5話 ブリクストン街事件ー2

「それで、君の推理はどのようなものかね、レストレード君」


「……、君の推論を聞いた後だと恐れ多くてかなわないがね。まあ十中八九そのメイドの仕業だろう。その荷物、我々も調べたが金品が盗まれた形跡がある、それも数十点。残されたものの中に高価なものがほとんど残っていなかったことから金目当ての強盗殺人だ。メイドが犯人でなかったとしてもスラム街の人間である可能性が高い。この血のメッセージは我々警備隊の目をくらますための幼稚な目くらましだ。さあどうかな私の推理は」


 レストレード隊長の言葉にシャーロックはぱちぱちと手を叩いた。隊長もどうやらうれしいらしく少し頬が緩む。しかしその雰囲気は次の一言で台無しになってしまった。


「いや、素晴らしいよ! どうやったらそんな的外れな推理が出てくるのかと感嘆した!」


「やっぱりこうだ! お前に優しさを期待した俺がバカだった!」


「まず結論から言おう。犯人はスラム街の物乞い達じゃない。一般家庭、またはそれ以上の富裕層の出の者だ。身長はおそらくワトソンくんと同じ170センチ強、スラリとしつつ筋肉があり剣術、または槍術を習っていたようだね。そして、最も重大な間違いは、これが金品目当てでなくによるものということさ」


 またもや全く腑に落ちることのない意味不明な推理。とは言いつつも俺は次にシャーロックの口から出てくるその根拠を楽しみにしていた。


「なぜそう思うんだ?」


 あからさまに不機嫌なレストレード隊長が気に食わなそうな顔でそう言った。


「ごくごく自然な推理さ。まずはこれを見たまえ」


 そういうと、シャーロックは壁際にある大きなタンスに手を置いて思い切り力を入れて押し込む。しかし、無情にもそのタンスは少しも動くそぶりがない。


「……すまない、ワトソンくんこれを押してくれないかね」


「お、おう了解」


 俺はちょいと片手でそのタンスを押し込む。するとガガッ、と嫌な音を立てながらタンスが1つ分横にづれた。


 我ながらすごい力だ。いつかなんでこうなったのかも知りたいもんだが、今はシャーロックの推理を聞くとしよう。


「まず真っ先に目についたのがこの床の傷だ。何かを引きずったようなあと。タンスをずらしたんだ。ボクは筋力がなさすぎるし、ワトソン君は逆に強すぎるからあまり参考にならないが、とにかくこれを押し込めることから犯人が筋肉のある男であることがわかる。そして……やはりあったか」


 タンスをどけた壁には大きな魔法陣が描かれていた。その魔法陣を見てレストレード隊長が驚きの顔を見せる。


「こ、これは……」


「そうボクたちが乗ってきた馬車にも刻まれていた凪音カームノイズの魔法陣だ。ここから分かるのは犯人が一般教養以上の知識を持っていることだ」


 俺はその言葉に疑問を持った。なぜこの魔法陣があるから頭がいいことになるのか。


 シャーロックは俺の疑問を察知したかのようにその問いに答える。


「この魔法は一般的な魔導書には書かれていない。いわば上級魔法だ。だから貴族や王族、魔法研究をしているものが持つような書物にしか書かれていないのだよ、ワトソン君」


「なるほどね、それじゃあ剣術とか槍術って話はどこから来るんだ?」


「被害者の胸の傷だ。傷口を詳しく見てみたんだが、それはもう見事な一突きだった。この剣捌き、一年かそれ以上は研鑽を積まなければならないだろう」


 シャーロックがそう言うとちょっと待ったといった感じでレストレード隊長が異議を唱えた。


「いや、ホームズ、これをよく見ろ。ベッドで死んでいるんだぞ? 寝ている相手に剣を突き刺すだけなら誰でもできるだろう?」


「全く、君は本当に論理性のかけらもないな! 顔をよく見ろ。もし寝込みに心臓を一突きされたなら即死だ。死ぬという感覚すらなく、言ってしまえば安らかに逝けるだろう。しかしこの苦悶の表情、カーペットについた血痕からもそこで突き刺され、ベットに運ばれたんだ。もう一方の女性は目の下が赤くなっている事から夫を殺され泣き崩れ、その混乱のうちに殺された」


 ホームズの推理を聞いてレストレード隊長は黙りこくってしまう。シャーロックは尚も話を続けた。


「そしてこれは金銭を目的としたものではない。何かこの被害者達に恨みを持った復讐者の仕業だ」


「なぜそう思うのだ、金品は全て盗まれているのだぞ!?」


「殺害方法だよ。金品が目的なら他にいくらでもリスクの低い殺害法は思いつく。一番わかりやすいのでいえば毒殺とかだが。そもそもわざわざ殺す必要すらない。それこそこの部屋に入れる時点で寝込みに忍び込めばいい話だ。つまり犯人は被害者達を恐怖させ絶望の淵に叩き落としたいがためにこの行為に及んだんだ」


 すごい、1つの部屋からここまでの推理が展開できるものなのか? 一体どういう思考回路をしてるんだ。


「素晴らしい! ホームズ殿がいてくれればもう犯人も捕まったも同然ですな! どうか、一刻も早く犯人を突き止めてください!」


「もちろんですとも、ただ事件が起きた昨夜の様子についてお話伺いたいのですが、よろしいですか?」


「それならば私がお話ししますよ。昨夜は9時ごろに呼び出しのベルがなって喉が渇いたから飲み物を持って来いと言われたんです。だからすぐにお水をお持ちしてお渡ししたんですが……」


「その時のドレッバ―卿の雰囲気は?」


「相当怒っていらっしゃいました。私がノックしても出てこないと思ったら顔を真っ赤にして扉を開けて出てきて、私が水をお持ちしましたと言ったらおぼんごと取って部屋へ入っていきました。さり際にぶつぶつと何やら不満をつぶやいていたのでおそらく何か不手際があってそれをしかりつけた後だったのでしょう」


「あなた自身はその後どうしていましたか?」


「この受付の仕事を他の受付係に交代して部屋の見回りに行きました。万が一のことがあってはいけないので部屋の鍵を外からかけたんです。その後は外の見回りに行きましたが特に不審な者はいませんでした。全員、この辺に住んでいる顔馴染みの人たちです。夜も暗く見回りに出てすぐ雨も降ってきたものですからもしかしたら見逃した人物がいたかもしれませんが」


「先に言った鍵というのは魔法鍵ですね」


「はい」


 魔法鍵、後で聞いたが扉と何か別のものに同じ魔法陣を描くことでそれをかざして扉を開け閉めできる魔法らしい。まあホテルとかでよく見るカード鍵みたいなものだ。


「となるとやはり犯人は窓から侵入したか」


 シャーロックは窓を開けて周囲を見渡す。なんとなく大袈裟な声に勢いよく開けるものだから少し可笑しかった。


「ここら辺にこの3階まで登れるような梯子か何かは見たことがありますか?」


「いえ、そのようなものは……。まず窓も基本、鍵が内からかかっていますから外から入れるようなことはないと思います」


「それなんですがね、この窓鍵が開いてましたよ」


「なんですと!? 一体どうやって……」


「まあ、鍵開けの魔法もありますからね。魔法にある程度通じている以上どんな魔法が使えてもおかしくないと考えなくてはいけません」

 

 シャーロックは窓を閉めぱっぱっと手を払った。


「部屋の調査はもう十分です。犯人を捕まえるまでに早くて1日、遅くても3日あれば捕まえられると思います」


 その言葉にヒンストンさんはパッと笑顔を見せ、シャーロックの手を掴み勢いよく振った。それとは対照的にレストレード隊長はそんなバカなと鼻で笑っている。


「ホームズ、君の推察には敬意を表するがさすがにこの事件では君の深読みのような気がしてならない。私はやはりメイドの行方を追うとするよ」


「分かった分かった。早く調査に出たまえ。ボクはもう少しワトソンくんと共にこの豪華絢爛な宿を堪能するとするよ」


 シャーロックの皮肉に対し、レストレード隊長は毅然とした態度を保ちつつ数人の部下を連れて宿を出て行った。


「さ、邪魔者がいなくなったところで、他の部屋も拝見してよろしいですかな?」


「ええ、問題ありませんが?」


 シャーロックはその返答に満足そうに笑った。しかしその笑顔とは裏腹に目には鋭い光のようなものを感じた。彼女は俺に少し外で待っていてくれと言ったので俺はヒンストンさんにひとつ会釈して外へ出て行った。


 そして十数分ほど経った後、シャーロックも宿屋から出てきた。彼女は宿を出たあとすぐに俺に行こうと言って少し遠くの噴水のある広場まで歩く。俺は自分を外に出していた間何をしていたのか気になってシャーロックに尋ねた。


「すまないね。ボクは嘘をついた」


 シャーロックは突然そう呟いた。俺はよくわからずどういうことかとまた質問する。


「この事件、犯人は1人じゃない、2人組だ。そしてその犯人たちのうち1人はあの宿屋”スカーレット”の従業員の誰かだ」

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