第3話
俺は店員の背中から手を離し、すっと立ち上がった。
店員たちが慰め合ったり、歓喜している中、俺は現在に帰ろうと、ボタンをもう一度押し、シャッターを開けた。
「待って」
背中をさすってやっていた店員がいた。制服の胸元を握りしめて、一生懸命に立っている。
「ねぇ通報なんてしないわよみんな。もうちょっといてよ。お礼したいから」
彼女は声を絞り出していた。小綺麗だし、悪い地区の出身ではないんだろう。こんなことは初めてなのか。
「お礼なんていらないですよ。俺は悪いやつなんです。たまたま今回良いことをしたくなっただけで」
俺はとっとと帰りたくて、口から出まかせを言う。
「それでも…それでも偉いわよ!!良い人になろうとしてる」
彼女はやけにしつこい。
「さぁ、次は悪い人になるかもしれません」
少しイライラしてしまって、変なことを口走ってしまった。
「それでも…」
俺は走って、店を出た。人影のない場所に着く。
「アニマ、戻してくれ」
『了解。…お嬢様は悪い人に惚れるってのは大昔から変わらないみたいだね』
「なんの話だよ。早く戻せ」
『分かったよ』
順行。人間はお嬢様の服の管理で、ポジフィルムで、早送り再生。
現在に帰る。
しかし先ほどの現在と違うのは、ガラスは割れておらず、店は綺麗ということだ。
俺たちは過去を変えてきた。
クローン場の、アニマの待つ家に帰るために、そこら辺を走っている路面電車の後ろに飛び乗る。
無賃乗車の大会があれば優勝できるな。
少し進んだところで、規制線が貼られている場所があった。
クローン場。門にでかでかと書かれているその名前は、「場」前に書かれていたであろう一文字が剥がれてしまっていて、そう呼ばれている。
元々なんの建物だったのかはそういうことで分からないが、今では浮浪者によって魔改造された無法地帯だ。
そんな場所の、奥の奥の扉を開く。
窓辺に置いてあるベッドにアニマは寝ていた。
「おかえりカラ」
アニマはニコニコとしている。
「ただいまアニマ」
やっぱりこいつには話さなくていいな。
管の掃除と機械の点検をし終わると、扉を叩く音が聞こえた。
俺は扉を開けた。
「カラくん、今回も色々やってくれたんだよな。我々には確認のしようがないのだが。まぁ目撃者がいてくれてやりやすい。君も犯人の特徴を教えてくれ」
アニマには聞こえていないだろう。
「8型か7型のトラックにだっせぇ飾り付けたおんぼろ車に乗ってました。
あの飾りはシャントの方の若いやつらで流行ってるやつだと思います。あと全員歯車のタトゥーしてました。監視カメラがすぐ壊されちゃってこんくらいの特徴しか見る暇なかったっす」
俺は用心のためにさらに声を小さくして言った。
「重要な証拠だ。一応事件の資料を渡しておく、また何かあったら教えてくれ。
約束の14万チェンだ」
俺は資料をジャンパーのポケットにねじ込んだ。そして本命の札束の入った紙袋を受け取る。ここでは電子より現金の方が使いやすいのだ。
すっかり手慣れた確認作業を済ませて、頷くと、警察たちは帰っていった。
俺は扉を閉めて、アニマのベッドの横に置かれた椅子に戻る。
このお金から、アニマの医療関係の類と、俺の食事代が引かれて、八万チェンか。いや俺の食事を1日に1回にすれば…。
「ラ…カラ?」
「ん?いや。ちょっと考え事をしていただけだ」
アニマの心配そうな目がこちらを向いている。
アニマは俺と同じ19歳だけど、俺より全部細くて、真っ白くて、弱い。
心配なのはこっちだっつーの。
「カラ、それは何?」
アニマの細くて白い手が俺のジャンパーのポケット、事件の資料に伸びてきた。
俺はその手をつかもうとした。
アニマは弱い。
俺は結局アニマに資料を取らせてしまった。
「…。なぜ?なぜ人が殺されている?」
アニマは資料を読んで言った。
「なぜ?誰も死んでいない。事件は防いだはず。
カラ?カラは何か知っていたのか?」
規制線を見た時から勘づいていた。
強盗は基盤店に入ることが出来なくなり、その痛手を埋めるため、または鬱憤を晴らすために、買取に行くつもりだったおっさんを殺し、基盤を奪ったのだ。
「…アニマ、ごめん」
こうなるなら、俺の口から言っておくべきだったかもしれない。
「なぜだ。なんで、救えないのか。なぜ、なぜだ。なぜなんだ」
アニマは酷い咳をした。止まらなかった。
「アニマ、俺たちは救えただろ?だって三人死ぬ予定だったのが一人で済んだんだ」
アニマは呼吸が苦しく、俺の腕にしがみつきながら、ぎろりと睨んだ。
「命は計算できるものじゃない」
アニマの言葉は時々意味が分からない。アニマならなんだって計算できんだろ?
頭が良すぎるんだなきっと。俺とはレベルが違いすぎる。
「俺は、一人の人間を殺したんだ」
「それは、それはちげーよ。過去に行って、過去を変えたのは俺だ」
アニマの咳はようやく落ち着いてきた。そして電池が切れたみたいに突然寝た。
俺はこんなことを考えたまま死んじまうんじゃないかって、不安になって、しがみついた腕の力を感じながら椅子に座っていた。
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