第17話 メアリー・マカロンの孤独①

 メアリー・マカロンは孤独であった。幼い時に両親は亡くなり、友達と呼べる人もいない。ハイスクール生になってから親戚の仕送りとバイトの収入を元に一人暮らしをし、現在20歳。

 孤独を埋めるようにホストに走り、高額な出費を賄う為に職はメイドカフェとキャバクラに変えた。

 すっかり夜の街の住人である。


 仕事を終え、狭い家に帰っても1人。


 天井を見上げながら、メアリーは考える。

 孤独で、新しいもののない停滞した人生は死にたくなる。景色の変わらない灰色の、若しくは真っ暗なトンネルを延々と歩かされるような退屈感、それを強要される絶望。変化のない変わり映えのしない生活ほど退屈でつまらなくて死にたくなるものはない。

 人との付き合いとはトンネルを美術館にするような力をもっている。見るものがある、彩りがある。素敵な事だ。トンネルの壁に絵が貼られるようなことだ。

 例えば退屈なゲームをループで遊ぶことを強要されるような。そんな生活であった。


 身を切り裂くような孤独。救済は無い。この沼の底から上を見上げるばかりである。


 メアリーは今日も、孤独を埋めるためにホストに来たのである。

 ホストの彼きゅんと話すメアリー。


「だから、彼きゅんに付き合って欲しいんです!」

「えぇ、メアリーはもう俺の姫だもん。これ以上の立場はないよ」

「1人は寂しいのです!分かってくれないです?」


 メアリーはせめて理解して欲しかった。その寂しさを。辛さを。しかし。


「分かんないよ。俺1人じゃないもん。メアリーがいるから」


 上手く地雷原を避けたかと思われたその台詞は、メアリーの地雷をぶち抜いた。あぁ、彼きゅんは私の孤独を分かってくれない。


「なんで分かってくれないのです!もう!彼きゅんなんて知らないのです!!」


 メアリーは彼きゅんをビンタした。完全に勢いに乗ってやってしまった。


「あっ…」


 一気に冷静になり、体から血の気が引いた。冷や汗をかくメアリー。

 案の定、彼きゅんは激怒する。


「は?お前顔が売りの俺になんてことしてくれてんの!?」

「ご、ごめんなさいなのです!」

「もうお前なんて知らねぇ!俺の姫じゃねぇ!」


 周りのスタッフが何事かと見に来る。メアリーはいたたまれなくて、急いで会計をして逃げるように店を出た。もうここにはこれない。


(ばかばか、私馬鹿なのです!これじゃ寂しい思いが増えるばかりなのです)


 メアリーの孤独は一層深まるばかりであった。


 しかし、運命の出会いとは、突然であった。


 その日もメアリーは死んだ目で愛を振りまいていた。メイドカフェでの話である。


 そこで出会った銀髪の天使。正確には神であるのだが、とても可愛らしい顔をしていた。一目惚れだった。彼女の周りもキラキラして見えた。


 入店と同時に対応しようとする店員を押し退け、花のような可愛い笑顔で対応する。


「お帰りなさいませ♡お嬢様♡」


 銀髪の天使はぱぁっと顔を明るくし、


「1人です」


 と指を1本立てて言うのである。その笑顔の可愛さと言ったら。

 それまでの陰鬱とした気分が晴れるようであった。こちらが元気とパワーを貰ってしまっている。


「メニューはこちらになりますです♡」


 とりあえず、メニューを置いて裏に戻るのであった。


〜〜〜

 シュナは何を頼もうか迷っていた。恋のメラメラトマトオムライス、ドキドキスパイスカレー。どれも美味しそうである。よし、決めた!

〜〜〜


「ご注文はお決まりですか?」

「ハートケチャップオムライス下さい。それからこの…ラブラブずっきゅんオレンジジュース1つ」

「かしこまりましたっ」


 注文をとり、ニコニコ顔でキッチンに行く。

 そして出来た注文を受け取り、ケチャップをかける。


「ケチャップをかけさせてもらうのです!」

「お願いします!」

「それ…あっ!」


 ケチャップが跳ねた。シュナの服に。


「ご、ごめんなさいなのです!ケチャップがジャジャーンしちゃったのです」

「あはは、大丈夫!服にも付いてないし」

「え、?でも今服に…あれ?付いてないのです」


 シュナは寛容で大人だった。ケチャップが付いた瞬間神力で消し去ったのだ。


「だから、お気になさらず!それより、おまじないかけてくれるんでしょ?」

「そ、そうなのです!行きますですよ〜、もえもえきゅん♡」

「きゃー可愛い!」


 それに気付かなかったメアリーは、少しオロオロしながらも、もえもえきゅんを披露した。

 シュナは、メアリーの周りにハートが見えた気がした。


「お嬢様も、一緒にきゅんを注入してくださいです!」

「はい!もえもえきゅん!」

「ぐっ…可愛いです…!攻撃力9999ですっ…!」


 メアリーが胸を押さえる。高火力のもえもえきゅんだった。メアリーの時以上に、シュナの周りにはハートが飛んでいた。


「ごゆっくりどうぞ〜!」

「ありがとうございます」


 メアリーは居なくなる直前、シュナの手にカサっとメモ用紙を渡した。


(ん?何これ?)


内容は…。


〜〜〜


 シュナこと私は、メイドカフェにてとあることに悩んでいた。


(どうしよう、店員さんの見た目が好み過ぎる!!友達になりたい!!)


 端的に言って有害客であった。


 可愛いピンクのツインテール。ピンクのリボンの髪留め。くるりと上がった睫毛。パッチリのピンクのお目目。フリフリのメイド服。短いスカート。メアリーちゃんの全部が癖だった。


(あー、メアリーちゃんと連絡先交換出来たらな)


 もえもえきゅんを披露してもらいながら、そんな事を考える。


 メアリーちゃんは去る直前、私の手に可愛いメモ用紙を渡して行った。なんだろう?


 内容は…


 なんと、メアリーちゃんの連絡先であった。


(え、!嘘!これアリってこと!?)


 内心めちゃくちゃ喜んだ。あまり表には出さなかったが。


 こうして2人は友達となったのであった。

〜〜〜


 メアリーは、


(やっちゃったのです!やっちゃったのです!)


 と一人興奮していた。シュナに連絡先を渡したのだ。相思相愛だといいのだが、とメアリーは要らぬ心配をする。


 お客様との個人的な連絡先の交換は規則で禁じられている。が、バレなければどうって事ない。


(本当は駄目なのですけどね!)


 メアリーはシュナの可愛さに耐えかねて規則を破ってしまったのであった。


 その日の仕事終わり、メアリーはメールが来てることに気がついた。


"fromシュナ

メアリーちゃん、連絡先教えてくれてありがとう!私は今日メイドカフェに来た銀髪の女の子の、シュナだよ!またメイドカフェ行くね!

それから、良かったら一緒に遊べないかな?日付はいつでもいいよ!

toメアリーちゃん"


 と連絡が入っていた。


「やった!相思相愛なのです!」


 メアリーは思わず声に出して叫んだ。

 早速返事を打つ。


"fromメアリー

連絡ありがとうなのです!明日すぐにでも遊べるのです!11:00に中央公園集合はいかがなのです?

toシュナ様"


 と返信をする。少ししたら返事が来て、了承とのことだった。


(やったなのです、天使ちゃんと友達になれたのです!)


 メアリーの孤独は少しばかり癒されていた。そして、自分を救ってくれるシュナは正しく天の使いなのだと確信を持っていた。


 ルンルン気分で家に帰る。見飽きた景色が、なんだか煌めいて見えた。彩度が高く、空も綺麗に見えたのだった。


 その日はスペシャルケアを沢山した。ヘアマスクもしたし、パックもした。スクラブも体に使った。いつも以上にピカピカつやつやな状態で、メアリーは寝たのであった。

〜〜〜


 メアリーちゃんと遊ぶ約束をするシュナ。シュナは大興奮であった。


(あんなに可愛い子と一緒に遊べる!!)


 携帯を持ちながら布団の上で足をバタバタさせる。

 お風呂に入る時も、


(メアリーちゃんと遊ぶの楽しみ!)


 とメアリーちゃんの事を考える。寝る前も


(明日は可愛い服着てこう!楽しみだなぁ)


 とメアリーの事で頭がいっぱいだった。


「シュナ様、なんだか楽しそうですわ」

「パイモン!分かる〜?明日友達と遊ぶんだ」

「それは良かったですわね!楽しんでいってらっしゃいませ」


 なんて話もした。パイモンは私の幸せを喜んでくれていた。優しいことであった。


 その日は興奮で寝れそうになかったので、神力で無理矢理意識を落として眠りについたのであった。


〜〜〜


 次の日、シュナは目いっぱいのオシャレをした。髪をひとつの三つ編みに纏め、ゴールドの蝶とパールのついた髪留めをした。

 水色のフリフリのトップスは、襟は白くてしっかりしていて、胸元に黒のリボンが付いている。それに白い短めのスカートを合わせれば、お姫様みたいな格好になった。

 靴も白いヒールで合わせ、バックも白色にした。統一感のあるコーデになったと思う。


 鏡を見て、ひとつ頷く。うん、可愛い。


「それじゃ、いってきまーす」

「行ってらっしゃいませ、我が君」


 アスモデウスが見送りをしてくれる。

 よく晴れた空の元、明るい気持ちで中央公園に行ったのであった。

〜〜〜


 メアリー宅。

 メアリーはというと、ピンク色のチュールのワンピースを着ていた。胸元に大きなリボンが付いているものだ。白いバックを持ち、グレーのヒールを履いた。ゆめかわな格好だ。


 髪はピンクのツインテールを緩く巻き、いつもの大きなリボンをつける。今日も可愛く仕上がった。甘すぎない甘い匂いの香水を振り、鏡をみて最終チェックをする。


(うん、大丈夫なのです。)


「行ってきますなのです」


 誰もいない部屋に一言声をかけ、中央公園に向かった。

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