?もっとも、もう話せはなしないでしょうが」

「…うーん、気持ち悪かった」

「!?」


 鉄の処女の中から話しかける。


開けオープン!なぜまだ話せるんですかっ!?」

「神だもん。死なないよ、死のうとしても」


 穴だらけの体で、マリアを見つめる。

 ゾッとした表情で、マリアは剣を持った。

 私は傷を治す。


「肉塊にしてしまえば、変わらないことです!」


 斬りかかってくる。私も亜空間から剣を出し、応戦した。

 私は呑気に、サタナを使わず素の実力で戦っていた。この子の天罰は何にしようかな、と考えているのだ。完璧に舐めている。


「貰ったっ!」

「おっ」


 私の首が飛ぶ。私の体に骨はないので、簡単に飛んだだろう。ちなみに血液も通っていない。神としての特別な体なのだ。

 景色が急落下して、地面を転がる。私は神力で状況を把握した。


「うん、決めた。私がマリアを拷問しよう。そうしたらあの世での罰も減るんじゃないかな」

「何を戯けたことを!」


 のんびりしてたら、右腕も飛ばされた。

 なかなかグロテスクな光景である。


「あーあ…」

「化け物め。成敗してやります」

「ちょっと待ってよ。腕と頭くっつけるから」

「待つか!拘束してくれる」


 待ってくれなかった。のそのそしてる間に、私の体は拘束されてしまった。そのまま室内に運び込まれて、椅子に縛り付けられる。


「あーれー」

「巫山戯ないでください!緊張感の無いやつですね!」


 神になると分かるのだが、どうにも緊張感に欠けるのだ。

 ここでやっと私は動いた。


交代チェンジ

「なっ」


 私とマリアの位置を入れ替えた。神力で生首と右腕を引き寄せて、体にくっつける。


 周りを見ると、色々な拷問器具がある。箱の中に刃が敷き詰められているもの、指を切り落とせるもの、血のついたペンチ。何に使うのか分からないものまである。


 そうして私は、マリアの拷問を始めた。


〜〜〜


「マリア、覚悟してね」


 女は恐ろしい表情で言う。見るだけでゾッとするような、冷たい血が流れていそうな表情だ。


「ひっ。や、やめろ」


 喉から情けない声が出る。息が詰まって、苦しかった。


「今まで何人殺したの?」

「ひゃ、153人。毎日殺し方を日記に書いて、見返してた」

「うわぁ、いっぱい殺しちゃったね。それにすごい趣味だ」


 今日も雷が鳴っていた。壁を叩くような轟音が部屋中に響き渡る。


「じゃあ、始めるよ」

「いやだ、たすけ、助けて誰か!!」

「防音魔法張ってるから意味ないよ」


 爪にペンチがかけられる。マリアはそれを、泣きながら見ていた。


「ご、ごめんなさいごめんなさい、もうしませんから、」


 必死に命乞いをする。自分が痛いのは怖い。形振り構っていられない。


「せーの、」


 しかし無慈悲にも、バキィ、と爪が剥がされる。


「あああああああ!!!」


 自分の声が意識の遠くにあった。目をつぶり、ただ叫ぶ。


「2枚目行くよ、せーの」

「もうやだ、もう、あ"あああああああっ!」


 泣きながら首を振るが、聞いて貰えない。

 そして、雷の音をかき消すほど、喉が張り裂けそうなほどの絶叫。

 いっそ意識を失ってしまえれば楽だと思った。


 暫くして、爪の全てを剥がされたところで、私の反抗心はズタズタになっていた。心が折れていた。想像を絶する痛みだった。


 虚ろな目をして思う。法律でさえ裁くことはなかった私を裁いたのは、神であったのだ。

 なんだか諦めた心地になった。煮るでも焼くでも好きにしたらいいじゃないか。


「はは、ははは…」

「壊れちゃったか。でも、まだまだいくよ」


 次は指を1本1本落とすらしい。私の指にノミを添えて、上にトンカチを当てる。私も何度も人にやってきたから、何をするか分かる。


「はは、はははははは!」


 指が落とされると同時に、笑い声は強くなる。もう可笑しかった。頭も可笑しくなってしまった。


 拷問は、5時間にも渡って行われた。私の体はボロ雑巾のようになり、血だらけだ。


「153人分の痛みは味わえないけど、少しは罪が軽くなったんじゃないかな」


  神はそういう。残酷な神もいたものだと思った。


「そうだ、悪魔に魂を食べてもらおう。そうしたら天界に行かなくて済むよ。じゃあ、署に行こうか。傷は治しとこうね。それから今日の拷問の記憶も消しとこう」


 あぁ、神なんだな、こいつは。と最後に思った。


 気がついたら、私は牢獄の中にいた。死刑判決だった。


 ギロチンが降りる時、悪魔の笑い声が聞こえた気がした。

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