第5話
北の市場はクローン場ほどではないが乱雑に入り組んでいて、視界は狭い。
「アニマ、地図を見てくれないか」
『この周辺は地図上だと何もないことになっているんだ。カメラもないし分からない』
馬鹿か。店の場所が決まっていないなら地図なんてないに決まってるじゃないか。
『カラ、その後ろに壁があるよな』
その言葉で振り向くと、確かにパイプが絡み合っている壁があった。
「あー了解」
俺はアニマの意図を汲み取って笑った。
パイプに手をかけ、登り始める。
市場の人たちが騒ぎ立てないように、俊敏に登る。崩れなそうなパイプを見定めて飛び移る。
『うぅ、よく酔わないな』
カメラを見ているだろうアニマが呟いた。
こんなん楽勝だよ。
建物の一番上にまでたどり着き、屋上から市場を見下ろす。
あった。あれが柑橘類の店だ。
隣の粉屋がこの建物から盗電している。
俺はジャンパーを脱いで、ぐるぐると縄にした。そして滑る面を確認しながら、電線に引っ掛ける。
「目瞑っとけアニマ!!」
建物を蹴って、俺は滑り出した。
風が向かってくる。
そして粉屋の屋根にぶつかる直前に、左手を離し、飛び降りた。
「おい、お前何やってるんだ」
粉屋の店主が叫ぶのを無視して、周りを見る。幅の狭い道路、小麦粉大袋…アニマにも見えるようにする。
「あ?」
なんでだ。横を見ると、柑橘類の店の店主とヒメが言い争っている。
「おいおっさん今何時何分だ?」
「それよりお前電線壊れてたらどうするつもりなんだ」
「いいから早く教えろ」
「19:45だよ」
やっぱりおかしいまだ10分あるはずだ。
「ああ、兄ちゃん入口の時計はちっと狂ってるからな」
粉屋の店主はライターを取り出し、煙草をふかしながら言った。
そもそも最初に市場に来た時間の証言が間違っていたのか。
くっそ、時間てのはなんてめんどくせー不確定なもんなんだ。
焦るな。まだ、まだ誘拐犯は来ていない。
「おかしいぞこの値段は」
ヒメが店主にポンの値段を値切ろうとしている。
「1チェンも譲らないよ」
その様子を、数歩離れた場所で、ユキが見守っている。
「両者一回止まれ」
俺はヒメと店主の間に入っていった。
「あ?なんだお前」
ジャンパーのチャックを上に引き上げた。
うちに訪ねてきた時のヒメの様子からして、スピリチュアル的なことを信じるたちだろう。
「俺は呪術師だ。少し先の未来が見える。
それによると彼女、ユキは攫われる」
ヒメはユキの方を見た。
「なぜ、ユキの名前を知っているんだ」
ヒメはユキに近づき、手を握った。
「あーもうめんどくせぇ。呪術師だからだよ!!
早くしねぇと攫われるぞ」
『カラ!!』
「あ!?」
『車が来てる!!』
視界の奥の方で、黒いバンが他の店をお構いなしに、猛スピードでこちらにやってきていた。
このままだと間に合わない。
その時、アニマが俺に命令した。
「粉屋のおっさん、小麦粉大袋とライターよこせ!!」
「あ!?何言ってんだお前」
「いいから早く!!」
大袋とライターが投げられる。大袋を手で、ライターを口でキャッチし、袋の紐をほどく。
すぐそこまで近づいていた車に向かい、大袋を投げた。
粉が宙に舞う。
「伏せろ!!」
俺はヒメとユキを店の方に引き寄せて、頭を下げさせると、ライターをつけて、投げた。
粉塵爆発。
タイヤが破れ、車が数メートル先で止まった。
俺はボンネットに飛び乗り、フロントガラス越しに、ビビってる犯人たちを睨む。
「こんちわー、蹴るね」
フロントガラスごと、俺は運転手の目だし帽の顔面を蹴った。ガラス片が飛び散って輝いた。
そして割れた場所から車内に入り、後ろに乗っている二人の目だし帽を睨む。
「蹴られたくない?」
二人はブルブルと震えながら頷いている。
「じゃ殴るわ」
三人とも仲良く鼻の骨が折れたみたいだ。
「うぅ…これ鼻折れて、しかもムショ入れられて、ムショから出たら何されるんだ」
「一本じゃすまねぇだろうな…」
運転手のやつはすっかり意識が飛んじまってるが、二人はまだ喋る余裕があるらしい。
「おい、ムショから出た後ってどういうことだよ」
俺は二人の胸ぐらを掴んだ。
「それは言えねぇよ…。言えねぇよ…」
「うぅ…いっそのこと殺してくれよ…」
どういうことだ?こいつらは何に怯えているんだ?
『カラ!!警察からもらってあるデータベースに引っ掛かった。そいつら前科持ちだ。ヤクザの下っ端だ!!』
マジのチンピラじゃねぇか。
なんでそんなやつらが、ユキを?
まぁそれを吐かせるのは、警察の役目か。
俺は警察を呼び、犯人たちを引き渡した。
「おい呪術師」
どこか人目のつかない場所に行き、現在へ帰ろうと思ったのだが、ヒメに肩を叩かれてしまった。
「なんだよ」
ユキはヒメの手を握って後ろに隠れている。
「いや、なんだ。よく分からないが…ユキを助けてもらったようだから…礼が言いたい。ご飯でもどうだ?」
ご飯、という言葉に反応してしまうが、長くアニマを一人にしたくはないんだよな。
そこで少し閃いた。
「んじゃ明日。クローン場で待ち合わせな」
俺はライターを粉屋のおやじに返し、おやじが目の前の出来事に放心していることをいいことに、小麦粉代はそのままにして逃げた。視線を感じたような気がしたが、ヒメは俺がそんなに怪しいやつだと思っているのだろうか。目が合っても帰りづらい、俺はそのまま、振り返らずに現在に帰った。
「ただいまアニマ」
「おかえりカラ」
現在に帰ると、アニマはニコニコとしていた。
「粉塵爆発のアイディア良かっただろ」
「派手で楽しかったわ」
3年前、アニマが時間逆行理論を作り、それが本当だと分かると、俺はこれで安全に金を稼ごうと思い、警察と協力することを提案した。
警察に引き渡すときはそのためだけの無線機があって、その時、前回がイレギュラーで今回のような場合が多いのだが、報酬はその場でもらうことになっている。
「助けられた」
「ああそうだな」
アニマはまた酷い咳をした。
そして電池が切れたように寝た。俺はそっと、ベッドを戻し、布団をかけた。
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