第3話:ファースト黒歴史


 調査の任務を貰った俺は王都の近場にある森へとやってきていた。

 俺としては今日あれ以上アルスの話題を聞きたくなかったから適当に団長に任務を貰って来たのだが……少し森の様子が変だった。


「……ここって、もうちょっと魔物が多かったよな?」


 いつもなら……というか前に来たときは結構な頻度で魔物と遭遇したのだけど、調査を開始して三十分ほどで何の魔物にも出会わない。

 この森には動物の姿に近い者やゴブリンやコボルトという魔物達が多いのだが、まじで一向に遭遇しないのだ。


「流石におかしいよな?」


 そうして嫌な予感を感じながらも森を進んでいたら先の道からドタバタとした足音が聞こえてくる。

 聞こえる足音的に大勢の魔物か三~四人ほどの集団、こっちに向かってきているのが分かる。とりあえず大剣を構えれば一分もしないうちに足音の原因が姿を現した。


「冒険者か?」


 現れたのは慌てた様子の男女それぞれ二人ずつの四人組。

 いかにもな男戦士と王道的な魔法使いらしき格好のエルフだろう女性、そして軽装の獣人少女がいて最後尾には重装甲の鎧を着ていて盾を背負った青年がいる。

 彼等は何かから逃げているようで俺に気付くなり大きな声で言葉を投げてきた。


「ッ逃げてください!」

 

 その声を聞き四人組の後ろを見ればそこには紅い体毛の角の生えた熊が居る。それはレッドグリズリーという中位に位置する魔物であり、本来ならこの森の奥地にいるはずの存在だ。

 普段は遭遇できないこの魔物がどうしてこんな中腹付近にいるのか分からないが、普通にこれが王都周辺に来たら不味いと俺は判断し、自分からその魔物の方に走り出す。


「馬鹿かアンタ!?」


 最初とは別の男から何か声をかけられた気がするが、気にせず魔物の懐に潜り込んで剣の柄頭で腹に一撃を入れる。

 ――怯んで下がった頭、明らかな隙が出来たので俺はそのまま首に向かって剣を振りその頭を刎ね飛ばした。


「えっと大丈夫かお前ら?」

 

 とりあえず剣を片手で持ちながら声をかければ皆が唖然としている様子で此方を見ていた。


「大丈夫……です――助けてくれてありがとうございます」


 だけど驚きながらも礼はちゃんと伝えてくれるようで先頭にいた男が代表してかそう言った。いつまでも剣を持っている訳にもいかないので俺は地面に剣を刺し、彼等に事情を聞くことにする。


「で、あんたら駆け出しっぽいがなんで追われてたんだ? あの魔物は奥地に行かなきゃ出会わないだろ?」


「依頼の途中で急に奥から現れたのよ、それで逃げるしかないから逃げてたの」

 

 俺の言い方的に攻めているのかと思われてしまったのか、少し強めの口調でエルフの女性がそう言ってきた。


「災難だったな、怪我とかないか?」


「……ないです。それより貴方はどうしてここに?」


「俺か? そういや名乗ってなかったな。アルティマ王国兵団所属のアルマ・シグルスだ。森の調査でここに来たんだがお前等は?」 


「冒険者のユーリです。ゴブリン討伐の依頼を受けて森に来たんですが、エリナが言った通りにレッドグリズリーに遭遇して……」


 エリナというのはさっき答えてくれたエルフの女性だろう。

 そのあとに残った太陽みたいな髪色の獣人の少女と、タンクだろう男性が名前を教えてくれてもうちょっと詳しいことを教えてくれた。

 それで分かったのだが、やはり魔物が少ない……というか今殆どの魔物が隠れているようで少し奥に進んだらさっきの奴に遭遇したとのこと。

 

「助かる。他に気になった事はないか?」


「えっと少し倒したゴブリンが何かに怯えてたぐらいですかね?」


「……それはおかしいな。あーとりあえずお前等は王都に戻るんだ、俺まだ調査する必要あるし疲れただろ?」


「そうですね――依頼分はなんとか倒せましたし、帰ろうと思います」


「あぁそうしろ。それと一つ気になったんだが、なんでこの時期に依頼を受けたんだ? 祭りの時期は兵団が魔物を倒すから冒険者達は基本休みだろ?」


「あの……恥ずかしいんですが、僕アルス祭に少しでも貢献したくて。兵団の皆さんが頑張ってのは知ってるんですが、負担を減らしたくて……」


 なにこの少年、まじでいい子なんだが? 

 今日日見ないぞこんないい子。そんな事に少し驚きながらも、俺はお節介かも知れないが支給されているポーションを渡しとくことにした。


「ありがとな。そうだこれポーション、帰り道気を付けろよ」


「あんた思ったよりいい人なのね」


「エリナ、助けてくれた人にそれは駄目だよ。ごめんなさいアルマさん」


「いいって気にしてないから」


 そこで会話を終えて俺は一刻も早く彼等を帰そうとする。

 レッドグリズリーは中位とは言えこの森に住む魔物の中では最上位に位置する魔物だ。そんな魔物が奥から出るって事にはそれ相応の理由がある。

 彼等に聞いた話をまとめるに他の魔物を怯えさせている何かがいる筈なので、一刻も早く離れて欲しい。


「……何か来る」


 そんな時だった。

 今まで黙っていた獣人の少女がそう言い、刹那空を影が覆った 

 その瞬間に俺は近場にいたユーリの手を掴んで遠くに飛ばせば、次の瞬間にこの場に巨大な火球が飛んでくる。

 それを避ける暇など無く、俺は剣で受けたが完全に溶解してしまった。

 そして剣を失った俺が見上げればそこには紅い体躯に黒い魔力を纏った明らかに普通ではない竜がいた。


「ワイバーン!? なんでそんなのがここに!?」 


 驚くユーリ達、こんな王都付近の森には現れてはいけないその存在に明らかに怯んでいる。


「お前等すぐ逃げろ! こいつの相手は俺がする!」


「無茶です! ワイバーンは上位の魔物、いくら貴方が強くたって――」


 そう言い合うが、これ以上の時間は無い。

 明らかな敵意を俺等に向けているこいつが暴れてたら最悪の場合森が火事になるし、被害が尋常じゃない。


 何より王都までやってきたらまじで大変だ。

 だからここで倒すしか無いのだ。


「やるしかないか」


 こいつは今までの俺だったら到底敵わない存在だ。

 というかワイバーンが出てきちゃ駄目だろとそう思いながら俺は全身に魔力を回す。


「ここで見たこと内緒にしてくれよ」


 伝わるようにそれだけ言って、俺は前世から受け継いだ一本の剣を呼びだした。

 それは巨大な銀の大剣、敵を殺す事に特化した俺の相棒。だけどそれだけじゃ足りない。だから俺は俺に許されたある魔法を同時に使う。まだ足りない俺けど、何度もこの魔法で戦ってきたから


 正直言えばぶっつけ本番、前世の力を使うのは今世で初だ。

 だけど誰かを守らなければいけないというのなら――倒すしかないだろう。

 

「ジョブチェンジ――ベルセルク」


 その瞬間、俺の存在が当てはめた物に変わる。

 ジョブチェンジというのは俺に許された固有魔法、才が無かった俺があの黒龍を討伐する為に編み出した禁術。


 どういう効果かと言えば、単純に自分に役割を定める魔法。

 決めた役割に特化させ縛りを加える代わりにその分自分が強くなるモノだ。

 そして今回選んだのはベルセルクというジョブ。狂戦士の役割を持つそれは短期決戦向けであり今の状況にあっている奴だろう。


 火球を吐かれて森が燃える前に何が何でも倒さなければいけないからこその選択、あとでどんな代償が待ってるかは分からないが――やるしかない


「悪いな、死んで貰うぞワイバーン」


 馬鹿ほどに強化された身体能力、それを生かして跳躍し相手の頭上を俺は取った。

 そして――確実にトドメを刺すためにこのジョブでの必殺を叩き込む。


「ラース・メテオ!」


 それは魔力を込めた隕石の如き一撃、それを脳天に喰らったワイバーンは勢いよく地面に叩きつけられてそのまま絶命した。 


 気づけば魔力を流す回路が悲鳴を上げていた。

 そりゃそうだ受け継いだとはいえ前世の力など今の俺には不相応、どれだけ使えるか試すためにも割と全力でやったせいで体の中身がズタズタだ。

 でも……その前にだ。


「おいお前等、無事か?」


 心底驚いた様な顔をしているこいつらの方が心配だ。

 俺の後ろで立ちすくむユーリを含んだ四人組、彼等はまじで一言も喋らずに俺を見て体を震わせている。


「――英雄の魔法?」


「ありえないだろ――でも、今のは」


「まさか、予言通りの英雄の再来?」


「そんな事がありえるのか?」


 しまったと思ってしまう。

 一応アルスは三百年前とはいえ全世界共通の大英雄だ。失念していたが俺の技とか魔法などは本に残されている。これ、早速だがバレたかもしれないな。


 誤魔化す……は無理か。あれは俺の固有魔法で、真似しようにも無理なものだ。

 さてどうしようか? そんな事を考えながらも、俺は彼等の言葉を待とうとしたんだが、出てきた言葉はまじで信じられないもので……。


「……今の技って英雄アルスの『最強無敵超絶怒濤ゴージャス☆メテオストライク』ですよね」


「知らん知らん知らん! え、は? まっ? え、なんて言った? 最強無敵……なんて?」


「だから、最強無敵超絶怒濤ゴージャス☆メテオストライク……」


「二度も言わなくていいから! なんその糞だせぇ技名。考えた奴正気かよ!」


 思わず耳を疑った。

 俺……そんな技知らない、流石にそんな名前で後世に残ってたら死にたくなる。というか実際今メンタルが死んだ。


「いくら貴方でもアルスの事を否定するのは許せません」


「いや……いやいや。待とうか、それ何処の話だ? 俺が知ってるアルスの本にはそんな技名ないぞ?」


 混乱に次ぐ混乱、考えるだけで頭痛がしてくる名前に思わずそう聞けば彼等……というかユーリが我先にと話しかけてくる。


「僕達は元々アルスの故郷の国にいた冒険者なんですが、今のはそこのアルス学校の教科書に載ってる名前です。確かにこの国では普及してませんが、基本的にはその名前が一般的で――」


「知らん知らん。まず学校があるのも知らんし、それが一般的? は? あの恋愛小説的な、ライラ……様が書いたやつは原本じゃ無いのか?」


 あれはなんかめっちゃ恋愛要素があったが、内容的には俺等の冒険まんまの話だった。だからさっき言われた名前の技なんて知らないし、何よりあんな名前をつけた奴なんて存在してはならない。


「あれも事実ですが、あれはライラ様の視点の補足が入った外伝みたいな扱いなので。世界的に有名なのはアルス様のパーティーメンバーであるドワーフ族の戦士王、ガイア様の方かと」


 よし、殺そう。

 ドワーフもドワーフで長寿な種族だ。

 その中でも上位とされるハイ・ドワーフであるあいつならば生きているだろうし、何が何でも殺しに行こう。


「英雄アルスの黒龍滅伝。教科書にもなってるそれですが……何故かこの国では普及していないんですよね」


「なんだよそのタイトル……ふざけなよ」


 ……というかナイス、アルティマ王国。

 あの時代の王様のことを考えると多分だが普及することを全力で止めてくれたんだろう。ナイスだ親友、ホント感謝。


「まぁそれよりです。今の技は教科書に伝わっている最強無敵超絶怒濤ゴージャス☆メテオストライクそのものでした。どうして使えるのですか? それに最初見た戦闘スタイルも教科書通りのでしたし」


「いや……あれだよ、真似ただけだから。俺も……さ、アルスのファンだし真似したくて」


 とにかく俺は誤魔化す。

 だって、その黒龍滅伝だっけ? それが一般的に普及してるなら同一人物だと思われたくないからだ。だから俺は何が何でもこの場所を切り抜ける。


「本当ですか? それなのに、黒龍滅伝を知らないと?」


「この国出身だからな……ライラ様の方でしらなくてさ」


「それもそうですね。それと本当に助けてくれてありがとうございます。貴方のおかげで皆で帰れそうです」


「そうか――よかったな」


 それで話は終わり、もう色々と限界だけど最後に一つ聞かなければいけない事があった。さっきからのユーリの態度、相当アルスに憧れているんだろう。


「アルスに憧れてるのか?」


「そう……ですね。僕なんかじゃ絶対に辿り着けない存在だけど、子供の頃から身近で格好よくて、弱い僕を鼓舞してくれた憧れの存在です。いつか僕も彼みたいになりたい」


 思わずジーンときた。

 形はどうあれ、俺等の頑張りは後世に残っているのだから。


「……いいな、頑張れよ。ちなみにどういった所に憧れたんだ?」


 ちょっと欲を出した。

 流石に色々ふざけて捏造されているだろうが、それでも俺の話だ。その黒龍滅伝は読みたくないが、少しぐらい聞いておきたい。


「英雄アルス……黒龍を倒した原初の英雄で数多くの悲劇を覆し世界に希望をもたらした存在」


「うん、それで?」


「空を歩ける力があって千里を一歩で跨ぐ事が出来る人並み外れた戦士」


「……あぁ?」


 聞き間違いだと思いたかった。

 ……いや聞き間違いだよな。流石にそんなのが伝わってるわけないだろ。


「初めて表舞台に現れたときには黒龍の配下を一刀のもとに斬り捨てた――そんな英雄」


「それはあってる……というか一個前どうした?」


「幾つもの戦闘形態も持っていて、本気で戦えば大気を揺るがし瞬間移動までも可能とする」


「なぁおいそんな化物知らないんだが!?」


「それに一説によれば何百人規模のハーレムを作って子孫が沢山だとか!」


「マジで誰なんだよそいつはッ!? というかそれのどこに憧れたんだよ!」


 俺、前世で嫁どころか彼女一人出来なかったんだぞ!?

 というかあの旅でそんな余裕ないし、そんな事をする前に死んだ俺に子供なんて……いや、それは問題じゃない。なんだ他所の化物、絶対英雄じゃ無くて魔物の類いだって!


「え、アルス様ですけど?」


「知らん分からん――え、流石に嘘だよな? 俺をからかってるとかじゃないよな?」


「全部教科書通りですよ?」


 よし、絶対にガイア殺す。

 改めてそう決心したのだが、その瞬間にツッコみすぎてか……もしくは力を使った反動か一気に体に痛みがきた。


「アルマさん!?」


 駆け寄ってくるユーリ。

 他のメンバーも心配そうにこっちに来たが、それどころじゃ無くて俺の意識は落ちていく。とりあえずだガイア殺すと心に決めながらも、本当にこの力いらねぇなとか思いながら俺の意識は何処かへ行った。

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