金融取引事件
第13話
工事現場の鉄臭さは嫌になるが、目の前の札束は全てを忘れさせてくれる。
金が、貯まったのだ。
これでやっと、アニマを病院に行かせられる。
「アニマ、支度しろ」
俺はずっと仕舞ってあった車椅子を取り出した。
アニマの枕元には折り紙のタズ。
「どうしたんだカラ?」
「金が貯まったんだよ。これなら大抵の治療は受けられる。町の中心地にある病院に行こう」
俺はテキパキと準備していく。いつものことだが、ここ最近は特に寝不足が続いたせいで、頭が痛い。
煙も切れかけている。
「いいよ。カラ。俺は病院にいかなくていい」
「冗談言うな。お前死ぬぞ?」
アニマは、このままだったらたぶん死ぬ。馬鹿な俺でもそれぐらいは分かる。
この一週間は、毎日、今日なんじゃないかと、不安になった。今すぐ金をよこせと何度言いたくなったか分からない。給料日まで待てば少し色がつくからと、冷や汗が止まらなかった。
「ずっと考えてたけど、この機械や管ももういらない。ましてや病院なんて。その分のお金で、カラにいっぱい食べてほしいんだ」
確かに、生命を維持するための機械や管はお前を縛り付けてる。すごく苦しいのは知ってる。俺が一番近くでお前を見ているんだから。
だから死ぬって?
頭が痛い。
「は?お前ふざけんなよ。お前、どんだけ頑張ってこの金を貯めてきたと思ってんだよ。病院行くぞ」
「病気は分かってるんだ!!」
アニマは叫んだ。その声は、掠れている。
「先天性ポルモネ炎症だ。酷い肺の病気さ。咳が止まらなくて、血を吐く。症状に当てはまりすぎてて医者の必要もない。
治す方法は肺を取り換えるしかないんだ」
先天性ポルモネ炎症。ここ数十年、悪い空気に人間は適応して進化してきたが、稀にそれができない人間が生まれる。
進化しそこなった肺を、人口のものに変えるしか、根本的な治療はない。
「いくらお金を貯めたって人工臓器なんて買えっこないだろ。
これは運命なんだよ。人の死は変えられない」
アニマは酷い咳をした。俺は駆け寄った。
「大丈夫か?」
「大丈夫か?
…大丈夫なわけないだろ。カラはいつもそうさ、俺を助けてくれる、自分なしじゃアニマは何にもできないと。
金だって、俺が一人で貯めたみたいなツラしやがって。時間逆行理論は俺が考えたんだ」
なんだよ、それ。
頭が痛い。
「全部事実じゃないかよ」
俺なしじゃお前は生きらんないのも、金を実際に稼いでるのが俺なのも。
アニマの咳と、腕を掴む力が強まる。
「カラはただ人よりちょっと丈夫に生まれただけだ!!逆行は、俺が正しく設定すれば、お前じゃなくても、誰にでもできんだよ。たまたま俺の近くにいただけで、自分に特別な力があるみてぇに勘違いしてんじゃねぇよ」
俺はアニマの腕を振りほどいた。アニマの腕はあっさりとほどけた。
「そうだよ、俺はたまたまお前の近くにいただけだよ」
確かに逆行なんかしなくたって、普通の仕事を昼にやるだけで、俺が、生きていくには十分だよ。
俺は頭が、トンカチか何かで、殴られているみたいに、グラグラとしている。
「死にてぇなら勝手にしろよ」
俺はベッドの横に置かれた椅子を倒して、クローン場の奥の奥の一室から飛び出した。
なんだよ。ふざけんなよ。
今にも折れそうな階段を降りて行こうとすると、階段の途中で警察官たちと鉢合わせた。
「カラくん、依頼だ」
「申し訳ないですけど、もうやってないんですよ。帰ってください」
俺はすり抜けようとしたが、警察官三人は狭い階段を塞いだ。
「通せよ」
「それは無理だ。今回は金融取引についての事件で、君たちには根本からの解決を依頼したい」
「だから無理って言ってんだろ。俺はもう出て行くんだよ」
「このことが正式発表されればこの国の経済は終わる」
この国の経済?そりゃいったい全人口の何パーセントの話をしてんだよ。
俺たちは一生足掻いても届かない、高層階級の住人。
アニマはそこに生まれていれば発病することもなかった。
「うるせぇよ!!」
俺は階段の柵を乗り越えて、飛び降りた。
走って、走って、走った。
ヘッドフォンが邪魔だ。
なんでこんなものをつけてきたんだ。外出する時の癖になってしまっている。
『カラ』
アニマの声。
『君を今から一昨日の17:30に飛ばす』
「勝手に決めてんじゃねぇよ」
『俺だってもう話したくねぇよ。でも警察たちに逆行技術を奪われて、好き勝手されるのは嫌だ』
逆行が始まった。
俺は走っていたこともあってか、吐いた。
『会議が始まるのは18:20。そこで決められるスラム街の若者向けの高層階ローン案を取りやめさせろ。具体的には、それを決定したマリーングループの会長、ラブサを説得しろ。
スラム街の若者なんて株主が信用してない者ナンバーワンだ。マリーングループの株は大暴落。その周辺に繋がっている株も連鎖的に暴落。
そして今日、公式発表される経営破綻が最後の止めとなり、この国の経済は終わる』
アニマは咳をした。血を吐いた音がした。
「そんなん、知るかよ」
『この仕事を終わらせるまで、君を現在に返さない!!』
「は!?」
『何度でも、何度でも君をこの時間に送ってやる』
「お前…」
『君は一生一人で、この時間に囚われていればいい!!
どこにもいけない、俺の気持ちが分かるまで!!』
俺はヘッドフォンを道路に叩きつけた。
いつの間にか正面にはデカい一戸建ての家があった。場所の移動までしたのか。
「すまない、サラ。父さんはこれから重要な会議に出なくてはならない」
門から出てきた中年の手入れされた髭のおっさんは、流石の俺でも顔を知っているマリーングループの会長、ラブサ本人だ。
「勝手に行きなよ」
サラ、娘だろうか12歳くらいの少女が、門の中にいる。
ラブサは少し悲しそうな顔をしながら、手に持っていた小さい何かを操作した。
黒光りしているリムジンが、車庫から出てきて、ピタリとラブサの目の前で止まった。ラブサが乗り込むと車は走り出した。
俺はヘッドフォンを拾い、走り、車の前に飛び出した。
「止まれっっ!!」
車はまた気持ち悪いぐらいにピタリと止まった。運転手がいなかった。自動運転技術というやつを実際に見たのは初めてだ。
ラブサは目を見開いて驚いていた。しかしすぐに窓が開けられ、彼は顔を出した。
「その恰好…。スラムの人間か?」
「だったら何が悪い」
ラブサは視線を落とした。
そして車の扉を開けた。
「乗ってくれ。話を聞こう」
俺は車に乗り込んだ。
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