第三話「隣の席の立花くん」



 断言しよう。ひいらぎ ゆりかは隣の席の立花蒼たちばな あおいに惹かれている。


 現在は高校一年生の春。まだクラスが決まったばかりで友達も少ない。近くの席の人物と仲良くしたり、少しませてる人はイケメンの男子に積極的に話しかけたりしている。


 かく言う私も、少しませてるのかもしれない。左の席にいる彼、立花たちばなくんが気になって仕方なかったのだ。


 身長は160cmくらいで、体格は普通だと思う。制服をキッチリと着込んでいるから正直あまり分からない。

 一番特徴的なのはその前髪だろう。目を完全に隠すほどに長く伸ばされている。これでは顔がまったく見えない。だから面食いの女子共は立花たちばなくんを避けて別の男子のところへ旅立って行った。


 その結果、ポツンと彼一人だけが残されている。彼の前の席の男子はどこか行ってしまっているし、可哀想に見えた。窓際の席というのも良くない。半分壁に寄りかかるようにして本を読む彼の姿はまるで一匹狼だ。


 そんな顔も声も分からない彼に惹かれる理由、それは私が彼の家のご近所さんだからだ。……尤も、立花たちばなくんはそれに気付いてないみたいだけど。


 もちろん、ただのご近所であるだけならば惹かれる理由にはならないだろう。実は――



 ――立花たちばなくんの部屋と、私の部屋の窓が向かい合わせなのだ!



 基本はカーテンが閉まっている彼の部屋だが、たまに閉まり忘れているときがある。その時の衝撃を忘れることはできない。


 前髪を上げた彼のご尊顔、それはなんというか……グッと来るものがあった。思わず「エッ……!」と声が漏れてしまう程に。


 顔面偏差値は標準以上ではあるが、無茶苦茶良いというわけではない。なんというか、女子受けのいい顔というか、庇護欲を誘われるというか、ともかく誰が見ても惚れるなという程の魅力があった。


 この学校に来たときは驚いたよ。まさか隣の席の彼が立花たちばなくんだなんて、ね。最初は気付けなかった。しかし名字を聞いてやっと繋がった。これはご近所の彼だと。


 それからというもののずっとソワソワしてしまっている。色恋沙汰の無かった私にとって初めての感覚だった。しかも、立花たちばなくんは何故か常に顔を隠している。他の人にも話しかけないし、その魅力を知る者はだれもいない。


 ――そう、ひいらぎ ゆりかを除いてね!


 優越感が凄まじい。あー……そっかあ、彼のこと知ってるの私だけなんだー。たまに考えてニヤニヤしてしまうことがある。最近思考しているのはどうやって立花たちばなくんに近づこうか、ということだけ。


 いやいや!別に恋人になりたいとかそういうのじゃ、ない……し。とにかく!まずは距離を縮めたい。その一心だ。


 私は彼の隣に座るたびにタイミングを計っている。だけど、いざ声をかけようとすると、何かが引っかかってしまう。あの前髪の奥に隠された表情が、どんなものかが気になって仕方がない。


 「あの……」と一度、勇気を出して声をかけたことがある。だが、その瞬間、彼はほんの少し顔を上げ、私に目を向けた。その一瞬だけで、私は何故か胸がドキドキしてしまい、声が出なくなってしまった。


 結局その後何も無く、午前の授業が終わり休み時間の鐘が鳴り響くと教室内は一気にざわめき始めた。私も教科書を閉じて、一息ついた。さっきの一瞬がまだ胸に残っている。立花たちばなくんが顔を上げて私を見た、その瞬間のことだ。心臓がバクバクして今も落ち着かない。

 すると、最近仲良くなった友達二人、綾乃あやの恵梨えりが近づいてきた。


「ねえ、由里香ゆりか、聞いてよ! アタシね、隣のクラスの翔太しょうたくんとさっき話せたの!」


 綾乃あやのが顔を輝かせて言った。


 「へぇー、すごいね」と恵梨えりが微笑みながら続けた。


翔太しょうたくんって結構人気あるよね。でも、綾乃あやのなら上手くいきそう」


 私は頷きながら、微笑を浮かべた。心の中では少し羨ましく思いながらも、気持ちを隠して普通に振る舞った。


 「由里香ゆりかはどう?」恵梨えりが突然問いかけた。


「最近気になる人とかいる?」


 私は一瞬ドキッとしたが、すぐに笑顔を作った。


「えー、特にそんなのないよ。でも、いい感じの人がいたら嬉しいかな」

「うんうん、わかるわかる」


 綾乃あやのが共感しながら頷いた。


「でも由里香ゆりかは絶対モテるから、きっとすぐに素敵な人見つかるよ!」

「そんなことないよ~。……はは」


 照れくさそうに言いつつも、心の中で思い浮かべるのは立花たちばなくんのことだった。でも、二人にはそのことを隠したままでいた。


 「それにしても、もうちょっと話しかける勇気が欲しいよね」と恵梨えりが溜息をつく。


「気になる人がいても、近づくのはワタシには無理だな」


「そう、だね」と私は同意したが、実際には自分の気持ちを隠し続けることに決めていた。立花たちばなくんに惹かれていることを、まだ誰にも知られたくなかったからだ。


 結局、その日はそれ以上何も話せず、授業が終わると同時に逃げるように帰ってしまった。家に帰ってからも、今日立花たちばなくんに行った自分の行動が恥ずかしくて、しばらくベッドに顔を埋めて悶えていた。


 でも、その時に感じたことがある。彼の視線は、確かにこちらを見ていた。気のせいではなく、あの一瞬、私に興味を持ってくれたかもしれない。そう思うと、また次の日も勇気を出してみようと思った。


 だけど、その翌日から、彼はまたいつも通り前髪で顔を隠し、静かに本を読んでいる。話しかけようとしても、何かに集中しているようで、なかなかタイミングがつかめない。


 でも、私は諦めない。なんとか彼との距離を縮めるために、ちょっとした作戦を立てることにした。少しずつ、ゆっくりと、自然な形で彼に話しかける機会を増やしていこう。たとえば、授業のノートを貸してもらうとか、お昼休みに一緒に食事をするとか。


 「よし、頑張るぞ!」と、私は一人で気合いを入れる。目の前の彼をちらりと見ながら、次はどんな方法で彼に接近しようか、頭の中でいろんなシナリオを描いていた。

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