4話 ブリクストン街事件ー1

 俺とシャーロックはレストレード警備隊長に連れられ馬車でブリクストンの街へと向かっていた。どうやらこの世界では街と街の間に断絶が存在しそれらを繋ぐものはこのろくに整備もされていない馬車道だけらしい。


「魔獣のせいさ。攻撃魔法の使えない一般人じゃすぐに魔獣に殺されてしまう。だからこそギルドがあり冒険者がいて街の移動の護衛任務などというものがあるし、街は基本的に防壁を築いているのだよ」


「なるほどねえ……」


 俺が納得してうんうんとうなずいていると前に座っていたレストレード隊長が補足するようにこう付け足す。


「もちろん何の防衛もしていない村落もある。そういう場所は魔獣がいなかったり出ても弱い者しかいない場所なんだ」


 言い終わるとレストレード隊長は少し得意げな顔をしてシャーロックの方を見やった。


「だからと言ったんだよ? どうやらレストレード君は人の話を聞くのが苦手らしい。だからボクが喋っているのに上からかぶせてくるのだろうね」


「ぐぬぬっ」


 ああ、なんとなくこの二人の関係性が分かったぞ。突っかかっていっては返り討ちにされる感じ、トムとジェリーだ。妙に既視感があった理由が判明してスッキリした。


 ふとそんなことを考えていると突然馬車の扉がガっと開く。そこにいたのは銀色の甲冑を着たいかにも兵士という感じの男だった。その男はレストレード隊長に魔獣が出たので助力してほしいとの要請だった。


 レストレード隊長はやれやれと言った感じで立ち上がり馬車の外に出る。無論魔法を見たかった俺は一緒に外へ出ようとするが客人に危険が及んではいけないと無理やり馬車に押し込まれてしまった。


「なあ、レストレード隊長でどんな人だ?」


 興味本位で俺はシャーロックの意見を求めた。


「傲慢で不遜、だが頭が悪く難しい事件が発生するといつもボクを頼ってくる」


 ううん、典型的な噛ませキャラって感じだな。まあこいつの頭が悪いはこいつ基準だから本当にバカというわけではないんだろう。じゃなきゃ警備隊長なんて任されない。


「いいところは?」


「魔法や戦闘の技術は確かだ」


 それと同時にレストレード隊長が馬車へと戻ってきた。


「え? もう終わったんですか? 何も聞こえなかったけど……」


「ああ、それはこれのおかげだよジオン殿」


 そう言って隊長が指をさしたのは天井に刻印された大きな魔法陣だった。聞くところによるとこれは室内に描くことでその部屋の音を外部に漏らさず逆に外からの音は完全にシャットアウトすることができる魔法らしい。


凪音カームノイズ、ボクの最も好きな魔法の1つだ。思考を遮る雑音をすべて消し去ることができる」


 そうこう言っているうちに馬車はブリクストンへと到着していた。灰色の外壁の中でひときわ目立つ大きな木の門をくぐり街の中に入るとロンディニウムとはまた少し違った雰囲気を感じた。


 建物は2階建てのものが多く、外装に派手さはあまり感じない。庶民的という言葉がよく似合う街だった。


「この街はずいぶんと落ち着いた雰囲気だな」


「ロンディニウムに比べればどこも庶民的になるさ。まあ、この街は全体的に生活レベルは低いがね。ほらここの横にボロ屋が連なっているだろう。あそこはスラム街さ」


 シャーロックの示したスラム街は元の世界と変わらないものだった。家はフーと吹けば吹き飛びそうなほどで道端にはボロ雑巾のような服を着た人々が俺たちの乗っている馬車を羨みと憎しみの混じった目で見ている。


 俺がその光景をまじまじと見ているとレストレード隊長は重々しい表情で俺に話しかけてきた。


「この街はロンディニウムの中継地点として大いに盛ってね。貴族が首都に向かう途中に下宿するための宿が多く、貴族達の落とす金で宿屋達は儲かるんだが、その分他の産業を放棄し衰退して……。このように大きなスラム街ができているのだよ」


 生々しい話だ。こういう話を聞くとこの異世界も所詮元の世界と同じに思う。人間、辿り着くところは貧富の格差か。


「さあ、もうそろそろ到着だ。ジオン殿も降りる準備をしてくれ」


 俺とシャーロックは隊長にそう言われ馬車を降り、事件現場である宿屋へと向かった。


―――


 宿屋に着くとまず目についたのはその美しさだった。看板にはスカーレットというおそらくこの宿の名前であろうものが書かれており縁が金で装飾されている。かなり新しいようでまだ傷もついておらず新品同様だ。ただ石でできた外壁には丁寧な彫刻が彫られまるで美術品のような感じがするもののところどころにひびが入り打って変わって骨董品といった印象を受けた。


 俺はその豪華さに宿屋に入るとすぐに俺と同じくらいの年齢に見える快活そうな男が出迎えてくれた。身長も同じくらいで金髪に青い瞳を持ちピシッと整った服装をしていた。


「貴方がシャーロック・ホームズ殿ですか!?」


 その男は俺の方へ近寄って手を握ってきた。どうやら俺のことを名探偵だと勘違いしているらしい。


 そのことに腹を立てたのかシャーロックはゴホンと少し眉間に皺を寄せながら咳して、ボクがシャーロック・ホームズだが、と言った。男は大慌てで謝罪してシャーロックに頭を下げる。


 まあこの人が勘違いするのも無理はない。こんな背の低い少女が名探偵だなんて誰が思うだろうか。


「ホームズ殿、早速来ていただけますか。一刻も早く、そして穏便に事件を解決していただきたいのです!」


「もちろん、ボクも早くこの事件を解決したいと思っておりますからね」


「申し遅れました。私の名はマルカ・ヒンストンこの宿の受付係をしております」


 ヒンストンさんはそう言いつつ階段を登って俺たちを事件の起きた部屋へと案内した。


 部屋の中は外装と同じくまさに貴族向けといったような豪華な飾り付けがしてあった。しかし、その美しさに俺は見惚れることはできなかった。なぜならその部屋の床に赤黒い血で”残り1つ”とおどろおどろしく書き残されており、何より豪華なキングサイズのベッドの上に刃物で胸を貫かれた死体が2つ置いてあったからである。


 俺はその光景に思わず立ちくらみした。人の死体を間近で見るのなんて初めてだったしその被害者の顔はこの世のものとは思えないほど歪んだものだったからだ。


 シャーロックはそんな俺の様子を気にかけることもなくすぐさまその遺体に近づき、一通り確認が終わると今度は部屋中を隅々まで調べ始めた。


「うん、大体わかった」


「何がだ?」


「もちろんこの事件さ。この2人はドレッバー卿、このブリクストンから少し離れたソルトレイクの街の貴族だ。自身の領地の話でブリタニア王に話があったようでロンディニウムに向かう途中だったようだね。それにここにはいないが1人メイドがついてきていたようだ。雇われたのはここ最近のこと、といったところかな」


「あ、当たりだ」


 まじ? ただ部屋を見ただけで?


「なぜそんなことがわかる?」


「簡単なことさ。まあ名前はベッドの横にある杖に彫ってあった。ソルトレイクから来たというのもその杖からだ。杖に使われている木、独特の模様からソルトレイク付近にのみ自生する、カロリナポプラだとわかる。別に高価なものではないから特別な理由がないと使わない。例えばその街有数の貴族とかね」


 シャーロックは少し歩いて部屋の隅に置いてあった大きな荷物の前に立ちまた話を始めた。


「王への謁見が目的だという件は荷物を見れば明白だ。ボク服以外に礼服が荷物の中にあった。しかも服の上には国王の名前の綴られた手紙が1通。表に領地についてと書かれているのだから自身の領地の話に間違いはない。メイドの情報もこの荷物からだ」


 そういうとシャーロックは荷物の中から他のものとは打って変わって質素な感じの鞄を引っ張り出した。


「この安物の鞄、まず間違いなく貴族のものではない。とすれば使用人のものだが荷物の量から1人ということ、そして中身から女性、つまりメイドだとわかる。荷物の中に入っている掃除道具は使い込まれておらずまだ比較的新しい。雇われてあまり時が立っていないんだ」


 俺の素性を言い当てたのも恐れ入ったがこれはそれ以上だ。現場を見たわけでも実際の人間を見たわけでもないにもかかわらずその人間の素性をここまで言い当てるなんて。普通の人間にできる芸当じゃない。


「お前本当に魔法使えないのか? 俺には今の推理が魔法にしか見えん」


「これは魔法なんかじゃないさ。観察と知識、そこから導き出されるただ一つの推理、まさに君が教えてくれたそのものだ」

いる。

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