第14話
俺はラブサの隣に座った。
「会議室までは30分ほどだ。その間に話してもらえると助かる。帰りはこの車に遅らせる」
ラブサはそう言った。
「私に話したいことはなんなのかな?」
「スラム街の若者向けの高層階ローン案を取りやめだ」
ラブサは驚いた顔をした。
「なぜそのことを…いや、それよりも、それはなぜだ?君たちが助かると思うのだが、偽善的な部分が気に入らないだろうか?」
髭をいじりながらそう聞いた。
「俺たちは関係ない。そんなことしたら株が大暴落するに決まってるだろ?マリーングループが潰れたらこの国の経済は終わる」
「この国の経済、と言っても君たちには関係がないことだろう?」
今度は俺が驚いてしまった。
「この国の経済というが、実際はスラム街に住む人間を除いた国民の数パーセントで動いている経済だ。そんなもの終わってしまってもいい」
「は?」
「と、思ってしまっている。今の私は色々なものに押しつぶされて、冷静な判断ができる状態ではないんだ」
こいつは止めてほしかったのか?
それに案の内容を聞いた時からずっと思っていたことだが、こんな案は、普通の、生まれも育ちも高層階級の人間が考え付くとは思えなかった。
それがこの発言で確証を帯びてくる。
「もしかしてあんたスラムの出身か?」
ラブサは髪と服装を崩した。
「正解だ。俺はこのクソみたいな世界を変えたかったんだ」
一人称まで崩れた。
「そして10年前、やっとスラムから抜け出した。5年前にマリーングループの会長になった」
窓の外を眺める。
夕焼けが綺麗だ。
「俺には12歳の娘がいる。そいつは病気で、治すためには金が要る。それは俺が稼いでやらなくちゃならない。明後日手術も決まっている。今ここで経営破綻なんてしたら、どうしようもない。分かっているんだ」
サラか。
「そもそも高層階ローン案なんて、破綻するのは目に見えている。破綻すれば、壊れるだけで、スラムの人間が裕福になるわけじゃない。分かってるんだ」
「大切なもの全てを、壊したくなってしまうんだよな」
そうだよ。俺はあいつが大切なのに。
クローン場の奥の奥、あの部屋に二人とも捨てられていた。同じ12月25日に見つかったからその日が誕生日。
クローン場には悪い人もたくさんいるが、というかもれなく暗い部分のある人しか会ったことがないが、情に厚い人もいた。そういった大人に見守られながら、でも子どもだけでしか分からない悩みを抱えながら生きてきた。二人とももちろん学校には行けなかったが、アニマが賢いことはすぐに分かった。比較対象がいないからなんとも言えないが、俺はたぶん運動神経がよかったと思う。
そして物理学、時間に興味を持ち始め、狂ったように学んでいった。運よくいい先生がいた。咳が気になり始めたのもこの頃だ。
10歳になると自分でコンピュータを作り、3年前、ついに過去に戻れるような技術まで作ってしまった。
俺はずっとアニマが何かを閃く瞬間を見ていたい。
いやそれすらもいらない。アニマがただ、幸せに、なってほしい。
なんで壊したくなってしまったんだ。
俺は疲れたのか、疲れた、疲れたってなんだよ、俺が勝手にやっているだけなのに、なんでそれをアニマにぶつけているんだ。
『死にてぇなら勝手にしろよ』
俺はなんてことを、なんてことを言ってしまったんだ。
「でも、君と話せたおかげで、俺は壊さずにすみそうだ」
気がつくと目の前に大きな建物が立っていた。町の中心地にあるマリーングループの建物だろう。
車から出ると、ラブサは全ての崩れたものを整えた。
「スラム街の改善は、変わらず私の目標ではある。それだけは覚えておいてほしい」
俺は頷いた。
「行き先を言えばそこに進む、着いたら乗り捨ててくれ勝手に車庫に帰るようになっているから。そして手持ちがそれしかなくて申し訳ないが、そのシートの下のケースに入っているお金を持って行ってくれ」
たくさんの荷物がのしかかったラブサの背中が、建物に飲み込まれていくのを俺は見ていた。
「中央病院に連れてってくれ」
誰もいない空間に喋りかけるのは馬鹿みたいだと思いながら、俺は車に命令した。
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