第9話

「すいません。隣のカラです」


ヘッドフォンを外し首にかけ、扉に耳を当てると、奥からは鼻をすする音が聞こえてきた。そして次におぼつかない足で扉に向かってくる音が聞こえる。


「どうした?」


泣いていたであろうじいさんが、出てきた。


「いや、あの…泣いていたので。少し気になってしまって」

「あぁ。情けないな。こんな若造に心配されるなんて」


じいさんはもう一度鼻をすすった。


「えっと、なんか、話?とか聞きますよ」

「金ないぞ」


じいさんは歯がない口で笑った。


「いいですよ今回は」

「ハマらないようにしねぇとな」


じいさんは俺を部屋に招き入れた。

部屋は扉はうちと同じだが、中は全然違った。クローン場によくあることだ。

扉を開けるとすぐに、台所がある。そして左にはシャワー室と思われる場所。その奥にはもう一枚扉がある。


「ここで話そう」


奥の部屋に通されるかと思ったが、どうやらこの少し寒いところで話したいらしい。


「大切な人はいるか?」


じいさんは床に座った。俺も隣に、奥の扉に背を向けるような形で座った。


「います」


俺は隣の部屋を見て、ヘッドフォンに触れた。


「ずいぶん言い切るな。…そしたら、その人が死ぬ時、何を伝えたい?」

「死ぬ時…」


俺の答えを待ってくれているのか、しばらく沈黙が流れた。


「分かんねっす。てか死なせないんで」

「若さだな」


じいさんは笑った。俺はあっさりと自分の言葉を否定されたような気がしてムカついた。


「人は、いずれ死ぬ。その時、どうやって向き合うかで人間性が試されるよな」

「そういうあんたは、どうしたんだよ」


俺はやり返すように、唐突な質問を投げかけた。

じいさんは床を見た。


「向き合えてない」

「え…」


じいさんは耳を塞いだ。


「奥の部屋で、今まさに妻が死にそうになってる。もう寿命だ」


俺は振り向いた。後ろの扉を見る。


「生涯連れ添ってきた。ずっと、いつかこの時が来るとは分かっていた。

なのにわしはまだ覚悟が出来ていない」


「怖い、死が怖い、避けられないものなのになぜこんなに怖くしたんだ?」


「向き合えない」


俺はじいさんが耳を塞ぐ手に、手を乗せた。


「俺は、色々あって、ここ最近人の死を見てきた」


強盗殺人事件、俺が過去を変えたから、死んだおっさん。アニマが警察官に聞いたところによると、そのおっさんには奥さんがいた。おっさんを大切に想っていた人がいた。

そして誘拐事件。無事に解決されたと思ったが、次の日にヒメが心臓をもぎ取られて発見された。二人は特別な絆で結ばれていた。

俺は、分かった。ようやく分かったんだ。

『命は足し算引き算できるものじゃない』

それぞれに、どんな命であっても、繋がりがある。それはコンピュータで解けない。

そんなことを最近になってようやく分かった俺が、この最後の時間についてとやかく言う権利はない。

だけど、それはじいさんだって同じはずだ。


「最後の時間は、あんただけの時間じゃない、あんたと奥さんの時間だ」


じいさんはぐっと顔を歪めた。


俺は手を離した。じいさんは立ち上がり、扉、奥の扉に向かった。

俺は隣の部屋に戻るため、扉を開けた。

現在の来客は墓関連のものだろう。

最後の、時間なんだ。


ヘッドフォンをつけなおす。


『おいカラ、ヘッドフォンを外さないって言っただろ。なんか音聞き取れないし、カメラも変な画角だし』

「はいはい」


すると階段を登ってくる音が聞こえた。

もしかして…。

ヘッドフォンをつけた頭の先端が見えた。


「アニマ!!」

『計算完了、順行開始!!』


俺は現在に帰ってきた。


「ただいまアニマ」

「おかえりカラ」












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