第2話 女子力超人の鬼畜なタツマさん

 明らかにタツマさんの気が緩んだのが分かった。そして、


「また子守りの類か…マシな仕事が無いな、この業界は」


 え…?え?なに、この豹変ぶり。さっきまでの態度と全然違う。


「おい、これはあくまで仕事だからな。業務にあることは一通りやるが、俺の指示には全部従ってもらう。挙動言動は気を付けろよ」


「は、はぁ!?何よそれ!!私だって…」


 言い返そうとしたその時、タツマさ…タツマのデコピンがわたしの額に。常人のデコピンじゃない!!めっちゃ痛い!!何これ!?


「今言ったばかりだ、俺様には敬語を使え」


「~~~~~!?」


 なに…?何が起こってるの?理解できない!!こんな奴はさっさと契約破棄…。


「おっと、言い忘れてたが、この保険の契約者はお前じゃない。あくまで事務所さんだ。お前の一存ではクビになどできんからな」


「ンなばかな…あいっ!?」


 この日二度目のデコピン。すごく痛い。あざになるんじゃ…。


「これからよろしくな、う・ら・ら」


「~~~~!!」


 そうか、そう来るか!!いいだろう、そっちがその気なら、わたしも容赦しない!!絶対に、この男を屈服させて、見返してやる!!


 こうして最悪のボディーガードとの生活が幕を開けた。


 どっと疲れたわたしは家路につく。今は家族と離れて一人暮らしをしている。


 とりあえずシャワーでも浴びて落ち着かなきゃ…。って。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


「あの…」

「ん?」


「何でここにいるの…ですか?」

「それはそこにあなたのマンションがあるからです」


 なぜあなたは山に登るのか、ジョージ・マロリー的な返答で。タツマは一緒にわたしのマンションのエレベーターが降りてくるのを待っている。


 何着いて来てんの、この男!?初対面の女性の部屋に来るか、普通!?


「ん?」


 タツマが私の部屋のカードキーを開ける。


「ちょ、何で持ってるの!?嘘でしょ!?」

「仕事だからな」


 中に入るわたしたち。…あー…。


「汚ねぇ部屋だな、服は出しっぱなし、食器も鍋もか。清潔さも、色気もあったもんじゃねえな」


 これだから嫌だったのよ…。初めて男性を部屋に入れて…。しかも相手がこの鬼畜…。


 最悪なんてもんじゃ表せないわ…。しかし、ここからが意外だった。


「仕方ねぇ、やるか」

「何を?」


 深く息をつき、袖をまくるタツマ。思考がとまってるわたし。


「片づけに決まってんだろーが」

「え!?やってくれるの!?…ですか!?」


 何よー!!ただの鬼じゃないの?いいとこあるのね!!


「馬鹿。お前もやるんだよ」

「…ですよねー」


 それからわたしとタツマは掃除に取り掛かる。服の整理に、食器を洗い、掃除機をかけ、排水溝のぬめり取りまで!!


 性格はあれだけど、確かに仕事だけはいい腕してる。並の家政婦なんて目じゃないかも。わたしもいろいろレクチャーを受け、手伝った。


「よし、片づけはこの辺で。そろそろメシにすんぞ」

「あ、何か店屋物とろうか…ましょうか」


「とことん抜けてんな、これだからゲーノージンは」


 その時、ピンポーンとチャイムが鳴る。…誰だろう、こんな時間に?


 タツマが玄関を開けると、見知らぬ男性が買い物袋を持って立っていた。そして深々と礼をする。


「押忍!!アニキ、買ってきました」

「よし、早かったな」


 …舎弟?タツマは袋を受け取ると、あの雑然としていたところから、奇跡の復活を遂げたキッチンに向かう。


「あの、あなたは…」


 話しかけようとしたらもう姿は無かった。この人ら、一体何なの?スパイ?忍者?それから40分後。


「わぁ…すごい…」


 我が家のテーブルに白いご飯と、ネギと豆腐の赤だし、鮭の塩焼きに、お漬物まで。今までの私の生活にはありえない食事が用意された。悔しいけどこの男…。女子力の固まりだわ。お母さんかよ。


「さーどれから食べ…あだっ!?」


 三度目のデコピンを喰らったわたし。もう何なのよ!?


「手を合わせて、いただきますと言わんかい。食材に失礼だろうが。まったく今どきの若いもんは…」


 今日一タツマの目が怖い。これは従った方がいい…。


「い…いただきます…」


 鮭をほぐして口に運ぶ。こ…これ、美味しい!!身はふわふわで、塩味がちょっと強いけど、その分ご飯が進む!!赤だしも丁寧にお出汁が取れてて奥深い!!


 いつもは冷たいお弁当だけど、シンプルな家庭料理なのに、ここまで感動するなんて…。悔しいけどやられたわ…。


「やるわね…ますね。こんな美味しいご飯久しぶりだわ」


「そうか。まあ、業界人はこんなことしてる暇はないが、たまにはちゃんとしたメシくらい食っておかないとな」


 高圧な態度も照れ隠しなのかな?ちょっと見直したわ。


 そういえば、寝床はどうするのかしら。まさかこのまま!?


「じゃあ俺は表の車で寝るから、寝坊すんじゃねぇぞ」


 ですよねー。あー、よかった。今日一日の展開の早さにどっと疲れたわたしは、倒れ込むようにベッドに沈んだ。

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