第七話「勘違い乙女」




 立花たちばなくんと何日も話せていない。それだけのことで私のメンタルは酷くボロボロにやられていた。


 数日前、私は立花たちばなくんをお昼ご飯に誘った。内心は心臓バクバクで手汗もヤバかったけど、それでも誘った。……結局断られたけどね。


 それでも諦めきれなかった私は強引に立花たちばなくんとお昼を共にした。


 そこで私のMP勇気は尽きてしまったのだ。あのときやってしまったことは今でも後悔している。だって知らない女子と無理やりお昼ご飯って……そりゃ引くよね。


 会話なんてなかった。ずっと無言だった。もそもそとお弁当を食べた。なんだこれ……気まず過ぎだろ。


 それからの数日というものの、私は何も行動に起こせていない。彼の近くにいるだけで気まずく感じてしまう。隣の席だから逃げることもできず、たまには昼休みにこはく隠れて世話してる猫にご飯もあげないといけないし、立花たちばなくんとの関係を何とかしようと立ち上がってもバカ達綾乃と恵梨が絡んでくるし……!


「うがぁぁあ……!」


 頭を掻きむしりたくなる。異性ってどう誘えばいいの……!?経験値が足りないよ!!


「やっほー、怖い顔してどうしたの?」

「……ほら来たあ!」


 顔を上げれば綾乃あやのの姿。後ろにはちゃっかり恵梨えりもいる。ゆっくりとこちらに近づきながら恵梨えりが言った。


「最近の由里香ゆりかは何かおかしいよ。変なことにでも手出した?」

「出してないよ!!」


 思わず反論する。恵梨えりはかなりデリカシーがない。すぐ思いついたことをズバズバ言ってくる。だからこそ、打ち明けたくない。もし異性への接し方の悩みとか言ったら絶対に面倒なことになる。私だけじゃなく立花たちばなくんにも迷惑がかかるに違いない。


 というか、立花たちばなくんが実はイケてるというのは私だけが知っておきたい秘密なのだ。他の女子が知ったらライバルが増えてしまう。彼に好意を抱いているのが私だけだと知っているからこそ、こうしてゆっくりと歩みを進めることができている。 この優位性、失いたくない!


 私は息を落ち着かせると机に肘をついて顎を乗せた。閉じていた目をゆっくりと開けて、嘘を打ち明ける。


「最近ハマってるソシャゲが――」


「――好きな男子でもできたの?」


 恵梨えりの不意打ちの質問に、心臓が一瞬止まった。視線が交わると、恵梨えりの目がまっすぐにこちらを見据えているのがわかった。私は慌てて目を逸らし、嘘をつくための言い訳を探した。


「な、何言ってるの? そんなのいるわけないじゃん」


 笑顔を作りながら、なんとか冷静を装おうとする。しかし、声がわずかに震えてしまったことに気づかれてしまったかもしれない。


「うーん、本当かな~?」


 綾乃あやのが茶化すように、私の顔を覗き込んできた。私は心の中でため息をつきつつ、何とか話題を変えようと頭を回転させたが、焦りのせいでうまく言葉が出てこない。


「だ、だから……ソシャゲの話だってば! 最近、課金しちゃってさ~」


 強引に話を戻そうとするが、綾乃あやの恵梨えりは顔を見合わせて微笑んでいる。その表情が、何か企んでいるように見えて、ますます不安になった。


「まぁ、そういうことにしといてあげるけど、怪しいよ、最近の由里香ゆりか。見ててハッキリ分かる」


 恵梨えりが肩をすくめて言うと、綾乃あやのも頷く。


「そうだよ、由里香ゆりか。何かあったら、アタシたちにちゃんと言ってよね!」

「べ、別に何もないってば!」


 私は必死に否定しながらも、内心ではホッと胸を撫で下ろしていた。何とか追及をかわしたものの、これ以上この話題が続くと危険だ。強引に立ち上がり、机の上の教科書を片付け始める。


 その最中、恵梨えりは周りをキョロキョロと見渡していた。それを見た綾乃あやのが不思議に思い問いかける。


「何してるの?」

「誰が意中の相手か探してる」

「……っ!」


 恵梨えりのその言葉に私は一瞬吹きかけた。


「ちょ、ちょっと何言ってんの!?」


 思わず大声が出てしまい、周囲の視線が一瞬こちらに集まった。慌てて声を抑え、顔を伏せる私。恵梨えり綾乃あやのはそんな私の様子を見て、さらに面白がっている様子だった。


「ほら、やっぱり怪しい! 由里香ゆりかがこんなに慌てるなんて、絶対に何かあるに違いない!」


 恵梨えりがニヤリと笑いながら、私の顔を覗き込んでくる。その顔がますます私を追い詰めるようで、何とかしてこの状況から抜け出したいと焦りが募る。


「だ、だから何もないって言ってるでしょ! そんなことより、お昼の時間無くなっちゃうよ!」


 私は無理やり話題を変えようと、教科書やノートを鞄に詰め込みながら立ち上がった。時計をちらりと確認すると、まだ昼休みの終わりまでは時間があるけれど、もうこれ以上二人に詮索されるのは耐えられそうになかった。


「ほんとに何もないの?」


 綾乃あやのが心配そうに問いかける。その優しさに一瞬心が揺れたけれど、今ここで真実を話すわけにはいかない。もし立花たちばなくんへの気持ちが知られてしまったら、二人に冷やかされるだけでなく、立花たちばなくんにも迷惑がかかるかもしれない。そんなことになったら、とても耐えられない。


「ほんとにないってば! だから心配しないで、ね?」


 できるだけ穏やかな声で言いながら、私は二人に背を向けた。少しでも早く教室を出たかったからだ。背中に感じる視線が刺さるようで、心臓がバクバクと早鐘を打つ。それでも、ここで振り返るわけにはいかない。私はそのまま教室を出て、廊下へと足を向けようとしたとき――


 ――背後から椅子を押して立ち上がる音、そしてこちらに近づく足音が聞こえた。丁度私の背には立花たちばなくんの席がある。いつもは読書をして席を立たない彼がどこに行くんだろう、そんなことが気になって意識を向けた。


 足音はすぐに止む。音的に私のすぐ背後だ。私は恐る恐る振り返った。


「わっ、た、立花たちばなくん……。どうしたの?」


 振り返った先には立花たちばなくんが立っていた。彼は私の顔をじっと見つめている。前髪のせいで何を考えているかは分からない。


「い、いや、ちょっと話したいことがあって……」


 私は、立花たちばなくんの言葉に一瞬息を飲んだ。彼の目が真剣に見つめていることに気づくと、緊張で手が震え、冷や汗が背中を伝う。


「何の話?」

「最近……その、授業でわからないところがあって、ちょっと聞きたかったんだけど……」

「え゛っ……!」


 その言葉を聞いた途端、胸がぽっ、と温かくなった。立花たちばなくんが私に何か頼ってくれるなんて、予想もしていなかったからだ。嬉しさと驚きが入り混じった感情が、心の中でぐるぐると渦巻く。


 案外私って信用されてる?というか立花たちばなくん私のこと好きなのでは???


 驚きのあまり声を出せずにいると、「……ご、ごめん、やっぱり」と不安そうに立花たちばなくんが口を開く。


「――だ、大丈夫!!!」


 反射的に答える。ほとんど叫ぶような答え方で、先程以上に注目が向いたような気がする。けれどその声が少し弾んでいたことに自分でも気づいた。

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