第8話 アスモデウス編
「朝です、我が君。起きてください」
「ふわ…朝か。おはようアスモデウス」
「はい、おはようございます」
アスモデウスの朝は、シュナを起こすところから始まる。ご飯当番の日は、それより前に起きて朝食を作っておく。
そして寝惚けているシュナの着替えを手伝い、寝起きの紅茶を一杯淹れるのだ。
寝起きのふわふわしたシュナを最初に拝めるこの仕事が、アスモデウスは大好きであった。毎朝幸せを噛み締め、喜んでいる。
もっとも、シュナに出会う前。魔界で過ごしていた頃はこれ程穏やかで満ち足りた生活はしていなかったが。
魔界に居た頃は、戦いに明け暮れる日々であった。特に、オリエンス、パイモン、アメイモン、アリトンと戦い勝利したことは記憶に深く刻まれている。激しい戦いであった。
オリエンス、パイモン、アメイモン、アリトンの4人は魔界では四天王と呼ばれる者達であった。
強力な青い火魔法を扱うオリエンス。音魔法の魅了で正気を奪うパイモン。地魔法で足場を崩したり、生き埋めにしたりするアメイモン。津波のような水魔法で相手を溺死させるアリトン。
どれも強力であったが、アスモデウスの持つ闇魔法のスキル"破壊者"の前には無力であった。攻撃の殆どを塵と化す、アスモデウスの得意魔法である。
またアスモデウス自身の身体能力の高さ、攻撃力の高さも相まって、アスモデウスは魔界最強であった。
四天王とアスモデウスの戦いの時。
「
オリエンの蒼い火炎。
「
パイモンの魅了する超音波。相手に精神的苦痛を与え、意思が弱いものは自害してしまう。
「
アメイモンの山の様に大きな土石流。
「
アリトンの黒い大津波。
しかしその殆どが、アスモデウスには届かなかった。
「
アスモデウスの極大の
攻撃を乗り越えてきた
「ぐあぁっ!」
「キャアアアア!!」
「ぐっ…」
「あああぁっ」
「くっ…苦しい…」
しかしアスモデウスも無事ではなかった。
だが、アスモデウスの強い耐性によって、時間が経てば苦痛は引いていった。
そこに立っていたのはアスモデウスのみであった。4人は痛みのあまり叫びながら蹲ることしか出来ない。
アスモデウスは息をつき、4人に語りかける。
「私の配下となるのであれば、それを解いて差し上げましょう」
「配下にでもなんにでもなるっ!解いてくれ…!」
「痛い…早く解いて!」
「負けを、認めよう」
「配下になります、なりますから…!」
「では、解きましょう」
そういうと、アスモデウスは4人にかかっていた
アスモデウスも膝をつく。辛勝であった。そうして、1人の魔王とその配下の四天王、という立ち位置が決まったのであった。
四天王以外との戦闘と言えば、蹂躙であった。その圧倒的な強さを誇るアスモデウスの前に敵はいなかったのだ。
情けなくも泣きながら逃げ惑う魔界の野良悪魔。アスモデウスはその後ろからゆっくり歩いて近付いた。
「さぁ、逃げて見せなさい。動かない獲物はつまらないです」
そう言うと、悪魔の近くに闇魔法を放つ。
それから逃げるため、悪魔は走り出す。逃げる悪魔の背中に、何発もの闇魔法を撃つ。
ドサッ。
ダメージを受け倒れてしまう悪魔。痛みのあまり悶え苦しんでいる。
「も、もう、やめてくれ…!」
悪魔に近づき、腕に手を添える。
「よく見ていて下さい、貴方の腕が折れる所を」
「や、やめ、ギャアアアアア!」
アスモデウスは容赦なく腕を折る。悪魔の叫び声が甘美であった。
「そろそろですかね」
心が完全に折れ、絶望に染まりきった頃を見計らってアスモデウスは悪魔を殺した。アスモデウスもとい悪魔は、悲しみや絶望といった感情に染まった魂が大好きなのだ。料理の焼き加減を見るかのように、絶望の度合いを測る。
「あぁ、とても美味です」
悪魔の魂を食べながら、アスモデウスは言う。
アスモデウスの魔界での日常は、こんな感じであった。野良の悪魔を蹂躙し、その魂を食べる。強い者がいたら配下に誘う。
いつしかアスモデウスは、名も無き魔王としてその容姿が魔界で有名になっていた。
長い黒髪、赤い目。すらっとした長躯。執事の格好。
その格好は、まるで己より強い仕えるに相応しい相手を探しているようにも見えた。
「魔界は私のものです」
当時は名も無かった魔王。魔界を掌握していたのは、間違いなくアスモデウスであった。
しかし。アスモデウスはシュナと戦い負けた。シュナの太陽のような聖魔法を見た時、その聖魔法に負けた時。この世界、魔界は彼女のものなのだと、アスモデウスは分かったのだ。
他の悪魔達をシュナの元に呼ぶ時、アスモデウスは言う。
「喜びなさい、お前達。新しい主様ができましたよ」
やっと見つけた、仕えるに相応しい相手。
それからはシュナに仕える従順な執事として傍に居る。
シュナの元に降る際、いくつか約束事をした。
「まず、無許可に人間を殺さないでね。魔界に行って悪魔を殺すのは自由だけど。」
それは分かる。シュナは恐らく人間だ。(実際は神なので人間とは少し違うが。)人間を殺さないようにするというのは、人間界のマナーだろう。
魔界で好き勝手出来るのであれば、人間界での我慢は問題ない。
「それから、仲間同士では仲良くしてね。」
問題が起こったのはこれである。それはとある事件が発端となった。
シュナに仕える際、何かと力になりたいと言ったオリエンス。現在シュナの為になると言ったら、家事や執事の仕事をこなすことである。
ということで、オリエンスも執事の仕事をやってみる事にしたのだ。
が、豪快な男オリエンス。端的に言えば失敗したのである。アスモデウスが見張っている横で。
シュナの為に紅茶を淹れる際、勢い余って跳ねさせたのだ。それもシュナの可愛い服に。
「「「あっ」」」
「い、いいい今のはアスモデウスが押したんです!!」
「はぁぁ!?貴方が自分でやったんでしょう!!私のせいにしないで下さい!!シュナ様も、騙されないでください!」
言い訳をするオリエンスと、必死に濡れ衣を着せられまいとするアスモデウス。
シュナは正直どっちでも良かった。これくらい神力でどうにかなるので。
「どっちでもいいよ…。まぁ、2人ともありがとう」
ちょっと諦めたかの様に言うシュナの様子に、アスモデウスは雷に打たれたかのようなショックを受けたのだ。
「〜〜っ!シュナ様!!本当です、私はなにもしていません!」
「分かった分かった。これくらい魔法でなんとかなるからさ。気にしないで」
「すみません、シュナ様…」
「オリエンスもいいよ。次は零さないようにね」
涙目で弁明するアスモデウス。シュナは苦笑した。
そして神力で紅茶のシミを消した。アスモデウスとオリエンスは安心してほっと息を吐いたのであった。
それからというもの、アスモデウスとオリエンスは若干ギスギスしているのだ。シュナの言う、仲間同士は仲良くする、が達成できていないのである。
本来は先に濡れ衣を着せようとしたオリエンスが何かしらの行動を起こすべきである。
しかし、待てど暮らせどオリエンスは行動を起こさない。アスモデウスが上司である手前、どう出たらいいのか分からないのだ。謝らずにいると、尚更謝りづらくなる。
アスモデウスにも、シュナに怒られたり嫌われたりするかもしれない恐怖は分かる。オリエンスを何も無しに許す気にはなれないが、その気持ちが分からないわけでもないのであった。
よって、ここは上司のアスモデウスが一肌脱いであげることにした。
「ん"、んん。オリエンスさん。シュナ様の為に、一緒に服を買いに行きませんか?」
「えっ!?服、か。いいぜ。」
突然話しかけられて戸惑うオリエンス。返事は承諾である。
ということで、2人はシュナの為に一緒に服を買いに行くことにした。
行先は、シュナのお気に入りのお店、Melty Fonduoである。シュナのお買い物について行った事があるアスモデウス発案だ。
早速服を吟味する。
「これとか似合いそうだな!」
「いいですね」
実に色々な服があった。薄ピンクに肩に白いレースの付いたワンピース。袖がふわふわした白いブラウスと、エプロンのような形の黒いワンピースのセット。小さい白のリボンが疎らにあしらわれた水色のトップス。どれもシュナに似合いそうである。
結局その4着を買った。
「代金は貴方が払うように。別に私が払っても構わないのですが…どうして今日呼んだのかは分かっているでしょう?」
「うっ…その節は…すみませんでした…」
オリエンスはやっと謝ることが出来た。
因みにアスモデウスはお金持ちである。昔召喚された際に、報酬として多量のお金や宝石を貰ったのだ。
悪魔は報酬がない場合暴虐の限りを尽くすので、悪魔には多量の報酬が鉄則なのである。
「…いいですよ。私も鬼ではありません。シュナ様に償いが出来ればそれでいいです」
「ありがとうございます…すみませんでした」
アスモデウスはオリエンスを許した。オリエンスも、1度謝ってしまえば素直に謝ることが出来た。
こうして無事に二人の仲は縒りを戻し、シュナからの約束"仲間同士仲良くする"は達成出来たのであった。
帰ってから、2人はシュナに買った服を渡した。
「え、これ2人が!?嬉しい〜!ありがとう、沢山着るね!」
「喜んでもらえて何よりです。こっちはオリエンスが選んだのですよ」
「そうだぜ!この間は紅茶跳ねさせて悪かったよ」
「あぁ、その件ほんとに気にしてないからいいよ!2人とも、ありがとう!」
にぱっ、と明るい笑顔でシュナは感謝を告げた。 シュナも2人にプレゼントを貰えて、とても嬉しいのであった。
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