《第一話》俺、1話から死んでる件。
自分たちが普通とは違うってだけで───当たり前のように俺たちの日常は簡単に崩されてしまう。
それが、世界の決まりなのだ。
髪色が違う。瞳の色が違う。耳が違う。形が違う。色が違う。食べるものが違う。種族が違う。力が違う。生きる時間が違う。
それが違うというだけで簡単に世界は俺たちを爪弾きにするのだ。
俺たちはただ普通に自分の人生を全うして、普通に家族を養って、普通に友人と遊んで、普通に恋をして……そんなありふれた普通の人生を歩んでいたいだけなのに、どうしてそれすら許されないのだろう?
俺たちと人間は違う。でも俺たちは歩み寄ろうとした。俺たちは傷つけないように、触れないように努力した。
けど結局は人間たちが俺たちを恐れるあまり迫害した。
未熟な王は人間を信じてしまった。王であるのに俺はこの世界の道理、掟を知るのにあまりにも未熟すぎた。
そのせいで俺は仲間を残酷なほど無惨に殺させてしまうんだ。
何処かで仲間が叫んでいる。
何処かで子供が嘆いている。
何処かで誰かが吠えている。
悲鳴と断末魔の叫び声しか聞こえない。血と涙で視界も定まらない。
「……何だこれ」
思わず呟いた言葉は、その光景に圧倒されて掠れていた。
「何なんだこれ……?」
呆然と立ち尽くす彼の視線の先で、緋色の炎が踊るように舞い狂う。
まるで巨大な龍のように天へと昇っていく赤い奔流は、しかしただ一点を目指して集束する。
──空が燃える。
紅蓮に染まった天蓋から、黒煙混じりの熱風が吹き下ろしてくる。視界いっぱいに広がる火の海の中、何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。
それが自分の身体が地に伏す音だと気付いた時にはもう、俺は既に立ち上がる力を失っていた。
身体中が痛かった。どこもかしこも傷だらけで、特に右半身はほとんど動かない。
全身を襲う激痛と高熱のせいで意識すら朧気に霞み、思考そのものが上手く纏まらない。それでも彼は、何とかして顔を上げた。
そしてそこに見たものは── 崩れ落ちていく世界の姿だった。
見渡す限りの廃墟が次々に倒れていき、無数の瓦礫となって火の海に降り注ぐ。
その全てが大地に叩き付けられるよりも早く、次々と巻き起こる爆発がその悉くを吹き飛ばしていった。
痛みに耐えながら立ち上がろうとすると何かグニャリと踏んだことに気づいた。
足元を見るとそれは人だったものの残骸であり、その向こうにもやはり人であったもののがまるでなんでもないかのように転がっていた。
それを認識した途端、猛烈な吐き気が込み上げてきて彼は慌てて口を押さえた。
そのまま胃の中のものをぶちまけてしまいたい衝動を必死に抑えながら、辛うじて残った理性を振り絞って現実を受け入れる。
敵か味方すらわからない。何もわからないものがそこにあった。
そこにあるものは先ほど生きていた人間のそれとは明らかに異なるものだった。
全身が熱した飴のように溶け崩れた死体や、胴体に大穴を空けられて内臓ごと中身を撒き散らしている死体や中には体だけを残して他を全て失ったものさえあった。
それは間違いなく死であった。それも数え切れないほどの膨大な数の死がそこにはあり、それらが全て目の前にあるという事実が彼に襲いかかる。
あまりに凄惨すぎる光景に堪えきれず嘔吐すると、喉の奥から酸っぱい匂いと共にまた新たな死の形が吐き出された。
あまりにも無惨だ。あまりにも酷過ぎる。こんなことがあっていいはずがない。
こんなの心があるものがすることでないと何度も思ったが、そこにあるのはどうしようもないくらいに現実でしかなかった。
そう思った瞬間、腹に違和感を感じた。恐る恐る見てみるとそこには一本の刃があった。
よく見るとそれは人間が俺たちにくれた剣というものに似ていた。
そして、それの先が真っ赤に染まっている。そこからポタリポタリと雫が落ちている。
ゆっくりと自分の腹を見てみると、ちょうど臍の真下あたりに大きな裂け目ができていて、そこから大量の血液が流れ出していた。
「お前が醜い化け物の王か?」
口から血を吹き出しながら辛うじて振り返るが目が霞んでよく見えない。
白いローブに身を包んでいて、フードを深く被っていて表情は見えない。
ただ、唯一露出した口元には歪な笑みを浮かべているのだけが見えた。
その手には刀身の長い細剣が握られていた。
「我は、聖騎士なり。お前のような汚物を我の聖なる力で処分されることを感謝すると良い」
フードから少し見えた表情は心の底からの愉悦に満ちた笑顔を浮かべて、血走った目をこちらに向けていた。
その顔は化け物のように醜かった。人間ってこんな顔だったんだ。
そうだよなぁ……。お前らはそういう奴らだよなぁ。
こっちは穏便に済ませようとしてたのに……どうしてわかってくれないんだよ?
俺は、人間たちと良好な関係を築きたかっただけだったのに……
結局こうなるのかよ。なんなんだよ一体。
「はっ、なんか馬鹿みたいだ」
無意識のうちに、口からそんな言葉が零れた。何でだよ……何でいつもそうなるんだ。
何でお前たちは俺の邪魔をするんだ。何でお前たちがいるだけで平和が脅かされるんだよ。
何で、何で、何で……何で……。
「醜き魔物の王よ、世界の調和のため───死にたまえ」
───誰も守れないなら魔王にはもう二度とならない
そいつが手にした剣をもう一度振り上げたところで、俺は静かに目を閉じた。
次の瞬間、俺の身体は頭から両断されていた。
最期の時を迎えた俺が感じたのは痛みではなく、心を蝕む後悔だけだった。
魔王が魔王を目指す件。 酒都レン @cakeren
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