竜人

セレスがコウキを殴り続けているのを見て、俺は思わず足を踏み出していた。特にコウキという人物に何の思い入れもないが、一方的に暴力を振るっているのを見ていると少し気分が悪かった。

セレスは俺の気配に気づいたのか、拳を振り下ろそうとしていた手を止め、冷ややかな視線をこちらに向けた。


「何か用か?」


その声には、威圧感とともに冷たい怒りが込められていた。しかし、俺はそのまま距離を詰め、彼女の問いに答えた。


「もうやめてやったらどうだ?」


セレスは俺の言葉を聞いて、一瞬眉をひそめたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「審判はまだ止めていないだろう?なら続行だ。それとも、貴様が代わりに相手してくれるのか?」


その挑発的な言葉に、俺は心の中で思わず「戦闘狂かよ…」と呟いた。しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。俺は軽く肩をすくめながら答えた。


「まぁ、それでも良いよ」


その言葉にセレスは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに興味深げに俺を見つめ、立ち上がった。

手についたコウキの血を軽く振り払い、無言で俺に向かって歩み寄ってくる。

グラウンド全体が静まり返る。

観客たちは息を呑んで見守っている。

俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、セレスの動きを見逃さないように集中した。



突然、セレスが猛スピードで俺の顔面を狙って殴りかかってきた。予想外の速さに反射的に「うお!」と叫びながら、顔を逸らして避ける。

だがセレスはすぐに体を回転させ、その勢いが乗った太い尻尾で攻撃してきた。

俺はすぐにジャンプしてその攻撃をかわす。だが、跳んだ俺を見逃すことなく、セレスは強烈な蹴りを繰り出してきた。その蹴りをとっさに腕でガードしつつ、その衝撃で体勢を崩さないよう浮遊を使い、ゆっくりと着地した。

ガードした腕があまりの威力にしびれている。


「それ、スキルか?」


セレスが俺の動きを見て、興味深げに問いかける。


「使っちゃまずかったっけ?」


「そんなことはない」


セレスはそう言って、再び拳を振りかざして襲いかかってきた。俺はギリギリでその拳を避けて接近し、彼女の顔に頭突きを放った。

それと同時にセレスも俺の腹に膝蹴りを食らわせてきた。両者の攻撃がほぼ同時に炸裂し、お互いに少し怯む。


「いたた…」


腹に鈍い痛みが走るが、次の瞬間、俺はセレスの表情が険しくなるのを見た。

彼女は苛立ちを隠そうともせず、口を大きく開けて、そこからとてつもない範囲の炎を放ってきた。


「火吹きの上位互換やめてもらっていいか!?」


俺はそう叫びながら、すぐに氷の玉を生み出し放った。炎の熱気が肌を焦がすような感覚を覚えつつも、浮遊を使って空中に避難する。上空から見下ろすと、放った氷の玉が炎に溶かされながらも、セレスの元へと向かっている。

セレスはその氷の玉が溶かしきれず接近するのを見て、炎を吐くのをやめると、拳で氷の玉を打ち砕いた。


「フィジカル系はこれだから嫌だね」


セレスの強さに感嘆しながらも、俺は浮遊を切って地面へと着地した。セレスは余裕の表情を浮かべ、俺をじっと見つめている。


「おい、まだやんのかよ?」


俺は呆れた表情を隠さずに問いかける。しかし、セレスは不敵に笑いながら答えた。


「何を言うんだ、盛り上がってきたところじゃないか」


その言葉と共にセレスの身体が急激に変化し始めた。黒い鱗が彼女の肌を覆い始め、顔も竜そのものへと変わっていく。手には鋭い爪、彼女はまさしく『竜人』となった。


「嫌になるな。ほんと」


セレスの力がさらに増しているのは明らかだった。彼女の姿は完全に竜のそれとなり、その目には純粋な戦意が宿っていた。

俺は無理矢理口角を上げ、声を出して笑った。


「アハハハハッ!」


俺の笑い声がグラウンドに響き、ステータスが上昇し体が軽くなるのを感じる。

笑っている俺を見てセレスは一瞬首を傾げたが、すぐに襲いかかってきた。彼女の腕が大きく振るわれ、鋭い爪が俺の顔面を目掛けて襲いかかる。俺は反射的に後ろに飛び退いてその攻撃を避けた。


だが、セレスは追撃の手を緩めることなく、突き手のように爪を俺に向かって突き刺そうとする。

その攻撃の勢いに圧倒されながらも、俺は地面に転がりながらその一撃を回避し、すぐに浮遊を使って体勢を立て直した。

セレスの方を見ると、また口から炎を吐き出そうとしていた。俺はすぐに着地し、走って接近して殴りかかろうとするが、セレスは炎を放つのを中断し、代わりに腕を大きく振るい爪で攻撃してきた。


「させるか…!」


俺はその勢いを止めることなく、彼女の振りかざした腕の手首を左手で掴み、爪の攻撃を無理矢理止めた。そして、右手でセレスの顔面を全力で殴りつけた。

拳がセレスの顔に当たり、彼女が少し怯んだ瞬間、左手の爪が鋭く俺に向かって襲いかかってきた。避けきれず、俺の肩に深い切り傷が刻まれる。

 

「っ!…ハハハハ!!」

 

痛みが走るが、俺はその場で笑い声を上げ、ステータスを上昇させた。後ろへ飛び退き、セレスとの距離を取る。

そして即座にスケルトンを2体召喚し、彼女に向かって攻撃を命じた。


「あのバカ女を殺せ!」


スケルトンたちは剣を振りかざし、セレスに向かって突進する。俺もスケルトンたちと共にセレスに攻撃を仕掛ける。

だが、やはり彼女の力は桁違いだった。スケルトンの一体が蹴りを受けて地面に叩きつけられ、バラバラになりその場で消滅する。残ったスケルトンが剣で彼女の背中に傷をつけたが、セレスはすぐにそのスケルトンを殴り倒してしまった。


「簡単に倒してくれちゃって…」


次の瞬間、俺がセレスに殴りかかろうとしたその時、彼女は突然俺の胴体を抱きしめた。


「なっ…!」


その圧倒的な力に俺は動きを封じられ、セレスの爪が俺の体に食い込む。痛みが全身に広がり、俺は歯を食いしばって耐えた。


「私に楯突いたことを後悔するがいい」


セレスは冷ややかな声でそう言いながら、さらに力を込めて俺を締め付ける。全身の骨が悲鳴を上げるが、俺はここで引き下がるつもりはなかった。


「後悔するのはてめぇのほうだ!ハハハハハ!!」


俺は意地でも笑い声を上げ続け、ステータスを上昇させた。そして氷のトゲを生み出して掴み、スケルトンがつけた背中の傷口に深く刺し込んだ。


「ぐっ!!貴様…」

 

刺されたセレスは激しい痛みと共に、血を吐き出した。その血が俺の顔に降りかかる。


「我慢比べだな…」


セレスは辛うじてそう呟き、さらに力を込めて俺を抱きしめた。俺も負けじと笑い声を上げ続け、ステータスを上昇させ続ける。

上半身のどっかしらの骨から絶え間なく、嫌な音が聞こえる。セレスの力は尋常ではなかったが、俺は必死に耐え続けた。


そして、セレスは血を流しすぎたのか、彼女は俺を抱きしめていた両腕を解いた。セレスの体は力なく倒れ込み、元の姿に戻っていった。

俺は呼吸を整えながら、倒れたセレスを見下ろした。彼女は苦しそうに息をしていたが、それでも真っ直ぐな目を俺に向けて言った。


「お前の勝ちだ…好きにするといい」


その言葉を聞き、俺は渾身の力でセレスの顔を殴りつけた。拳が彼女の頬に当たると、セレスはそのまま意識を失い動かなくなった。


「ふう……終わった…か」


俺は深いため息をつき、体中に広がる痛みを感じながら、意識を失った。

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