第21話 天使アルマロスによる誘拐①

 天界にいるシュナ、若しくはシュナの分身は真面目に仕事をしていた。

 半分強制的に従事した神としての仕事だが、シュナはやり甲斐を感じていた。沢山の人の為になる、高尚な仕事だ。


 そんなシュナの横顔に、見蕩れる者が1人。天使アルマロスである。

 アルマロスは、中性的な容貌を持つ美形。性別は無い。ローズグレイのウェーブのかかった、肩につくくらいの髪。オールドローズ色の眼。基本的に静かで、彩度の低いカラーリングも相まってミステリアスな雰囲気だ。


 アルマロスは、真面目で仕事にひたむきなシュナの様子も、その容姿も好きだった。その眩い銀髪も、まろくピンクに染まる頬も、高貴なロイヤルブルーの瞳も。一息つくその桜色の唇が、色っぽくて体が熱くなった。


 つまるところシュナは、普段冷静なアルマロスの正気を奪ってしまったのだ。


(貴方を私だけのものにしたら…それはどれ程甘美なことだろうか)


 一人妖しく、恍惚とした表情をするアルマロス。いっそ誘拐して閉じ込めて仕舞えば。しかし、いや、駄目だと冷静な部分が咎める。


 シュナを閉じ込めたい。その衝動を抑える為に、監禁部屋の用意をした。多少行動に移してしまえば、燻る炎も収まりを見せるかと思ったのだ。

 監禁さえしなければ問題ない。そう思いながら、ギリギリの所で均衡を保つ理性。

 しかし、水が山に染み渡るように、その恋心の様なドス黒い感情は、確実にアルマロスの心を蝕むのであった。


 そんなアルマロスこと私の心を決壊させたのは、シュナの方だった。

 現世のパトロールのペアになることが多い2人。

 空は、今にも雨が降り出しそうであった。

 パトロール中不意に、シュナは言ったのだ。


「アルマロスの目って、綺麗だね。オールドローズって言うの?森の奥の薔薇みたいな色で、可愛い。私ピンク色好きなの」


 私の目を見ながら、微笑むシュナ。心に何本もの矢が刺さった気がした。鼓動が速い。顔が熱い。


「ヒュッ、あり、がとう」


 なんとかそう言うのが精一杯だった。胸が苦しい。彼女の褒めてくれた、オールドローズの瞳孔が開ききっているだろう。

 鼓動が耳元で聞こえた。苦しさに耐えかねて胸を抑えて蹲る。

 雨がぽつぽつ、と降り出した。

 振り返ったシュナが不思議そうに首を傾げる。


「?どうしたの?体調悪い?」

「すまない、少し待ってくれ」

「うん?いいよ」


 もう我慢ならなかった。


「ごめん、シュナ」

「ん?何が…キャアッ!」


 シュナの体をいとも簡単に押さえ込み、拘束するアルマロス。

 興奮で胸が張り裂けそうだった。脳内麻薬がドパドパと出ていた。


(好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き…)


 雨は直ぐに強くなった。

 アルマロスの心が決壊するのと同時に。

 シュナは素の力は弱い。武道にも疎いので、拘束は簡単であった。ただの非力な少女なのだ。

 猿轡を付けて、羽で隠したシュナを抱えて天界の自室に移動する。

 用意していた監禁部屋が役に立つのであった。


「んー!んー!」

「ごめんねシュナ…すぐ猿轡外すから」

「んー、ぱっ、ちょ、どうしたのアルマロス!」

「好きだよ、シュナ。私の部屋で一生を過ごそう」

「???」


 シュナは恐怖と不可解が綯い交ぜになった表情でアルマロスを見上げる。アルマロスにはその瞳すらキラキラして見えた。


 そうして、シュナとアルマロスの監禁生活は幕を開けたのであった。


〜〜〜

 ちょっと様子がおかしいなとは思っていた。蹲る前のアルマロスの瞳孔は開ききっていて、耳は真っ赤だ。熱でもある様な様子だった。


 ごめん、と謝られた時は何の事かちんぷんかんぷんであった。が、その意味は直ぐに分かる。


「キャアッ!」


 シュナは突然地面に押さえつけられ、両手を後ろで拘束される。猿轡を咥えさせられ、声が出せない。

 なんと言っても、神力が使えなかった。アルマロスを失神させようとしたり、サタナに話しかけたり、自分の力を増大させようとしても、何も起きない。

 酷く混乱して、恐怖が胸を埋めつくした。体が恐怖で硬直する。

 一筋涙が零れ、アルマロスの方に首だけ向く。そして見た事を後悔した。

 獣の様にギラついた、理性の感じられない瞳。酷く歪な笑み。興奮している激しい呼吸。

 アルマロスのこんな表情、見た事なかった。いつも冷静沈着で、物静かなアルマロスしか知らない。まるで別人の様であった。

 恐怖は増すばかりである。


 そのまま啜り泣きながら、アルマロスの部屋に移動させられる。私、何されちゃうんだろう。アスモデウス達、気付いてくれるかな。


 両手両足を拘束された後、猿轡を外され、疑問に思ったことを口にする。


「魔法使えなかったんだけど、私に何かしたの」

「あぁ。うん、私の能力は、能力の無効化なんだ。それから、これも付けててね」


 左手の薬指に、ロードライトガーネットの宝石が埋まった銀色の指輪を嵌められた。まるでプロポーズの様に、膝をついて慇懃に指輪を嵌められる。

 サイズがピッタリなのが怖かった。いつの間に測ったのだろう。


「私の能力を結晶化した指輪。両手拘束してるから外せないと思うけど、外さないでね」

「…」


 不気味なものを見る目でアルマロスを見る。これで神力は使えなくなってしまった。


 そうして、シュナの人生初めての監禁生活が幕を開けた。


 ご飯は、アルマロスが作ってくれた。しかし何が入ってるか分からないものを、簡単に食べる気にはなれなかった。神力が使えぬ今、シュナの毒耐性は人並みなのだ。それに、気分的に嫌なものが入っていたら食べたくない。


「そう不安がらなくても、何も入ってないよ。大切なシュナにそんなことする訳ないでしょ。ほら、口を開けて」


 まぁ、何とかなるか。シュナは時間が経って落ち着いていた。正常性バイアスかもしれない。

 大人しく口を開ける。別に食べなくても生きていけるのだが、食事がないのは寂しいのだ。


「ご馳走様。美味しかった、よ」

「そうか。それは良かった」


 ハイライトの入っていない濁った目で、微笑むアルマロス。

 シュナは少し諦めた面持ちで、目を逸らすのであった。


〜〜〜

 アスモデウスは1人思案する。

 可笑しい。天界に仕事に行ってから、我が君シュナが帰って来ない。

 シュナが出かけてから4日が経っていた。連勤や夜勤だろうか、初めはそう思ったがどうにも様子が可笑しい。そもそもそんな話、シュナから聞いていない。

 アスモデウスは落ち着きのない様子で、リビングを行ったり来たりしていた。


「シュナ様、遅いですわね」

「いつもは一日で帰ってくんのにな」

「そうですね。天界で何かあったのでしょうか?」

「うむ…異常と言える」


 アスモデウスは気が気じゃなかった。こうしている間にも、我が君が危険にさらされていたら?自分より強い神のシュナの事だ、死んでも死なないのは分かっているが。


「私、天界に乗り込んできます」

「そうなの?まぁ確かに心配ですものね」

「一人で行くのです?」

「ちょっとオハナシに行くだけだろ?人数要らねぇよ」

「我ら4人よりアスモデウスは強い。問題ないだろう」

「いってらっしゃい」


 ということでアスモデウスは天界に乗り込んだ。天界は雲の上の方にある。天界に乗り込むのは、空が飛べるアスモデウスにはそう難しくもない話であった。


 遊空殿へと向かうアスモデウス。その横顔には、不安と焦りが見えた。


(どうか無事であってください…!)


 遊空殿に着いた。

 入口の天使に行く手を阻まれる。


「悪魔か!!何しに来た!!」

「我が君、シュナ様が天界に行ったきり帰ってこないんです。神に会わせて下さい」

「シュナ様?あぁ、神の一柱か。仕方ない、特別だぞ」

「ありがとうございます」


 天使は寛容で話が分かる者だった。アスモデウスの態度が良かったからだろう。


 走って奥の部屋に向かう。1番奥の部屋に、ノックをして入った。


「失礼します!!」

「おぉ、何者じゃそなた。何しに来た」


 出迎えたのはアンだ。天空の神にして、創造神であり最高神である。性別不詳、年齢不詳のお兄さんだ。


「アスモデウスと申します。我が君、シュナ様が帰ってきません。何か知っていることはありませんか?」


 アスモデウスは早口に捲し立てる。


「なに、シュナが?仕事に空きはないようじゃがの」


 実はアルマロス、シュナの分も働いている。欠席で監禁がバレたら困るからだ。シュナは元々出勤日数が少ないので、アルマロスの手でも十分足りたのだ。

 アルマロスも、出勤日はそれ程多くない。ので、無理せず仕事をこなしていた。


「いつもは一日で帰ってくるのに、もう4日も帰ってきてないのです」

「分かった、神力で調べてみよう」


 そういうとアンは、顎に手を当てて目をつぶった。アンの能力の一つに、部下の居場所が分かるというものがあるのだ。


「…ふむ。アルマロスの部屋にシュナの気配があるの」

「どこですか、それは」

「ちょいと待て。えーと…ここじゃ。地図のここ」


 アンは地図を出すとアルマロスの家を指した。


「覚えました。乗り込みますが、構いませんね?」

「うむ、恐らく先に手を出したのはこやつじゃからの。我は不干渉としよう」

「ありがとうございます、失礼しました」


 アスモデウスは足早に去り、アルマロスの家を目指した。


 

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