3話 シャーロック・ホームズという人ー3

 シャーロックは打って変わって身を乗り出し俺のことについて目を輝かせながら聞いてきた。その勢いはその姿に見合う、まるで少年少女かのような好奇心の塊といった感じである。俺はそれに気圧され俺が元いた世界のことについて、俺がどうやって異世界へ来たのかなどを喋った。


 その中でも彼女が最も興味を持ったのは予想通り科学の話だった。俺の世界には魔法がない代わりに科学が存在すると言って少しばかり科学の知識を披露すると目を輝かせて俺の話を聞いていた。


「面白い!! その科学とやらの話を聞くだけで一年は生きて行けるね!」


「……でもさ、この世界にも地球と同じ物質がたくさんあるんだろ? 魔法があるにしても科学らしきものが生まれてもおかしくないんじゃないのか」


「もちろん、理論の初歩は生まれるさ。水を蒸発させて水蒸気が出てくるなんてのはみんな知ってるがそれが三態の変化だとかいう考えには至らない。皆、もっぱら魔法の研究しかしないんだ」


 こっちの科学者がすべて魔法学者になってるみたいなものか。


「だからボクがこの世界の物質は小さな粒でできているといってもみな鼻で笑うというわけさ」


 マジか。言っておくが俺は原子の話なんて何もしてない。つまりこいつはこの魔法の世界にあって一人で原子の存在にたどり着いている。つまりシャーロックの頭脳はアリストテレスやドルトンみたいな科学の偉人コラムのところに乗っているような科学者と同じくらいの頭を持っているということだ。 


「はあ」


 シャーロックの頭の良さにもはやため息すら漏らした。俺のため息を不思議に思ったのかシャーロックは首を少しかしげる。


「最後にもう一つだけ気になることがある。ボクがフィクションだとはどういうことだい?」


「ああ、実は俺がいた世界にはシャーロック・ホームズっていう探偵の小説があるんだ。もちろんフィクションで実在しないはずだったんだけどな」


 こういう話は喜ぶものだと考えていたがシャーロックの反応は俺の思っていたものとは違っていた。彼女は嬉しがるどころか少し険しい表情をして机の一点を見つめたのだった。しかしすぐに切り替えるようににこりと笑い俺の方へ手を差し伸べてきた。


「まあ、とにかくよろしく頼むよ。君のその科学の知識も気になるし、事件で役に立つ可能性が大いにあるからね!」


「ああ! よろしくなシャーロック!」


 異世界に来て魔法が使えないというのはかなり最悪な展開だがシャーロックと一緒にいればこの魔法の世界を少しは楽しめるかもしれない。そう思って俺はシャーロックの手を取る。


「あと気になってたんだけどさ、さっきのバカでかい音は何だったんだ?」


「見るかい?」


 シャーロックは先ほど見た科学室のような部屋へと入り1つの水晶のようなものを取り出した。水晶の底には簡素な台座がつけられていてひっくり返すとびっしりと魔法陣の文様が描かれている。


、ボクの実験の必須アイテムだ。このラクリマという物質は大気中にある魔法の源のエーテルを蓄えることができる特殊な物質で、台座に描かれている魔法陣によってその蓄えたエーテルを人が魔法として使うことができるようになるという代物さ」


 一瞬、頭がフリーズした。


 ムズイ。エーテル? ラクリマ? なんか専門用語の多いくそげーみたいな単語並べられても困るんだが。


 俺のその雰囲気に気付いたのかシャーロックは少し面倒な感じで魔法についての説明を始めた。


「まず初めにだね。この世界にはエーテルという気体が存在する。エーテルは魔法の……」


 シャーロックの話を聞いているとだんだんと眠くなっていって、なぜだか彼女の顔が白髪の禿げあがったおじさんに見え、後ろには黒板の幻影が目をとらえ始めた。


 なんで異世界に来てまで授業を受けなければいけないのか。


「……というわけさ。わかったかい?」


「うん、わかったわかった」


「絶対わかってないだろう。じゃあ分かった絶対に覚えておかなければいけないことだけ端的に伝えよう。『魔法を使うためには基本、行使する魔法の成り立ちや内容の知識と魔法陣を描いてその名前を唱える必要がある。長ったらしい詠唱法は誰も使わない』以上だ。もし詳しく知りたかったらボクの本でも見たまえ!」 


「要約サンキュー!」


 俺のその言葉にやれやれと言った様子でシャーロックは両手を少し上げて頭を横に振った。


「まあいい。さっきの質問の答えだが爆発魔法を試していたんだ。爆発ボムをね」


「バクハツ! いいじゃん、俺にもやらせてくれよ! そのラクリマってやつなできるんだろ?」


「やっぱり聞いてないじゃないか、魔法を理解する必要があるんだよ。まずは魔導書でも読んで爆発ボムについて勉強するんだね」


「嘘だろ……」


「せめて見てみるかい?」


「ああ」


 俺がそう答えるとシャーロックは机の上から一冊の本を取り上げ1つのページを開いた。そのページには、というよりその本には1ページにつき一つの魔法陣が描かれており特に文字が書かれている様子もなかった。


「以外とこういう風にする魔導士は少なくてね。別に一回魔法を使うと消えるわけでもないんだし一冊の本にまとめれば楽だと思うのだけどね。まあそんなことは置いておいて、それじゃあいくよ……。爆発ボム!」


 シャーロックの言葉と同時に俺たちの目の前でボン、と思っていた以上に大きい爆発が起こった。それと同時に机の上のものが倒れたり落ちたり、とにかくなかなかな被害が発生してしまう。


 そして爆発が収まった後にシャーロック側の壁にある棚の上から一冊の本が落ちてくる。俺は間に合わないと思った。俺が気づいた時にはほぼ彼女の頭上まで来ていたからだ。


 しかしその瞬間奇妙なことが起こった。まるでスローモーション化のように周りが見えたのだ。俺はすかさず手を出してその本がシャーロックの頭にぶつかる前にキャッチした。


「……君、意外と反射神経あるんだね。体つきを見てもおよそ運動不足が顕著に見えたんだが」


「俺もわからん。ただ危ないって思ったら一瞬、時の流れがすごく遅くなった気がして……」


「なんだって? ふむ……、魔法、時を操る? いや、そんなものいくら魔力があっても足らない。とすれば動体視力や身体能力が向上しているのか。どちらにせよ興味深い」


 シャーロックがそうぶつぶつとつぶやいていると玄関をドンドンと強くノックする音が聞こえた。


「おい、もしかしてご近所さんじゃないか?」


 不安からそう言うがシャーロックはフフっ、と不敵な笑みを浮かべながら首を横に振った


だ。ホームズはいるか?」


 少し太い声でこちらを見下すかのような上からのもの言いだった。やはりといった様子でシャーロックがてくてくと玄関の方へと向かいドアを開けるとそこには軍服のような服装の男が立っていた。身長は俺よりも少し高く服で目立ちにくいがかなりがっしりとした体形をしている。帽子からのぞく切れ長の目は俺の価値を値踏みするがごとく、威圧的な感じがした。


「お前に依頼しなければいけない事件が発生した。早速だが現場に来てもらおう」


 そのレストレードと名乗った男はそう言うと驚くように俺の方を見て、またシャーロックを見下ろした。


「おいホームズ、彼は?」


「彼はジオン・ワトムラ。つい先ほどボクの同居人兼探偵の助手をしてもらうことになった」


 シャーロックの返答にレストレードは少し不満げな顔を見せる。


「あまり勝手なことをしないでもらえるか? 別に人を増やしても報酬は変わらんぞ」


「別に金のためではないよ」


「それと、さっきの爆音。またラクリマで危険な実験をしていたな? 確か孤児院からの餞別だろ、貴重なものを乱暴に使うな」


 二人の会話からするにある程度の進行があることは見て取れる。依頼とか事件とか言っていたからシャーロックの言っていた警備隊の人なのだろう。


 俺がそんなことを考えていると話を終えたのかレストレードがこちらに来て少し頭を下げた。


「どうも、私はレストレード。このアルビオン王国の警備部門の部隊長を任されている。以後お見知りおきを、ジオン殿」


「はい、こちらこそ、レストレード隊長」


 挨拶をし終えるとレストレード隊長はシャーロックに目配せしつつこの部屋を出て行った。


「すまんねワトソン君、どうやらゆっくりしていられる時間はなさそうだ」


 俺はシャーロックの言葉に大いなる興奮と一抹の緊張を感じたのを今でも覚えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る