第22話 天使アルマロスによる誘拐②
アルマロスの家に着いた。チャイムを押す。
扉が開く。色素の薄い、彩度の低い美人が出てきた。
「悪魔?何しに来た」
「こんにちは。ここにシュナ様がいるでしょう?」
「…何故知っている?」
アルマロスはアスモデウスを睨んだ。
「神に聞きました。シュナ様を返しなさい」
「嫌だ。彼女は同意の上でここにいる」
「ならば会わせなさい」
「ッチ。面倒臭いな…」
そう言うと、アルマロスはアスモデウスを殴ろうとした。
アスモデウスは簡単にそれを止める。
「それが答えですか」
「あぁそうだ。早く帰りな、クソ悪魔」
「はっ。弱者が何を」
アスモデウスは鼻で笑う。魔王たるアスモデウスからすれば、アルマロスは子犬のようなものであった。
今度はアスモデウスが攻撃する番だ。長い脚でアルマロスの腹を蹴り、アルマロスは後ろに吹っ飛ぶ。
「か、は」
「シュナ様の場所を吐きなさい。そうすれば痛くはしません」
「…油断しただけだよ」
「そうですか。では」
アスモデウスは手に闇魔法を浮かべる。
「
アルマロスが唱えると、アスモデウスの手の
「なにを?小賢しいですね」
「その余裕も、いつまで持つかな」
アスモデウスが瞬きした瞬間、アルマロスが消えた。
(どこに…)
後ろに振り向こうとした瞬間、背中から強い衝撃が走る。アルマロスが殴ったのだ。
「っ、!速いですね」
アスモデウスは直ぐに衝撃の方に殴り掛かるが、既にそこにアルマロスはいない。
「無効化とスピードが取り柄ですか」
「魔法が取り柄の奴は私の能力で無力化できるんだがな。中々お強いようで」
「まぁ、魔王なので」
「通りで」
すると、また視界からアルマロスが消える。しかし、
「見切りました」
瞬速で移動していたアルマロスに、アスモデウスが蹴りをいれる。それをアルマロスはなんとか腕で防ぐ。
「見切った?早すぎる」
アルマロスはボヤく。
そこからは殴り合いの応酬であった。
アルマロスが死角から殴り掛かり、アスモデウスが避ける。アスモデウスが蹴りをいれては、アルマロスが腕で防ぐ。
アルマロスも速いが、アスモデウスの攻撃スピードはそれを上回る程に速い。アルマロスに着実にダメージが蓄積されていった。
「私もまだ成長の余地があったらしいですね。戦いの中で成長出来るとは」
「巫山戯るなよ、シュナは渡さない」
アルマロスは体に傷がつき、髪も呼吸も乱れていた。蹴られた時に、肋骨も折れたらしい。骨が軋み痛む。対するアスモデウスは、多少傷はあれど余裕そうである。
ジリ貧だった。
そこで、アルマロスの技が放たれる。
「
意識の無効化である。アスモデウスを捉えたかと思われるその技は、効果を発せず終わった。
(どこにいるっ!?)
アスモデウスがいない。視認出来なければ効果は発揮できない。探すと、真横から強い衝撃を食らった。
「言ったでしょう、成長したと」
「私のスピードに追いついたと言うのか!?」
衝撃で技が解ける。
息つく間もなく、背中から蹴られる。息が吐き出され、背中からバキッと嫌な音がした。
そのままコンボが決まるように、殴られ蹴られを繰り返し、アルマロスはボコボコにされた。
血だらけで無惨な姿になったアルマロス。意識は既になかった。
「…ふぅ。我が君を探しますかね」
アスモデウスはアルマロスの首根っこを掴み、アルマロスの家に入っていく。とある一室を開いた時、シュナを見つけた。
「我が君っ!」
「アスモデウス!」
シュナはぱあっと顔を明るくし、鎖に繋がれた手を振る。
「痛いところなどありますか!?何をされましたか、こいつに」
「何もされ…あ、指輪嵌められたかな。とってくれる?神力が使えないの」
「畏まりました」
アスモデウスはシュナの手から指輪をとる。シュナは神力が使えるようになったので、手錠と足枷を外した。
「はー、スッキリした。見つけてくれてありがとう、アスモデウス」
「最高神に力を借りました。このアルマロスとかいう者の処遇はどうします?」
「取り敢えずアンさんの所に行こうかな。アンさんに決めてもらおう」
「左様ですか」
シュナは転移門を出し、アンの所へ行った。
「おぉ、シュナ。無事であったか」
「うん、アルマロスの所に監禁されてたんだけどさ。処罰とか、どうしたらいいかな?」
「そうよの。そやつを起こしてからにするかの」
そういうとアンは、アルマロスの頬をペチペチした。
アルマロスが唸って、目を覚ます。
「…私は何を」
「我が君を監禁したでしょう。私が貴方をボコボコにしたのですよ」
アスモデウスが冷ややかな目でアルマロスを見下ろす。
「起きたの。アルマロスの大まかな処遇は、シュナが決めると良い。被害者はシュナじゃ」
アンはそう言う。
「どんな処遇も、受け入れよう」
アルマロスもすっかり反省したのか、小さくなって項垂れていた。
「じゃあさ、執事として一緒に住んじゃう?」
「、は、?」
「ほう」
「我が君ッ!?」
断罪のその時を待つアルマロス。項垂れるその頭に掛けられた言葉は、真逆同棲の誘いであった。
「一緒に住んじゃえばさ、誘拐なんてしなくてもいいでしょ?確かに誘拐される時は怖かったけど…。でも、私アルマロスにお世話になってるしさ、結構好きなんだよね、君のこと!」
「そんな単純な話じゃないでしょう!!一緒に暮らしたらどんな害があるか分かりませんよ!?」
アスモデウスは絶叫する。
「でも、別で暮らしててまた監禁されても不便じゃん。だったら初めから一緒に暮らした方が安全じゃない?楽しそうだし!」
アルマロスは絶句した。狂っている。端的に言って頭が可笑しい。正直そう思った。誘拐した相手にそんな慈悲をかけられるものか。慈悲の女神は、狂気を孕んだ目でこちらを見つめる。
そして、それに喜び興奮している己もまた狂っていると思った。
「天界の私の家に、分身が住んでるからさ。彼女達、もとい私と住みなよ」
「シュナは変わっておるの…」
「それで、天界の私のお世話して。天界にも執事欲しいなって、思ってたんだよね」
「…御心のままに。謹んで受けよう」
「我が君…」
アスモデウスはショックを受けた。このような者がシュナの世話をする?有り得ない。自分と、シュナのお気に入りのメアリーにしか許されない特別な仕事だと思っていたのに。第一、そんなものと自分が執事として同列になるなんて有り得ない。
「我が君。そいつを執事にするくらいなら、私はそいつを殺します。そいつが、分身とは言え我が君の身の回りの世話をするなんて耐えられません」
「えっ!?」
「まぁ、そうなるよな」
「え、えぇ〜困るんだけど、アスモデウス」
シュナは本当に困ってしまった。
「えぇ、でもアスモデウスが代わりになる訳にはいかないでしょ?私が決める処遇だよ。」
「助けたのは私です」
「えぇ〜困らせないでよアスモデウス…じゃあ、そうだ。アルマロスに私の分も働いてもらうのはどう?そうしたら私の分身もいらなくなるし」
「そもそも今まで通り自分で自分の世話したらいいじゃろう」
「…まぁね」
シュナは目を逸らした。
「…もういいです。我が君を困らせるのは申し訳ないですし。私が我慢します、執事にでもなんでもなればいいです」
アスモデウスは堪忍した。本当に我慢した。
「あ、ほんと!?良かった〜」
「いやいやいや、良いのかシュナ。私なんかで」
シュナはアルマロスの方に向き直る。
「いいんだよ。私、アルマロスの事結構好きだよ?ルームシェア出来るくらい!ってことで、これから私の分身の世話、宜しくね!」
「私も時々我が君の天界の家を見に行きます。可笑しな事をしていたらすぐ殺しますからね。いいですか?アルマロス」
「分かったよ。もう金輪際変なことはしないと誓おう」
「全く、我が君は危機感が足りません。私がしっかりしないと…」
密かに心に誓うアスモデウスであった。
「そうじゃ、契約すればよい。アルマロスはシュナに危害を加えない、と」
「あぁ確かにな。信用なんてないだろうし」
「そんな手があるんだ」
という事で、書面契約をすることにした。紙に、"アルマロスはシュナに危害を加えないと誓う"と書き、署名をする。
「これによりアルマロスがシュナに危害を加えることは出来なくなったぞ。アスモデウスも、安心するとよい」
「えぇ、安心しました。処遇が甘すぎるとは思いますが」
「それは我もそう思う。いっそクビにでもするかの?」
アルマロスが弾かれたように顔を上げる。
「執事の仕事に専念できるからいいかもね」
「それから、アルマロスに堕天使の烙印を押そうぞ」
「堕天、使…」
アルマロスは絶望したような表情になった。
「天界から追放してしまうとシュナの世話が出来ないからの。そこは堪忍してやるわい」
「寛大な心に、感謝する…」
「それくらい当然ですね。アルマロス、私は許したわけじゃありませんから。」
アスモデウスはアルマロスを睨む。
「分かっている。シュナも、すまなかった」
「私はいいよ〜。次は起きないわけだし」
「とにかく、時々我が君達の家を見に行きます。姑の様に仕事に文句を言いに行きますから」
「そうか。文句の付け所のないくらい綺麗にして待っているよ」
「期待しないでおきましょう」
アスモデウスも、そこまで言って溜飲が下がったのであった。
かくして、アルマロスによる誘拐事件は収束を見せたのであった。
後日、天界のシュナ宅にて。その日はアスモデウスが来ていた。
「ここ、ほこりが残っています。ちゃんと掃除したのでしょうね?」
「した、したよ!後でやり直そう。そうだ、今ロールケーキが出来上がるから、待っているといい」
「そうですか。お茶飲んで待ってます」
なんだかんだ、アスモデウスとアルマロスは姑と嫁のような立場で仲が良く…はなってないが、穏やかな関係となったのだった。
それにはシュナもにっこりである。
シュナは生活が楽になり、アルマロスも意中の相手とルームシェアが出来て幸せなのであった。
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